5話:マァジ
なんか違う。なんか違うな?
特訓が始まり三日経ち、基礎体力づくりといってもなんかこれ違うなと感じてきた。
なんかね。動きが太極拳みたいなんだ。
いや、疑ってはいけない。きっとこれが大気中の魔力を集める運動なのだ!
しかしいつまで経っても魔法の特訓は始まらず、突きと蹴りを習い始めたところで「やっぱり違ったわ」と気づいた。
タルト兄様の言った「デアウ」って体術の意味じゃね?
騙された!
「タルト。言った。であう。ちがう」
「はぁ? なんのことだよ」
またたまたま廊下で会ったので、私はタルトを問い詰めた。
反省の色がないタルトに、私はぷぅと頬を膨らませた。幼女が頬を膨らませるのは最大最強の攻撃である。
だがタルトはあろうことか、私の頬を指でつついてきた。
ぷひゅう。
「むにゃむにゃ、はーっ! 体術、ちがう」
「え? 体術ではない? 剣術と、体術だろ?」
言われてみれば、私の「はーっ!」は掌底打ちであった。
だが腹が立った私は、師匠に習った突きをタルトにいきなり仕掛けた。その手はあっさりと掴まれてしまう。
むぐぐ……。
「へへっ。チビの打撃なんかにやられるわけねー」
多分そんなようなことを言われた。
得意気にしているタルトのすねを蹴った。げしっ。
「いってぇ! このーっ!」
「きゃあ!」
子供同士の軽いふざけあいだったが、タルト側のメイドに睨まれた。びくんっ。
その目は私を蔑んでいる。
タルト兄様は王子様だ。フロレンシア家の世継ぎである。ちょっとふざけすぎたかもしれない。反省。
私を睨みつけた知らないメイドは表情を消し、そして嫌な感じの笑顔で近づき、私の頭に手を伸ばした。
そして手が触れかけた瞬間、バチィと音を立ててそのメイドは弾かれた。
「ぬぁ!?」
なんじゃあ!?
メイドは声も立てずにどさりとその場に倒れた。
……失神してる?
待って私は何もしてないぞ。狼の時と違って危険も感じていない。ただ、何か嫌な感じはしたけれど。
おっさんが女性を失神させたとか言い逃れできない。逮捕される。え、冤罪なんだ! 信じてくれ!
私はぷるぷる震えていると、タルトは大声で人を呼び、私は取り囲まれていく。
ああ、あの目だ。私を異物として見る目……。
「ちぁう! しらにゃい!」
私が駆け出すと人垣が割れた。私は自分の部屋に逃げ込んだ。ベッドの布団の中に潜り込む。
ぶるぶる。まほうこわい。
布団かぶって泣いてぷるぷるしてたら落ち着いてきた。大丈夫。私はわるくない。私はわるくない。
布団から顔を覗かせたら、いつものメイドさんが水差しを用意して待っていた。コップにお水を入れてくれたので、ごきゅごきゅと飲み干した。
ふぅ。
とりあえず私が部屋から引っ張り出されてないということは、大事にはならなかったのだろう。
いや、まだこれから私は捕まって火炙りにされるかもしれない。ぶるり。
ちょっと漏れた。
結局のところ、失神したメイドが謝罪して事は終わった。
なんだかんだで私は、なりたて養女とはいえフロレンシア家のお姫様なのであった。えへん。
タルトの証言も大きかったのだろう。王子が姫を悪くないと言ったなら、悪いのは騒ぎを起こした失神メイドになる。10:0の判決だ。全面的に私が悪くないとなると、それはそれでちょっと申し訳ない。5:5くらいにしない? お尻ぺんぺんくらいなら受け入れるよ?
……いやだめだ。私のお尻ぺんぺんしようとしたメイドがビリビリしてまた倒れるかもしれない。
なんでいきなり魔法が出たのか考えてみた。発動は無意識だった。狼の時もそうだ。それを鑑みるに、おそらく自動迎撃、つまりカウンターの魔法なんだろう。私に害を為そうとする者に電撃か何かを食らわせる魔法だ。あぶね。もし電撃だとしたら出力控えめで良かった。心臓通ってたら死んどるやんけ。
問題はその判定がガバいってことなんだよな……。なんか嫌な感じ、くらいで発動したら困るんだけど。
そして困ったことにそれを相談するだけの語彙が私にはない。
すっかり仲良くなったメイドさん方も、私に怯えるようになってしまった。悲しい。
水をくれたドライヤー係のいつものメイドさんだけは変わらず私を慕ってくれた。良き。私の侍女になる権利をやろう。やる前から侍女だったようだ。朝の体術の訓練にも付いてくると思ったら、正式な私のお付きだった。メイドさんと呼んでいた私の侍女は「リアンホルレンサ」という名のようなので、次からは「りあ」と呼ぶことにした。フルネームで呼ぶと短い舌を噛んでさらに短くなりそうだからだ。
さて。
翌日。家族と顔を会わせづらかったので、わがままを言って寝室に朝食を運ばせた。
食後の体術の訓練ではぼんやりとしてしまって、「気が入っとらん!」的なことを師匠に言われ叱られてしまった。
しょんぼりしてその日の運動は終了。侍女のリアとともに庭園を歩くことにした。
てこてこてこてこ。
花は大方散っていて、緑が強い。春は過ぎ初夏になりつつあるのだろうか。
植木は実を付ける準備をしており、花壇の花卉は蕾を膨らませているところだった。百合だろうか。
黄緑色の蕾をつんつんしていたら、タルト兄様が現れた。めずらし。
その後ろには失神メイドが変わらず付いているので、彼女にもお咎めはなかったようだ。良かった。視線がきつい気がするのは、まあ、きっと私の心が弱いせいだろう。
おっさんはね、若い子の視線に弱いんだ。色んな意味で。
さて、どうやらタルトは私を探してやって来たようだ。
「お前、ウマァジだったのか」
馬味?
もしかしたら種族人間ではないのでは、とは思っていたが、馬だったとは。確かに馬の耳みたいにちょっと耳が尖っているが……個性の範囲内だと思っていたのだが……。
いや、この世界の馬はバァウロゥだったか。うまーじってなんだ?
「ウマァジがわからないか。ウマァジはマァジを使う者だ」
そのマァジがわからんのだがマジで。
タルトお兄様の説明が続けられるが私の首はメトロノームのように左右に行ったり来たり繰り返される。気持ち悪くなってきた。
タルトの代わりにメイドがすいと前に出た。バチィと弾かれ失神したメイドだ。目つきこあい。
失礼しますとあの時と同じように私の頭に手を伸ばした。
ぎゃーやめろ! また特大静電気が発生するぞ!
私は侍女リアに抱きついて逃げた。また私を犯罪者にするつもりか! 冤罪だけど!
というかあんた、一度それで失神して、さらに無情に叱られた立場なのに、それを繰り返すとかすげえ度胸だな!
メイドは止まらず手を伸ばしてくるので、私はリアのお尻に隠れた。
「ばちぃ! する! だめ!」
「失礼いたしました。そのバチィがマァジでございます」
「マジか」
つまり私の求めていた「魔法」という単語だったかマァジ。
タルトはメイドを下がらせて私の腕を引っ張り、私をリアのお尻から引き剥がした。
「まじかではない。マァジだ」
「まぁじか」
「マァジ。マァジカだとまた違うものになる」
「まじで」
お兄様が呆れ始めたのでふざけるのは止めよう。
と、いうことは……。
私は侍女リアを指差して「ウマァジ?」と尋ねた。するとタルトが「そうだ」と答えた。
なるほど。ウマァジは魔法使いって意味か。
前世でいうとmageか。響きが似てるから覚えやすいかも。
「まぁじ! まぁじ! 私、まぁじ、したい!」
「お、おいやめろ!」
魔法習いたいというつもりで言ったらタルトは怯えだし、メイドが前に出てまた睨みつけてきた。
侍女リアにも、挙げた両手の脇の下に手を入れられて抱きかかえられて止められた。
また人が集まり騒ぎになり始めた。
こんなことになるとは……もしかして魔法ぶっ放すって意味だった?
ワタシ、異世界語、マダ、チョット、にがてアルネ。