52話:人間はおろかだ……
んぬぬ……。頭が冷たい。なんか氷を乗せられているようだ。
なんかベッドで寝ているようだけど、もう朝だっけ。昨日の夕ご飯が思い出せない。おなかすいた。
「目が覚めたようですね」
女の子が私を夜這いに来てる!? なんだロアーネか。ロアーネはなんていうかね、私の事を慕ってくれているんだけどね、なんだか小さいお姉さん的感覚なのだ。いや、そのまんま年上合法ロリなんだけど。しかしこの年齢不詳、本当に姉といえるくらいの年齢なのだろうか。ロリババアまでいけば人気コンテンツだが、ロリおばさんは需要ないと思う。なんでだろうね。
「頭大丈夫?」
その言い方だと違う意味で聞こえるのだけど。とりあえず触った感じはたんこぶもなさそうだ。ロアーネが治してくれたのだろうか。
「ところで、騒ぎを起こさないように言いましたよね?」
言われたっけ……? 聞いてないけど。無言でお小言を聞き流していたらぽぽたろうで顔をぽむぽむされた。
飛ぶというよりふわりふわりと浮かんだ私は教会の鐘にぶつかった後そのまま失神、救助されて教会に安置された。安置という言い方は嫌だな。教会、この大聖堂は皇帝が泊まる部屋もあるそうで、側近が泊まれる客室に私は寝かされていた。
「もしかして、私やばいところに突っ込んだのでは?」
「いまさらですか。教会の鐘をお尻で鳴らす人を初めて見ましたよ」
空中で方向転換しようと反対を向けたものの、そのままお尻でゴンして、床に頭をぶつけたようだ。頭から直でいってたら危なかったな。
「ロアーネちゃんと謝っておいた?」
「ええ、謝っておきましたよ。まったくもう。それよりも状況説明が大変でしたよ」
ロアーネはベッドにぽぽたろうを置き、そこに肘を付いた。
「オルバスタから遊びに来たお姫様がペットの翼ライオンに乗って空を飛び、落下したと思ったら背中から魔法の翼を生やし、風に流されて鐘楼にぶつかった」
「頭大丈夫?」
「ええ、そう言われたわ」
改めて聞かされると頭おかしい案件であった。
鐘にぶつかったそのこと自体よりも、翼を生やして空を飛んでた(風に流されてた)ことが騒ぎになっているとか。目撃者が言うにはな、空から舞い降りた天使が鐘を鳴らしたと言うてんね。それどこぞの田舎のぷにぷに幼女と違うかー?
「料理は部屋に運ばせますから、今日は安静にしてください」
「ありがとう。メイドみたいだね」
「メイド違うわ!」
ぼふんと顔にぽぽたろうを叩きつけられ、ロアーネは出ていった。代わりにカンバとリアが部屋に入ってきた。
そして全身を濡らしたタオルで拭かれ、カンバに頭なでなでされて鎮静化した私はすんやりと眠った。
次の日の朝食。なんだか凄い天井画の部屋に私は案内された。こんな目が回りそうな部屋では食事が喉を通らないよ。むしゃむしゃもぐもぐぺろぺろ。
絢爛な刺繍の服を着た司教を名乗る人があれこれ私に尋ねてきたが、応対はロアーネに任せてデザートをもぐもぐる。このむにゅっとしたパイ美味しい。中から酸っぱい赤いジャムがとろっと出てきた。かりっふわっとろぉ……。
「なるほど。なるほどね」
私は一人頷く。都会はスイーツが美味しい。これね。これだけでも旅行に来たかいがあった。田舎の素材を大切にした素朴な味っていうのはね、つまりそれはオカンの作る雑な配合の味なのだよ。嫌いじゃない。嫌いじゃないよ? だけど都会の味というのはベクトルが違うのだ。
「繊細だなぁ」
砂糖だって「甘けりゃ美味しい! だばぁ!」という目分量ではないだろう。この甘酸っぱさは計算尽くされている。パイ生地も甘くなりすぎないように調整されているのだ。
「これは私も手を出すべきか」
お菓子作り。それは甘美な響き。でも作るよりは食べる方が良い。
そうそう、異世界で知識活用といったら、生クリームの絞り袋の先っぽの金具(口金)も鉄板じゃないか! でもそんなのもうとっくにありそうだな……。活用できる未来知識がなさすぎる。
私がぼんやりと考え事をしていたら、司教様はなんだかにこにこ顔になっていた。
「おお! 精霊姫もそう思われるか!」
「ティアラ様! お考え直しください!」
む。ロアーネは私がお菓子の食べすぎでぷにぷに化するのを恐れているのか? だがもう遅い。私は決意した。お菓子の食べ歩きをするということをな!
「こういうの他にないの?」
「ええ、ええ。問題は山程ありますとも」
「ティアラ様は口を開かないでください!」
む。これ以上食べるなというのか。確かに幼女っぱらも朝からぽんぽこりんである。げぷぅ。余は満足じゃ。よきにはからえ。
カンバに椅子を引いてもらい、私はよろよろと立ち上がった。これは確かにロアーネの言う通り、食べ過ぎたかもしれん。お昼までお昼寝タイムが必要かもしれん。おっさんだと叱られるけど、幼女はいくらでも寝て良いとされる。
カンバに支えられながら、私はふらふらした足取りで退出する。どうしてあと一口食べたら限界だぞと胃が教えてくれたのに、もう一口くらい行けるだろといってしまうのだろうか。人間はおろかだ……。
「ええ。全くでございまス」
やはりカンバもそう思うか。カンバはすらりとした体型なのに見た目と違って大食いなのだろうか。いや、大食いの人は細いというな。理由は簡単、デブは脂肪が邪魔で胃が膨らむ余地がないのだ。なので小腹が空いてちょこちょこ間食をしてしまうので余計に太る。ぐぬぬ、なんという悪循環。
私はお腹の肉をぷにっとつまんだ。最近は馬車や電車の移動生活だったからぷに腹が危険かもしれない。運動しよう。んにっんにっ。
「私の国でも差別や迫害はありましタ」
やはりデブは差別されるのか。食糧難の時代ではぽっちゃりは人気ステータスだったが、飽食の時代になると節制できない人と見られてしまうからな。バターと砂糖が憎い! あいつらは世界の敵だ! 私はこの世からバターと砂糖を滅ぼすことを決意した。
だけど美味しいお菓子を食べられなくなるから一秒で考えをひるがえした。
「私も月の民ですから、地の民を正しく導く必要があると思いまス。しかし強要するのは別の問題が起こると思うのでス」
ふむ。確かに「デブだからダイエットしなよー」と言うのは呪いの言葉だ。人は命令されると反発したくなるものだ。そして言われた時点で自発的行動ではなくなる。ダイエットは他人のためではなく自分のためであるべきなのだ。健康的な生活であること。小太り程度でも歩く時に内ももの肉が擦れて不快に感じたりする。身体の重さで幼女の歩く速度に追いつかず息切れしたりする。そういった生活の不便さを取り除くために行うべきなのだ。
私は自分の太ももをぷにぷにしていると、ルアが私の手を止めた。
「なんだかお嬢様は違うことが考えている気がするんですけどっ」
「え? お腹いっぱい食べたい話じゃないの?」
「あれ? 合ってるのですっ!?」
ルアとカンバが顔を見合わせた。なんや?
「お嬢様は少し食べすぎですネ」
「お菓子が美味しかったからつい」
えへへ。幼女は甘い物に弱い。おっさんだって弱い。人類はバターと砂糖に屈するのだ。それは抗うことのできない魔力である。人間は本能的に油を美味しいものと感じる。砂糖も脳が幸福感を感じる。それはエネルギーの塊だからだ。だから油と砂糖が合わさったお菓子は脳にとって暴力的である。そしてお菓子が我慢できなくなる。現代人は砂糖依存症なのだ。おさとうドランカー。
「だけどお嬢様が思い悩むことではないと思いまス。お嬢様はお菓子を食べて楽しいことを考えていれば良いのでス」
なんだかちょっとバカにされた気がする!
でも図星なので大人しくソファに横になる。ごろん。すやぁ。
……待てよ。大切なことを忘れていた。
私はヘンシリアン家からチョコレートが贈られてきたことを思い出した。ということはこの国はチョコレートが名産なのではないだろうか。すると、ベイリア帝国がハイルカイザーディーな国だとすると、この国の首都は音楽の都……。王位継承カードゲームでもクリトリヒ帝国独自の音楽要素を追加するエキスパンションが企画されていた。
ということはこの国にはあれがある! チョコレートケーキが!
じゅるり。




