63話:サロン・ド・テ
BGM:シュランメル音楽
今日はおでかけ。その前に私は庭の近衛団長のじっちゃんに声をかけた。
「それじゃにゃんこのこと見ててね」
「姫様の命、承りました」
にゃんこがさらわれたりするような事はないだろうけど、触られたりするかもしれない。そしたら火傷して危ないからね。皇女様はまだ諦めずにゃんもふの機会をうかがっているのだ。
オープンカーな馬車で私たちは街中観光へ出た。
皇女様が「先日は無理なお願いをして申し訳ない」と謝られたけど、なぜか合法ロリから責められて私が悪いことになった。へへへどうもすみません。今度はちゃんとまたがって乗るから平気だよ。
話を聞くに、噂はどうやら私に魔法の翼が生えて飛んだ話と混ざってて、風船のようにふわりとドルゴンと一緒に浮かぶイメージだったようだ。あんながっつりした助走からのジャンプ飛翔とは思わなかったという。そりゃあみんな焦る。
それはさておきカフェに着いた。オシャレなカフェだ。おっさんとしてはドトーなんとかコーヒーレベルの喫茶店で良いのだが、天井は高いし、丸テーブルがたくさん並んでるし、演奏ステージでぴゅろろろヴァイオリンを弾いてる若者がいるし、私の知ってるカフェと違う。
「カフェではないですよ?」
なんだカフェじゃなかった。これは日本でのカフェのイメージの違いであった。お酒が飲めないからカフェではありませんよと正されたのだった。カフェってアダルティなとこだったの?
じゃあここは何かというと、コーヒー飲んでお話するところという答えが返ってきた。つまり社交場? サロン? 今までカフェだと思っていた所はカフェではなかった? ……まあカフェでいいや。日本人感覚だと超豪華なカフェだし。
私はビクビクしながら席に着いた。今日はなんとリルフィも一緒だ。皇女様に私の腹違いの妹ですと紹介した。腹違いというかそもそも私は腹から生まれてないけど。
リルフィは華麗な挨拶をして見せて、皇女様に気に入られた。だめだぞ。リルフィは私のだからあげないよ。ちんちん付いてるから皇族の嫁にできないよ。
「チョコケーキのギニュー包み(チョコパイ)に続いて、新しいコーヒーを考えられたそうですね?」
え? どっちのこと?
ホイップのせコーヒーは勘違いから季節外れのコーヒーフロートになったのだけど。
そしてアイスコーヒーの話になったがこれはまだ季節的に寒いからと、今日はホイップのせコーヒーが出される運びになったようだ。やったー!
砂糖たっぷりのコーヒーがテーブルに運ばれてきて、その場で絞り袋からホイップがもにゅにゅにゅと乗せられた。その圧倒的存在感で私たちのテーブルは注目を浴びた。あの女子らはコーヒーをケーキと間違えてるぜー! とでも思っているのだろうか。
「にゅにゅ姫はコーヒーをケーキとお思いなのですか?」
むしろ皇女様に言われてしまった。確かにこれは盛りすぎ感ある。スプーンでほじらないと飲めないぞ。甘いコーヒーおいちい。リルフィも笑顔だ。
キャッキャウフフしていたら、隣のテーブルでは店員に「あれは何だ?」と尋ねていた。店員も分からんだろう。皇女様にコーヒーにホイップクリームを乗せな! と言われたたけで、さらにその皇女様もこれがなんだか分かっていない。
何って言われても、ホイップのせコーヒーだよなぁ。ウィーンじゃないからウィンナーコーヒーじゃないし。ウィンナー入ってないし。まあ名前なんてそのうち誰かが付けるだろう。
私たちは持ち込んだチョコパイをおコーヒーうけにした。もぐもぐ。すると今度はあれは何だと周囲はざわつき始めた。
そもそも私たちの集団が目立ち過ぎるともいう。店長が現れて挨拶を始めたらなおさらだ。
コーヒーもお菓子もこちらのにゅにゅ姫が考えたのよと皇女様は私は紹介なされた。にゅにゅ姫じゃないにゅ。この店でもさっそくチョコパイを仕入れて提供を始めるようだ。チョコパイの広がりよきかな。
お茶会も終わり街中観光。
街の大通りにはなんと路面電車が走っていた。いや電車じゃないな。例の謎の青い蒸気を吹き出しているから路面蒸気機関車か。蒸気機関車ってでかいものじゃなかったっけ。でも歴史上では蒸気自動車もあったんだっけ? ボイラーの問題さえ何とかできれば小型化できるのかな。
馬車はてっこてっこと道を進む。まだ交通法が出来ていないのか、道の流れはよく事故らないなと思ってしまうほどのカオスな様相である。まあ、皇族の証のドルゴンの紋章の馬車を見かけたらそりゃあみんな道を譲るんだけどね。
オープン馬車は開放感あって私の脆弱な三半規管もとい産廃規管であってもあまり酔わないようだ。だけどちょっとカフェインに酔った。ぬへへ。視界が何だかキラキラしてきた。
「お嬢様の様子が変でス! 髪がめっちゃ光ってまス!」
ぬふふ、おかしくないよー。カンバに抱き着こうとしたら逆に抱え込まれてしまい、頭を両手で掴まれた。
「ぬあ!?」
ふぅ。カンバに抱かれていると何だか落ち着いてくる。何だかハッピーな気分になってくる。うへへ。
「魔力漏れが止まりませン!」
「ティアラ様は何杯コーヒーを飲まれたのです!?」
「三杯でス!」
カンバとロアーネが焦っているけどどうしたんだろう?
周囲が慌ただしくなる中、ちびっ子侍女(ただしロアーネよりすでに大きい)ルアだけはぬへーっとニコニコしていた。にこー。にぱー。この子、私とシンパシーを感じる!
隣に停まった路面蒸気機関車がカンカンカンと音を立てながらぴゅるーと白い蒸気を吹き出した。
ふと、私の身体がぶるりと悪い予感を感じた。これはまさか。
「お嬢様が緊急事態でス!」
カンバがあわあわしながらどこからか壺を持ってきた。みんなの注目を集めてるこの馬車の上で壺は無理でしょ。
「諦めてくださイ!」
いやきっとなんとかなる。ルアもタオルを抱えて気合いを入れていた。リルフィが心配そうに私を見ている。待てよ、姉としての威厳が失われてしまう!
いや待てそれどころではない。私の悪い予感はそこそこ当たる。そしてそれは白い蒸気を見たときに直感が走った。
「ねえ。なんで列車の蒸気は青いの?」
カンバはあわあわしながら私の足もとに壺を用意しながら、あわあわと答えた。
「あれはネコラルを打ち合わせた時の蒸気でス。ふう、まにあいましタ」
ネコラル? いや、それは置いといて、この世界の蒸気機関車は青い蒸気がやっぱり普通らしい。
「あの列車の蒸気は白いんだけど」
「あれ? 本当ですネ。古い列車なのでしょうカ?」
一見古くは見えないけど、中身は古いとかなのかな?
私たちが路面蒸気機関車を見ていたら、今度はロアーネが焦りだした。
「何を見ているの、あれ? 魔力反応おかしくないですか?」
「魔力反応?」
「爆発しそうですよ」
爆発!?
「爆発!?」
あわわわわっ! こっそりおちっこしてる場合じゃねえ!
「土魔法使いを呼んで囲うのです! 早く!」
ロアーネはそう言うけど、私たちの中に土魔法使いはいない。それどころか、街中に土魔法使いは少ない。土魔法使いの仕事はは郊外で活躍するからだ。
すぐに対処できないなら急いで逃げるしかない!
私はリルフィの手を掴んだ。だがリルフィは蒸気機関車に手を向けた。
「ぼくが凍らせます! 姉さまは先に逃げてください!」
「え、無理でしょ」
小型の列車とはいえ爆発の被害を無くすほどの氷漬けにするのはどんだけ時間をかけたとしても無理すぎる。
「でも、まだ逃げていない乗客がいます!」
ええ……。それなら異常を感じた駅員が避難を呼びかけてるから大丈夫じゃない? あ、パニック起こしてる。ドアで詰まってるよ!
ロアーネが私の手を取った。
「何してるのです! 早く逃げますよ!」
「え、でもリルフィが」
「先に行ってください!」
いやだから凍らせるの無理だって! リルフィはボイラーのある先頭車両を氷漬けにしようとしているが、表面に軽く霜が付いただけだ。直接触れてないのに霜が付くの凄いな。
待てよ、そもそも凍りつかせたところで、逆に蒸気の逃げ場が無くなって圧力かかるんじゃね? 爆発ってぎゅうぎゅうに溜め込んだところで我慢できなくなって破壊力増すんだし。
「急いで!」
「まって……」
んにっんにっ。私は内股で馬車から降りようとするが、もはや限界だった。
逆に考えるんだ。穴を開けちまえば爆発しないんじゃね?
「ええ……いや、ええ? 失敗したら死にますよ?」
「大丈夫。お守りがあるから」
私の胸元には、パパのために作った魔除けがある。リルフィを魔術師から守った実績持ちだ。
「姉さま! 危ないです!」
リルフィが心配そうに私を見つめる。
ふふっ。リルフィ。私はもうね、一歩も動けないんだ。足もぷるぷる震えている。機関車が目の前にあり危険だ。でもねここが良い。ここなら。馬車の上のここならカンバの置いた壺がある。
むみゅみゅみゅ……。
「でも本当に穴を開けることで、爆発を防げるのですカ?」
え? カンバが後ろから私のスカートをたくし上げながらそう尋ねた。
「どうなのでしょう……。しかしティアラ様がそういうならそうなのかも……」
え? 待って? ダメだった? もう魔力集めちゃったんだけど。
「姉さま! ぼく信じています!」
え? そんなプレッシャーかけないで。ちょっと魔力引っ込んできた。
「タオル準備いつでも大丈夫ですっ」
改めて言われると恥ずかし……。ちょっと出しづらくなる……。
もじもじしていると、ロアーネが私のお腹をぷにぷに押してきた。
「いいから早く撃ちましょう! もうどっちにしろダメそうな雰囲気ですよ!」
離れた場所で、伯母さんや皇女様やリアが心配そうに私を見ている。見られてる。はずかち。
「ほら出して!」
ロアーネが私のお腹をぎゅっと押した。ひぎぃ! 私の手に魔力が集まり輝き出す。いつもより輝きが強い気がする。これなら列車もぶち抜けそうだ!
「す、すごい! こんなに輝いて溢れてる……!」
それはどっちの?
私から勢いよく発射された虹色の光は、機関車の煙突の根本をぶち抜いた。すると黒い煙が立ち上り、激しく燃え上がった! 煙突がしゅぽーんと吹っ飛んだ! 熱っつ!
「あわわわわっ」
「いえしかし、燃え上がったのならば、爆発は免れたのでは? どうなんですかティアラ様」
ロアーネに聞かれたけどわからないよ!
私の足元はすっきりと洗い流された。ふぅ。
「このままなら避難が間に合いそうですね!」
「早く逃げましょウ」
リルフィとカンバが私の手を掴んだ。しかし、機関車はまだ不気味なカンカン音を鳴らしている。
そして空っぽになった私の嫌な予感もまだ完全には消え去っていなかった。
いつの間にか足元にやってきたにゃんこも「ぬぁーご」と鳴いておる。
「まだだめかも。あの火を消さないと」
「水魔法使いならぼくとこの子がいます! 鎮火しましょう!」
しかし炎は激しく燃えている。多少の水をかけたところで焼け石に水……焼けネコラルに水? ネコラルってなんだ? にゃんこ?
待てよ。なんでにゃんこがここにいるんだ?
「ティアラ様の魔法を見て飛んできたのでしょう」
そういえば、にゃんこが私に懐いた時も、魔法をぶっ放した後に足元にすり寄って来たんだっけ。
待てよ。翼ライオンって炎を食ってたよな。
「にゃんこ。あそこで燃えてる炎って食べられる?」
私が魔力を込めて伝えながら頭を撫でると、にゃんこは「ぐなぁ!」と一鳴きして炎上する穴あき機関車に飛び乗った。焼きにゃんこ!
にゃんこのたてがみが光輝き、炎が吸い込まれていった。




