68話:狼を名乗る少年
侍女ルアを連れてにゃんこに乗りエッヂの街を散歩する。お菓子食べすぎでぷにぷに幼女からぽっちゃり系になりつつあるのでダイエットだ。乗馬はダイエット効果が高いはずだから自分の足で歩かなくても大丈夫なはずだ。
それに運動なら猫耳三人娘と一緒に歌って踊ってレッスンに参加、というか邪魔したりしている。おっさんの私はダンスなんかばたばた踊りするゲームしかやったことがないので、そのスキルが幼女体にも活かされることはなかった。
まあ、その話は置いといて、のんびりお散歩をしていたら鞄を背負った少年が近づいてきた。
「はいはーい。何のようかなっ?」
侍女ルアが私の前に立ち少年を警戒した。ルアは護衛侍女としての研修中なのであるが、いかんせん私が街のアイドル状態のためマネージャーのようになっている。少年に対しても警戒というより、「ファンボーイが握手を求めて近づいてきたのかな?」といった感じである。ルアがぽぽたろうみたいにぽあっとしてるせいかもしれない。
少年はぽあぽあお姉さんメイドにたじろぎながら、「いえ特には」と答えて離れていった。
んー、なんか見覚えのある少年だなと思ったら、三人娘のライヴを立ち見していた金髪ショタだった。
「おーい。チョコパイ食べる?」
スキーンの都で流行ったチョコパイがさっそくエッヂの街でも真似されていた。しかも名前もにゅにゅケーキと私の名前、ではなかった、あだ名が使われていた。美味しくなかったらクレームを入れようと思ったが、美味しかったので沢山買ってきた。
「くれるのか?」
予想以上に食いつきが良かった。ばびゅんと近づいてきた。甘い物好きなの?
二人ベンチに座ってチョコパイもぐもぐする。
は! しまった! また食べてもうた! ぐぬぬ……。図ったな少年め!
私は指先ぺろりと舐めて、じろりと憎き少年を睨んだ。
「少年よ。名は?」
「ぼ……おれか? ヴァイフだ」
ビクン。私はその名を聞いて思わず身体が反応した。
ヴァイフ、それはこの異世界の言葉で四ツ目狼を表す言葉だ。私がこの世界に生まれて最初に襲ってきたあの狼だ。
「ヴァイフ。変な名だね」
「にゅにゅ姫だってそうだろ」
ぐぬぬ。その返しをされると何も言えない。ぷくーっ。
「それで何してたんだ?」
「散歩」
「そうか、おれもだ」
「また学校サボったの?」
私がそう言うと、今度は少年が不機嫌になった。
「姫は学校行ってないのかよ」
「姫だからね」
ふふん。それに算数以外はついていけないからね。八歳と言う名の生誕三年だからね。しかたないね。
「ふぅん。いいな」
「学校行けない子よりは行ける方が良いと思うんだけど?」
ヴァイフがなんだこいつという目で見てきた。
いや私のことじゃなくてね?
「若いうちに勉強した方がいいよ」
「親父みたいなこと言うんだな」
しまった! 私の中のおっさんが漏れ出てしまった。さらに「お嬢様もお勉強しましょうねっ」とルアに頭を撫でられてしまった! お勉強の時間を抜け出てきた幼女なのであった。
その後、宮殿に帰ってNLP三人娘と一緒にクリトリ語の勉強をさせられたのであった。ぐにゅにゅ……。
お勉強の後は一緒に買ってきたチョコパイを食べる。
待てよ。猫ってチョコ食べたら死ぬよな? 猫人ってチョコ食べて平気なの?
それをこっそりカンバに聞いてみたら、「それ差別発言になりますヨ」と言われてしまった。予想外な地雷だ! 葱も食べていいんだ……。猫と一緒にしてはいけないんだ……。
さて。NLP三人娘▲の活動は広まっていく。
夏も深まる頃、でかい劇場で公演できるほどになった。持ち曲も増えた。なんだかぼよよ~んした民族楽器を振ったりしている。話題の作曲家が猫人族の民族音楽をオマージュした曲を書いて論争が起こったりもした。
「シロマルにゃん」
「アオタレにゅ」
「オウヒョウだにょ」
時代にそぐわない四つ打ちビートでアップテンポな曲が流れる。ただし電気楽器はないのでテクノポップ要素はなしだ。ただし魔法楽器がビリビリ鳴らすぜ! 雷魔法使いの近衛団長のじっちゃんが電気魔法楽器をギュインギュイン鳴らす。エレキギターかな?
魔法結晶ライトがステージを照らし、客席ではいわゆるサイリウムライトと呼ばれるケミカルライト、ただし化学反応ではなく魔法反応なのでマジカルライトが正しいだろう、とにかく光る棒を観客が振っている。
うーん。猫耳アイドルが成功してしまった……。
それにより三人娘は猫人たちの憧れの存在となり、握手会ではオーギュルト人と三人娘が最先端の魔法インスタントカメラでチェキを撮る。いやチェキじゃないけど。雷魔法をストロボ代わりにしてフィルム感光させるって謎技術すげえな。
そんなこんなでお祖父ちゃんの政策もあり、エッヂの街では猫人が暮らしやすくなっていった。しかしまだ差別意識は根強い。
だが、猫人たちは三人娘アイドルの誕生によって、身体を衛生的にきれいにすることの意識が芽生えた。
猫人の中にも、特に男は体毛も濃い。彼らは街中で不当に差別されていると思っていたようだが、それは猫耳や尻尾や体毛だけの問題だけではなく、衛生面でも避けられていることに気がついた。「猫人族入店禁止」の酒場は、単なる差別だけの問題ではなかったのだ。被差別の彼らは、不潔さを嫌っていることに気がついてもいなかったのだ。ただの言われもない罵倒だと思いこんでいた。
そういうことで、猫人丸洗いが実施された。オーギュルト人の工場で働いている子どもたちからである。まあ、川遊びの祭りみたいになったのだけど……。みんな身体をきれいにしたらクッキーを進呈だ。
ノミやシラミを撲滅するのは難しいだろうが、それでも猫人は前よりも暮らしやすくなるだろう。
普段からなんとかしないとなぁ。シラミは衛生環境というより、タオルや櫛の使いまわしの問題だし。きれいにしてても移る時は移る。
なんとかならんかな。のう、にゃんこ。
「熱ッ!」
にゃんこの背中を撫でたらまた火傷しそうになった。危ないとこだった。
にゃんこは日向ぼっこすると熱くなるから虫が付かないんだろうな。
猫人たちも日向ぼっこでシラミの取り合いしてるのは、それがシラミ対策になってるからなのだろうか。魔法のある世界でもシラミ潰しなんだな。
川へ行くとクッキーが貰えると広まったのか、猫人だけでなくオーギュルト人の子どもも集まってきた。
うーん。完全にただの川祭りである。便乗で屋台も並び立ち始めた。お肉の串焼き美味そう……。いかんいかん。香りに騙されてはいけない。お姫様な私には噛み切れないお肉なのだ。
「もきゅきゅー」
猫人の子どもたちは固いはずの串肉をがふがふと食べ始めた。あ、なんだか柔らかそう……。
「お嬢様では噛み切れませんヨ?」
やっぱ固いのか。猫人だから筋もゴリゴリ噛めるだけか。危ない、騙されるところだった。
しかしオーギュルト人の子供も苦戦しながらもくちゃくちゃしてるな。結構行けるんじゃない?
「止めておきましょウ?」
「だけど美味しそうだし……」
おにきゅ……。
オルビリアで串焼き肉を屋台で買った時は美味しくなくて後悔した。だがあれはド田舎の街だったせいなのではないか? 私の舌が肥えすぎているせいではないかもしれない。チャレンジ精神を失ってはいけない。
「むぎぎぎっ……!」
噛み切れない。美味しくない。不味いというほどではないが、私の求めていた串焼き肉と違う……。
「チュロス買ってきましたよっ!」
「わぁい!」
私はチュロスに乗り換えた。おいちい!
串焼き肉はクッキーに釣られて川に現れたヴァイフ少年に押し付けて処分した。ヴァイフ少年は狼を名乗っている癖に肉を噛み切るのに苦戦していた。
かわいそうだから甘いチュロスもおごってやろう。




