54話:ぬるぽ
すっかり忘れていたのだが、私たちはヘンシリアン家の宮殿に戻ってきた。そういえば挨拶もまだのまま私は飛ばされていったのだった。
顔を見せたらさっそくルー坊が悪態を付いてきた。
「無事だったのかよ」
風に飛ばされて鐘に臀部をぶつけて失神は無事と言えるかどうか難しいところだが。
「姉さまおかえりなさい!」
リルフィを宮殿に置きっぱなしだった。ぎゅー。猫耳少女をなでなでできなかった分、男の娘のお尻をもみゅもみゅしよう。
「街を観光していたなら僕も誘ってくださいよぉ」
「むぅ。だけどリルフィは女の子だからなぁ。知らない街を歩くのは危険だし」
「変髪も女じゃん」
おっ。意外なことにルー坊は私を女と認識してくれていたらしい。しかしリルフィは男だけど。かわいい男の娘は希少だから美少女より危険なのだ。お尻をもみゅもみゅしてくるのがいるからな。
「ならおれも誘えよ。おれがリルフィを守ってやるからさ!」
なんだと!? リルフィは私が守るんだもん!
「僕よりも姉さまの方が危険ですよ。姉さまは僕が守ります」
なぬ! 私は守られるような危険なことはしないぞ!
「空を飛んで失神したし、今日は貧民街に迷い込みましたよね?」
ロアーネはちょっと黙ってて……。
ヘンシリアン家のおじいちゃんとおばあちゃんに会って挨拶をした。ルー坊の父親と母親は首都に住んでいるため、ここにはいないようだ。カンバの兄やリアもそっちにいるのでまだ会えない。
おじいちゃんはいきなり私のことを抱き上げて頬ずりをしてきた。髭がもしゃもしゃするんじゃがー!
「かわいい子じゃのう! まるで天使のようじゃな!」
「あらあんた。その子は天使様だよ。空から虹の翼で舞い降りたのだから」
「儂も見たかったのう! どうじゃ! 飛んでみてくれぬか!?」
みてくれぬかじゃないのじゃが。スキンシップが激しすぎるんじゃが。
リルフィがいてくれればよかったのだが、この場にリルフィはいない。リルフィは戸籍上は妾の子になっているからね。それをいったら私もヘンシリアン家のママのお腹から生まれたわけではないのだけど。
「しかしめんこい子じゃなぁ。ライナをオルバスタのような田舎に嫁がせた意味はあったのう」
「あんなに反対していたのに、塩の泉のジジだねぇ」
なぞの慣用句でおじいちゃんは照れながらガハハと笑った。
カンバがこしょこしょと耳打ちをして教えてくれた。
「とある男が、塩で飲めない泉と文句を言っていたその塩を、売り始めて後から感謝した逸話からきていまス」
ふぅん。ほとんど同じ言葉だけど、場所が違うとまた言葉の意味がわかりにくくなるもんだなぁ。日本も方言が通じなかったりするしなぁ。「風邪がたかる」とか。「たかるって何?」と言われたことがある。「たかるはたかるでしょ?」「うつるじゃないの?」「うつる……病気は移るか!」そんな会話が繰り広げられたことがある。だけど田舎人からしたら「たかる」=「うつる」や「たける」=「うつす」ではない。「風邪をうつすなよ」と言ったら「風邪をうつさないように気をつけてね」だけど、「風邪をたけるなよ」と言ったら「風邪をうつすようなことはするなよ」なので違うのだ。口も押さえずに咳を撒き散らすような感じだ。虫が集ると同じたかるだ。自分の周りにぶわぁと病原菌が撒き散らされたりくっついてきたりする感じ。
無表情でどうでもいい方言のことを考えていたら、何かロアーネとじっちゃんで話が進んでいた。
「ティアラ様はぬるぽの現状に憂いています」
ガッ! 私はぽぽたろうでロアーネの頭を叩いた。
ロアーネに「なんですか?」とじろりと睨まれた。
だって急に変なこと言うから……。
「ヌルポか。この街ではエイジス教に反するようなことは行われていないはずだが」
「ええ。ロアーネから見ても問題はありませんでした。しかしティアラ様はヌルポの国を興すことを考えています」
「なんじゃと!? ヌルポの!?」
NullPointerExceptionの国か。中身空っぽそうだな。
私はロアーネの腋をつんつんした。
「ねえねえロアーネ。何の話?」
「猫耳少女の待遇を良くする話ですよ」
「それは良い」
猫耳少女もふもふしたい。ヌルポは猫耳獣人のことか。
かわいい猫耳美少女は全員洗濯してふわふわもふもふにするべき。だけど猫だから風呂を嫌がるか?
「しかしなぜ猫人をそんなに気にかけるのだ。ティアラちゃんはオーギュルト人ではないか」
そうか。猫耳少女の労働力としてのあの扱い、これは人種問題だったのか。しかも猫耳が付いているという一目でわかる人種の違いだ。異世界ファンタジーにおける獣人差別問題はよくあることだが、毛むくじゃらの獣人の場合はそれは仕方がないことではあると思う。毛がもふもふというのは、人間の文明社会で暮らすには問題が多いからだ。主に抜け毛が。しかしあの猫耳少女は獣成分の少ない獣人であった。いわゆるコスプレチックの猫耳少女だ。それならばその程度ならば、人としての差は大きくないであろう。
そして先ほどの問い。なぜ私が猫耳少女を気にかけるか、それは。
「猫耳かわいい。猫耳触りたい」
猫耳は愛らしくキュートなのだ。思わず触りたくなる。つっついてぴこぴこさせたくなる。ふにふにしたくなる魔力を持つもの。それが猫耳なのである!
「触りたい、か。そうか……。儂らの感覚は時代遅れなのかもしれんのう」
「ロアーネを年寄りに含めないでください。不快です」
「あら、あたしもあんたとは一緒にしないでほしいわね」
おじいちゃんは顎ヒゲをもしゃりと撫でた。
「猫人の待遇改善か。よし! かわいい孫のためにベルトを締めるとするかのう!」
おー! おじいちゃんがんばれー!
シラミとノミとダニも無くしてくれよなー!
クリトリヒ帝国北部エッヂの街、ヘンシリアン家ジランボルヌス伯爵により猫人の地位向上が提唱された。それはクリトリヒ北東部のオーギュルト人による猫人への同化政策に待ったをかける形となった。彼は差別の対象であった呪いの耳に対し、かわいいと自書に表した。それは天使の言葉であったとされる。彼の宮殿の空から舞い降りた天使が鐘を打ち、猫人の耳を触りたいと口にしたのだ。それは失いつつあった彼らの自尊心を取り戻すことになった。
「ということになったら、猫耳を触れますよ」
「ちょっと待って。話の理解が追いつかないんだけど……」
客室に案内された後、ロアーネに「猫耳少女の耳はいつ触れるかなー」と気軽な気持ちで尋ねたら、なんだか思ってもみない壮大な未来予想をされた。
「同化政策かー。あまり良くないやつだよね」
強い立場の民族が弱い立場の民族を統一するために、自分たちの文化を強制するやつ。そう説明されて頭の隅に残っていた知識でそういうの昔に習ったなぁと思い出した。
「とはいえ、ここでは強引な方法ではありませんでしたよ。むしろ猫人はオーギュルト人になりたがっていたのですから」
「でもそれって差別的な部分があったから、同じ扱いされたかったということだよね?」
「ええ。そうですけど、オーギュルト人になれるならそれは誉なことでしょう」
ええ……。ロアーネの選民思想こわい……。
でもこれは、ロアーネの方がこの時代では普通の感覚なのだろう。おじいちゃんも同じような感じだったし。
「カンバの国ではどうだったの?」
「ヴァーギニアではもっと沢山色々な人がいまス」
クリトリヒの東部から南部に渡るヴァーギニア王国。そこにはもっと沢山いるのかぁ……。
「しかしそれよりも東の隣国のイルベン人の侵略の方が大変でス」
なるほどそれはまた……。多民族な上に外敵もいるとな。
「イルベン人?」
「はい。耳が長くて弓が得意な民族でス」
ん? 耳が長く弓が得意?
「それって魔法も得意で、背が高かったりしない?」
「よくご存知ですネ」
え? それってエルフ? エルフじゃん!
「森に住んでたりする!?」
「森……? えと、彼らは草原で暮らしてると聞いてまス」
「色白で美形が多かったりとか?」
「いいえ。そのようなことは聞いたことはありませんガ」
「他に特徴は?」
「馬乗が得意な野蛮な民族でス」
私の知ってるエルフと何か違う!
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