49話:ルレンシヒ王
ヴァイギナル王国のルレンシヒ王。背が高くイケメンで、泊まったお城の中のあちこちに画家に描かせた肖像画が飾られていた。若い頃は映画俳優の二枚目のようで、ある絵を境に目の隈と皺が増えたのは戦争の前後だろうか。しかしそれでも知性溢るる眼光は鋭く、マッドな悪役のようで魅力的だ。
しかし実際やっていることが、朝から兵士に銃を向けて発砲となると笑えない。
私はなぜか濡れてしまったネグリジェを着替えてお姫様ドレスとなった。ルアのお下がりであり、ルアは申し訳無さそうにしているが、私は気にしない。そして庭に出て彼に挨拶をする。
「オルバスタ侯爵ディアルトの娘、ティアラともうちゅまつ」
「おお! なんと美しいお嬢様だ。まるで我が娘のようだ!」
まあ、娘のドレスを着ているのだけど。来賓の姫に対して娘自慢で返され、隣のルアは恥ずかしさで顔を赤くしていた。
「窓から見ていたのれしゅが、にゃにをなさっておられたのれるか?」
「わからないかね? 我が国を侵略する悪を打ち倒していたのだ!」
ぴくぴくがしゃがしゃと倒れた兵士が死亡アピールした。死亡アピールなら動くなや。撃たれ役の兵士の数は六人になっていた。
「というと、死んだ彼らはベイリア兵ということにゃのでつ?」
「いいや。我が討滅したるは死兵グリオグラだ。知っているかね? 北より来る凍りつく肉をきしませ忍び寄る死の影。呑まれゆく正義の槍と滅びゆく灯火。ああ、ドルゴンよ。凍てつく森ごと彼らを滅ぼしたまえ!」
ルレンシヒ王はちらりと庭でごろにゃんしていた私の翼ライオンを見た。にゃんこはうにゃんと顔を上げて、耳をぴくぴくさせて寝そべった。朝の日向ぼっこタイムのようだ。
庭師がルレンシヒ王の側へ駆け寄り銃を受け取る。きっと彼も庭師ではなく、農民に扮した従人だろうか。ルレンシヒ王はぴしっと両手を上げて円を描くように胸に手を当てた。
「お初にお目にかかります、美しき虹の髪の精霊姫ティアラ嬢。我の城は気に入ってくださりましたか?」
「メイドは私の家の方がかわいい」
「それはそれは。我が娘より美しい者は、我が妻とティアラ嬢、そして月の女神くらいでしょうからなぁ。ハハハハッ!」
うーん。キャラが濃いなぁ。ルアの様子を見るに、彼はいつもこんな感じのようだ。
「リアンホルレンサ姫のご結婚のお祝いの品を持ってまいりました」
私がそういうと、カンバは「え? え?」と焦りだした。持ってきてなかったっけ? 持ってきてなかった。魔法結晶の精霊カードは四枚だけだったっけ……。
なんとかできない? とチラリと見た。なんとかできませン。とアイコンタクトを送られた。
魔法結晶化した熊の木彫りを取ってくるか。
「む? それはまさか、この翼ライオンのことかね?」
いや違うけど。
ルレンシヒ王がにゃんこに手を伸ばそうとした。腕噛まれるよ!? 慌てて周りの兵たちが押し止める。
「えと、翼ライオンは私にしか懐かにゃいかも……」
もう普通の精霊カードセットでも渡してごまかそうか。
そう思ったら、ルレンシヒ王がパチンを指を鳴らし、側近が素早くアタッシュケースサイズの箱を取り出し目の前で開封した。精霊カードがみっちり詰まってる!?
「精霊姫がこの精霊カードを考案したと聞き及んだ」
こくり。
「魔物カードはないのかね?」
魔物カードか。それは最初に考えたことだ。しかし私の魔物知識がなくて諦めたんだったな。魔物カードだったら攻撃力とか能力とか加えてゲームにしたくなっちゃう。
「まだ外は冷えるな。朝食は取ったかね? 今日は時間がある。少し話そうではないか」
ひっ。なんの話? 嫁にいったリアのこと?
と、思ったら、ルレンシヒ王は昔の英雄物語を語り始めた。どうやらこのイケメン、そういった伝説の類を好まれるようで、趣味の城作りも物語のイメージからデザインしているそうな。
私は春野菜をそっとロアーネへのけて、ハムをもきゅもきゅ食みながらそれを聞いた。
「ということで、どうだろう? 古今東西の魔物や英雄を記すのだ。胸がたぎらないかね!?」
「わからないでもないけど」
地球でも人気コンテンツだし。
だけど魔物カードにそんな需要あるかなぁ。ちらりとロアーネを見た。ロアーネに春野菜を返された。
「教材としてなら面白いと思いますが、ティアラ様は魔物でしたらゲームにしたいのでしょう?」
「ゲームとな。はて、ところでこちらのお嬢さんはどなたですかな?」
お嬢さんって歳じゃないけど。
心の中で思っていたはずなのに、追加の野菜を私に押し付けてきた。カブだらけ!
「ロアーネはティアラ様の敬虔なる信徒でございます」
また適当なこと言ってる……。
「ふむ、面白い。精霊姫による精霊教の復古と申すか」
「いいえ。ティアラ様は太陽の魂を持っているのです」
「なんと! 真の英雄の子だと言うのか! 素晴らしい!」
なんか勝手に盛り上がってる。盛り上がりすぎてルレンシヒ王は立ち上がり、宮廷楽団に向かってナイフとフォークを振り出した。
どうやら私の存在がルレンシヒ王の琴線にぶっささりまくったようで、太陽の国についてあれやこれやと聞かされた。そうね。太陽の国では(一部の)教養ある人には(マニアックな)魔物に詳しくて、英雄とかも(ガチャが回って)大人気で(盛られた)エピソードが語られているよ。あとよく美少女化しておるよ。
適当に返事をしていたら、ルレンシヒ王は興奮しすぎて音楽に合わせて銃をぶっ放し始めた。どうやらこの世界の銃はいわゆる魔法銃のようで、魔力を込めると筒の中で爆発を起こす仕組みのようだ。ゆえに、ボンボンボボンとリズムカルに連発ができる。銃を楽器にする王が誕生してしまった。
そんな話はさておいて、彼はカード化する魔物や英雄の厳選リスト化を始めた。
やはりまずは地元の南ベイリアからだろう。シビアン山脈に棲息する翼ライオンや雪巨人、そして四本角山羊。北ベイリアの不死の軍団死兵グリオグラも外せない。さらに東の……西の……クリトリヒの……ハイメンの民謡が……。
話が止まらないので紙にまとめておいてと頼んでおいた。魔物マニア怖い。ぶるり。
そうそう。忘れないうちに、魔法結晶化してしまった木彫りの熊さんを渡しておこう。
「これどぞー」
「ぬっ? これはっ!? なんと美しい大顎熊!」
ちょっとダサイな大顎熊。顎がでかいだけかよ。
「大顎熊はね、ヴァイギナルの建国に関わる伝承があるのだ。いわば守護獣と言ったところか。我が国で愛されている魔物なのだよ」
ダサイとか思ってすまん……。口に出さなくて良かった。
「しかしこれはこれは素晴らしい! 素晴らしいな! これが精霊姫のお力か! ぜひその力を拝見したい!」
「お断りします」
魔法結晶の精製は秘法なのだよ。人前で見せるものではないのだ。
「娘は良い方に仕えられたようだ。良い縁談にも恵まれた。礼を言う精霊姫よ」
「えへへ」
褒められちゃった。
そして私たちはヴァイギナル都ロンナルクで三日過ごした。補給や休息のためだ。のんびりてぃあら。
準備が終わりいざ出発しようと思ったら、待ったをかけられた。
「クリトリヒとの国境沿いにアスフォートが現れました! いま出立するのは危険でございます!」
またアスフォートか!
「私がぶっ殺す!」
私がそう宣言すると、ルレンシヒ王は大げさに手を広げた。
「おお! 精霊姫よ! ぜひ英雄の力を拝見させていただきたい!」
「お断りします」
だけどルレンシヒ王は付いてきた。ぐぬぬ……。




