64話:マッチポンプ
前話長かった反動でちょっと短め
ふうやれやれ。何事もなく解決したな。スカートも素早く元に戻されたので、誰にも恥ずかしいところは見られていないはずである。完璧な仕事であった。
ただ、どうやって収拾をつけようか。翼ライオンのにゃんこは燃え盛る機関車に乗り「んなー」と鳴いて、どう見ても事件の犯人だ。実際集まってきた憲兵たちは、ドルゴンから逃げるように避難を呼びかけていた。
「君たちも早く逃げなさい! この場にいるのは危険です!」
憲兵たちはドルゴンという危険要素を排除しようと動き出すが、機関車から動かす方が危険になりそうだ。まだまだボイラー室から炎と黒煙がもうもうと立ち上がっている。にゃんこが炎を吸収しているから大したことないように今は見えるが……。
皇女様に説明して止めてもらうしかない。幸い、彼らもドルゴンにはうかつに手を出してはいけないことは承知のようで、刺激しないように取り囲み、周囲に被害が出ないように警戒を続けているのみだ。
その間、にゃんこはもりもり炎を吸収している。大丈夫? 今度はにゃんこが爆発しない?
「姫様ぁ!」
と、その場に現れたのは近衛団長のじっちゃんだ。にゃんこが突然飛び出して追いかけてきたようだ。走るの速いなじっちゃん。かなりの距離あるぞ。
そして私は再び目立ってしまった上に、野次馬から「あの銀髪の少女が機関車に魔法を撃った」だの「ドルゴンをけしかけた」だの、あらぬ噂と疑いが広まっていくが、しかしある意味正しいので困る。こっそり逃げ出す機会を失ってしまった。
皇女様方はというと、先に車掌に説明をしているようだ。ああ、そっちも必要だったか。事故の直接的な被害はなかったが、避難のパニックで怪我をした人たちが見受けられた。
その中の逃げ遅れていた女の子の一人が「燃えるねこさんありあとー!」と声をかけた。にゃんこは「ごるるる」と喉を鳴らして尻尾をぺちんと振って返事をした。そして再び警戒が強まる。
さて、このごたごたを片付けるには、どうにも私が動かないと収まらないようだ。なにはともあれ、まずはにゃんこを帰らせるべきだろう。もはや爆発の危険性より、にゃんこを強制的に排除する動きがありそうでそっちの方が怖い。私に懐いているとはいえ、ついこの前までは野生だった野良魔物だ。普通に考えて、手を出されたらやり返し、そうなったらもはやにゃんこの擁護は難しい。しかも宮殿に置いていたことが知られたら、色々なところに迷惑を掛ける、だけで済んだらまだ良さそうな想像ができる。責任追及こわいぷるぷる……。
ぷるぷるしてる場合じゃない。おおいにゃんこやーい。
それは燃え盛る業火の中で翼と呼ばれる魔法器官を大きく広げ、立ち上がる。黄金色に輝くたてがみは虹色の光を纏い、陽炎の如く焔風に揺らめく。その身から発する灼熱によって、それの足元の鋼は融解し蜂蜜の如く垂れ落ちている。
太古より霊峰に棲い人々が畏怖した、その魔物の名はドルゴン。
囲う人間共と忌々しげに見下ろし、炎の化身とも呼ばれるドルゴンは、口から鋭い牙を見せて「なおーん」と鳴いた。
ぴょいんと燃える車両から飛び降りて、虹色を濃くしたたてがみを揺らしながらぬっこぬっこと私の馬車へ向かって歩いてきた。憲兵達は距離を空けて維持したままにゃんこを囲っている。
私も馬車からぴょいんと降りて、にゃんこを迎えた。
「危ないぞ!」
憲兵の声を振り切り、私はにゃんこの頭に手を触れる。
「家にお帰り」
私が宮殿のプールをイメージしながら伝えると、にゃんこは尻尾をふりんふりんと大きく振って、ぴょぴょんと跳躍。そして飛び去っていった。
ふう。解決したな。私は袖で額の汗を拭った。
そして歓声が沸く。なに。なに?
とりあえず手を振っておこう。ぴょんぴょん。
ドルゴンがいなくなり、すぐにいまだ炎がくすぶる機関車に土魔法の土がぶっかけられた。その上から水魔法がぶっかけられ、じゅわわっとこれが鉄板焼なら美味しそうな音が鳴る。お好み焼き食べたい。お好み焼きが食べたい!
そのあと色々と話しかけられていたが、私の頭の中にはお好み焼きでいっぱいだった。お好み焼きは水に溶いた小麦粉を焼くだけだからできるはず! 粘りを出すために山芋とか入れるんだっけ? 小麦粉にも色々種類があるんだっけ? まあなんとかなるはず。青のりやかつお節は妥協しよう。しかしソース。ソースがないとお好み焼きにはならんよなぁ。お好み焼きソースってどうやって作るんだ!? 私はお好み焼きソースの材料を知らない。もし知ったとしても、分量を知らない。そして製法も知らない。何をしたらあんなカカオ色の液体ができるんだ? とりあえず色々煮込むんだろ? いける。いけるか?
お好み焼きは、日本に来た外人が大好きになる料理の上位に入ると聞いたことがある。簡単な料理なのに不思議じゃない? そういえば日本でおなじみの甘じょっぱい味って外国ではあまりないものだった気がする。まあ大体醤油ベースだしな。
待てよ、まさかお好み焼きソースも醤油ベース……?
お好み焼き食べたい……。ぷるぷる……。
ぷるぷるしてたら合法ロリにほっぺをつんつこされた。
「どうされました?」
「たこ焼き食べたい」
そして私は市長にお呼ばれした。スキーン市長から事故を防いだ英雄として褒められちゃった。えへへ。スキーン市長はヒゲな男前だった。やっぱヒゲなんだな。そしてイケメンなんだな。これが異世界イケメン補正……。
数々の証言、というより、皇女様が私の味方なので、私が機関車を破壊して燃やした疑惑はすぐに晴れたのだった。あの事故現場に私の像が建てられる計画も上がっているようで照れる。ドルゴンを退けた精霊姫像。
うーん。ちょっと待って。ドルゴンを退けた、観衆的にはそう見えたようだ。いや、確かに合っているのだが。うーん。そこはかとなくマッチポンプ感が……。燃やして鎮火した辺りも特に。
さらに精霊姫というのは、その、精霊信仰ではない方々から破壊されそうじゃない? 大丈夫? もっとふんわりしとこう。ふんわり。
「にゅにゅ姫」
にゅにゅ姫はちょっと……。またちょっとちがくない? ねえ?
ドルゴンを従えるにゅにゅ姫像。え、それ決定稿?
 




