6話:第一回甘え上手選手権
魔法で魔王と戦う夢を観た。
これは予知夢か。いや、こいつ前世のゲームで見覚えがあるぞ。
だめだ。そいつを倒すと私が次の魔王になる! ああああっ!
「りあー。りあー。おしっこ、でた」
また漏らしちゃった。くすん。
おっさんになるとな、膀胱が固くなっておしっこが近くなるのだ。涙腺も弱くなるのだ。今は幼女だった。
シーツまでも濡れてもうた。朝から侍女リアに洗って乾かしてもらう。
一応昔のおむつ代わりなのか、ふんどしのような綿の布をおパンツとして巻かれていたので、ベッドはきっと無事だろう。無事と信じたい。誰か地球化学知識で吸収性ポリマー開発しない?
ただのお漏らしではなく、怖い夢を観たせいだと言い訳したいのだけど言葉がわからなかった。羞恥プレイに耐える無口ロリである。
夢。夢ってどうに伝えればいいんだろう。形もなにもないものだから難しくない?
考えながら朝食をもそもそと食べていたら、パパから「何かあったのか?」と聞かれてしまった。
「寝る。する。夜。ある」
場に混乱が広がった。
「悪いやつ。王。頭、宝石、角。魔法、する」
わちゃわちゃ身振り手振り伝えようとした。
パパは理解を諦めたのか「かわいいなぁ」って顔で私を見ていた。
そんな中、タルトお兄様が手をポンと叩いた。
「ティアラ、ルア、ズナウ、ジーニー?」
パパもなるほどなるほどと頷き、私に声をかけた。「怖かったねぇ」的な感じか?
「じーにー、なに?」
タルトがゆっくり丁寧に説明してくれたが、何を言ってるのかさっぱりわからん。
おっさんには最近の子供の言葉がわからんのじゃ……。じーにーが夢? それぞれが、観た、怖い、夢か?
そして話は私の夢のことへ戻った。
「頭に角と宝石のある悪者の王」
うんうん。
「アスフォートか」
誰だよアスフォート。なんかちょっと美味そうなチョコ菓子みたいな名前しやがって。
いやでもいるのかこの世界に。そんな魔王みたいなやつ。
その日からタルトが「アスフォートだぞー」と両手を広げて私を追いかけてくる遊びが流行った。私とシリアナは魔王から逃げて隠れて見つかると食べられてしまうのだ。変態ロリコン魔王め!
さて。
今日も妹シリアナとともに騎士物語のおままごとが行われた。
大筋は毎回同じなので、もう覚えてしまって飽きてきたぞ。
・でかい猪が現れる
・騎士がそれを退治する
・騎士が王様に褒められて、国を作る
・ハッピーエンド
同じ話が毎日繰り返されながらも、少しずつ細かい話が足されていく。
なんと今回は宗教問題が起こって、国が二つに割れてしまった。シリアナは何も理解できてなさそうなまま「わたしこっちー」と、お姫様がいる陣営を選んだ。私はおじいちゃん陣営である。
そして戦争ごっこだ。わー。
くっくっく。騎馬兵でちくちく横槍を入れてやるのじゃ。
いやがらせ攻撃により私の方が優勢だったのに、GM神の教育担当お姉さんの采配によって、私の操るおじいちゃんは倒れてしまった。ダイスロールすら無く矢が膝に刺さった。ふすっ……。
女の子が言葉を覚える授業にしては、内容がなんだかハードなんだが。
と、ふと私は気づいた。もしかして騎士おままごとは歴史の授業にもなっているのだろうか。
これはこの国の起こりの物語なのかもしれない。
お姫様が勝ってエイジス教が広がり、原始宗教の精霊信仰のおじいちゃんは追いやられてしまった。
エイジス教は月のシンボルの宗教だ。月のシンボルといっても前世の宗教とは関係ない。とはいえ、月を信仰するのならば旅をする民族から起こった宗教なのかもしれないな。
情操教育も入っているのかもしれない。教育係はシリアナに「おじいちゃんをどうしますか?」と尋ねていた。
シリアナは「えーい」とおじいちゃんに剣を突き刺した。
ぐえー! おじいちゃんは死んだ。
「やり直しです」
どうやら史実でのお姫様はおじいちゃんにとどめを刺さなかったようだ。
ふっはっは! 私を生かしたことを後悔するんだな小娘よ!
「オルヴァルトは剣を自分の首に突き刺しました」
おじいちゃん自決かよ!
そして私の配役は剣を引き継いだおじいちゃんの孫となった。
くっくっく。父と祖父の仇を取ってやる!
「二人はお互いが好きになり、結婚しました」
ハッピーエンドしちまったぁ!
う、うん……。血みどろの戦いよりは女児向きだけど……。
りんごーん。りんごーん。
さて。
新しい言葉を覚えたので、パパのいる執務室へ突撃した。
ばぁん。
「何か用かね?」
乱入した私を捕まえようか戸惑う文官たちの足元をするりと抜けて、私は働くパパの袖を引っ張った。
「どうしたんだティアラ。めずらしいね」
みたいなことをパパは言った。私は良い子ちゃんだからいつもはお仕事の邪魔はしないのだ。
だが、今日の私は大事な用があったのだ。
「パパ、好き。私、結婚、する。」
唐突な告白に全員が固まった。
娘からのプロポーズに耐えられるパパはいない。パパは大ダメージを受けた。
私は自分のあざとさを最大限に利用した。足固めのためである。
私の立場は不安定であった。いくらお姫様になったとはいえ、身元不明な孤児の養女である。拳法を習いたいとか言い出す不審幼女だ。しかもそれは王子の侍女に魔法危害を加え、王子にも魔法をぶっ放すと言い出す狂犬である。
「そうだな。もう少し大きくなったら考えてやろう。用はそれだけかね?」
パパは平静を装っていたが、身体は正直で抗えず、ぷりちーな私を抱きかかえて膝の上に乗せていた。仕事中の部下の前である。もし間者が紛れていたとしたらそのレポートに「弱点はぷにぷに幼女」と書かれることだろう。
作戦は成功だった。だが予期せぬ事態は起こるものだ。いや、冷静に考えればそれは予想できたことかもしれない。
私を追って、妹シリアナも部屋にやってきたのだ!
そしてパパの膝に座る私を見て、駆け寄ってきて、椅子に座るパパによじ登り始めた。
こうなったら私も片膝を譲らねばならぬ。我々はパパの両膝と両腕を占拠した。
「両手に花でございますなぁ」
的なことを執事に言われたようで、ついにパパは家臣たちに笑われてしまった。
パパは娘たちの手前、それを叱って咎めることもできない。
私とシリアナはパパの膝の上で、差し出されたビスケットをぽりぽり齧り、ホットミルクをすするのであった。
「私は休憩に入る。後は頼んだ」
もはや仕事にならないパパは、娘二人を抱きかかえて立ち上がった。
そして私達はベッドに運ばれてしまった。
どきっ! そ、そんな。パパ、早すぎるよぉ! け、汚らわしい!
「二人は良い子に昼寝しなさい。眠るまで一緒にいてあげるから」
ぱ、パパ……!
汚れてたのは私だった。
シリアナは今日習ったことをしどろもどろにパパに教えていた。はぁ。幼女かわいいなぁ。それを見つめる私は、なるほど子供は言葉を覚えるのは早いわけだと関心してしまった。
ふっ。第一回甘え上手選手権は妹に譲ってやろう。純幼女に敵うわけがなかった。
しかしなんとしてでも好感度を上げなくてはならない。好感度を上げると言ったらプレゼント作戦だろうか。庭園の花を百個ほど摘んで上げたらゲームみたいに好感度百%にならないだろうか。ならないだろうな。むぅ。
私は少し焦っていた。
私は自分の最初の記憶を思い出す。
いかにもな泉に佇む、ちょっと透けて人間離れした容姿の幼女。
その時の私は前世のおっさんの記憶から自身を「霊体」ではないかと感じたが、もしかしたら本当にそれに近いものなのではないかと思い始めていた。
それは精霊。
魔法がある世界で、昔には精霊信仰があったのだ。精霊が実在しててもおかしくはない。
そしてこの国において、どうやら精霊信仰は宗教戦争で負けた側のようである。