46話:お隣の姫
※固有名詞が無駄いっぱい出てきますけど覚えなくていいです。今更ですけど地球での名前や歴史や階級などとは異なるのでご注意ください。
※とりあえずこんな感じマップ
【オルバスタ】 《国境》
○ | ○ / ヘンシリアン伯領 /
【ヴァイナル】 □ クリトリヒ首都/
△△△△△△△△△△△△△△ ☆ /
シビアン山脈 /
私はフリフリエプロンドレスに身を包んだ。私がお料理や工作する時の特注エプロンである。コスプレちっくなメイドさんっぽいエプロンだ。私が頼んだわけではない、北の方の流行なんだとか。おまけにふりふりのカチューシャを装着して完璧だ。こっちは私が作らせた。やっぱメイドさんと言ったら頭のこれは必要なアイテムだろう。
私はとてててとパパの元へ歩み寄り、こてりとお辞儀をした。
「おかえりなさいませ、ごしゅじんさま」
「う、うむ? 今度は何の遊びかね?」
おかしいな。パパに大ダメージを与えられるかと思ったが、困惑されてしまった。
しまった! パパはご主人様呼びではなく旦那様呼び派であったか! 計画失敗である。
「パパにねー、お話しがあるのー」
「なんだい? 言ってごらん」
幼女の振りをすると、どうしてもシリアナのような喋り方になってしまう。身近な幼女のお手本が妹だからである。妹シリアナは無垢甘えん坊キャラなので、それを真似すると無表情クールおっさんキャラと食い合わせが悪いのだが、そこはギャップ萌えに賭けるしかない。奇をてらいすぎて要素が混線しガチャが回らないソシャゲキャラみたいである。
「私ねー家を出ようと思うのー」
「ぶふぉっ」
パパが口からコーヒーを吹き出した。
ふむ? ちょっと言い方を間違えたかもしれない。口調を戻そう。
「違った。私、旅行に行きたい」
「旅行か。どこへ行きたいのだい?」
「リアの結婚式へ」
パパはふぅむと立派なカイゼル髭を撫でた。幼女の戯言にも真剣に考えてくれるパパなのだ。きゅんっ。
「招かれてもいない他家の式へ参加するのは難しいよティアラ」
「身内がいてもだめ?」
パパは執事から耳打ちを受けた。
「身内……なるほど。この春から彼女の妹がメイドになった、と」
「私の侍女になりました」
「連れて行くつもりかね?」
「花嫁の妹でもだめ?」
「ううむ……」
パパは悩んでいる。私を諦めさせる方法を考えているのだろう。誘拐されて危険な目に遭ったばかりの娘が他所の国に旅行したいなどと言い出したのだから当然である。
ならば安全性を伝えてみよう。
「ロアーネも一緒に行くと言ってる」
「ロアーネが……正気か?」
多分あの合法ロリは正気じゃないと思いますです。それは否定できませんです。彼女のお仕事は宮殿でごろごろすることなのに、外へ出るとか異常事態にもほどがある。
「しかしだね。旅に出るには準備もいるだろう。式には間に合わないよ。諦めなさい」
むぅ。ストレートに言われてしまった。
しかし間に合わないのか。リアだって向こうに着いてすぐに挙式するわけではないだろう。
追いつかないほど遠いのか、クリトリヒ帝国のヘンシリアン伯爵家は。
パパは地図を見せてくれた。
まずベイリア帝国の南西部にオルバスタ領邦はある。その西にティンクス帝国、南西にハイメン連邦、南にシビアン山脈があり、山脈に沿って南東にクリトリヒ帝国が伸びているのは恐らく地球の地形と国境に大きな相違はないだろう。さらにその東にはカンバの故郷であり併合されたヴァーギニア国がある。その国境に近い位置、東西に長いシビアン山脈の麓辺りにクリトリヒの首都スキーンはあった。
肝心なヘンシリアン伯爵家はそこから西、つまりベイリア国との国境近くであった。そしてリアの実家のヴィルランシュ家は、オルバスタ領邦の東、ヴァイギナル王国にある。
王国!?
「パパ、ここ全部ベイリア帝国じゃないの」
私は私が思っていたベイリア帝国の位置を指で丸を描いた。シビアン山脈の北からぐるりと海まで引いて戻ってきて一回転。
「そうだぞ。そして左下がオルバスタ王国で、右下がヴァイギナル王国だ」
ほわっつ?
ということは、パパって王じゃん! と思ったけども、それは古くからの慣習で侯爵だという。そしてそれはいわゆる辺境伯の意味のようだ。辺境伯! 田舎貴族と馬鹿にされるやつ! おかしいな……それは辺境伯あるあるな間違いだと聞いていたのに、オルバスタは田舎と馬鹿にされるのじゃが? 少し都から外れるとぶどう畑が広がっているのじゃが?
なるほど。追加のパパの説明からすると、地球での辺境伯は「国境を守る人!」という感じだったけど、この世界ではそれに加えて「魔物から国を守る人!」な意味もあるようだ。ほへー。
ええとえっと、なんの話しだっけ。そうだ、リアの話だ。
「リアはオルバスタの貴族じゃなかったんだね。なんでうちで働いていたの」
「あの子はルレンシヒ王の娘だからね」
どゆこと?
同じベイリア帝国の領邦とはいえ、隣国の姫がメイドとして働いてたってこと?
パパは、「ヴァイギナル王国は戦争で負けてオルバスタの管理下となった」ということだ。つまり南ベイリア一帯はパパが一番偉いから、南部一帯はオルバスタと言っても間違いではなかった。
クリトリヒ側だったヴァイギナル王国は勝者のベイリア帝国の領土となり、その面倒をお隣のここオルバスタが見ている、と。
そんな話は置いといて、リアの結婚式の話だった。お隣の姫だったとか聞いて驚き話がずれてしまった。
今からでは式には間に合わないのかぁ。でもそもそも、結婚式に間に合わなくてもいいんだった。魔法結晶の花の精霊カードを直接渡したいだけなんだから。
「式に間に合わなくてもいい。リアに会いたい。だめ?」
「むぅ……」
私がそう言うと、パパは唸って腕組みをして目を閉じた。
「行くならばリルフィを連れて行きなさい」
「リルフィ?」
なぜここでリルフィ? 私はこてんと首を傾げた。
「兄がクリトリヒの都にいる」
パパの兄……ということはリルフィのパパが!?
「それと、心配だからパパも付いていくぞ」
なんだって!? いや、パパはまだ右腕で重いもの持てないじゃん。戦えないじゃん。
執事がパパを制止した。パパが付いてくるのは許されなかったようだ。
しかし不安しかないメンバーなのは確かだ。
「儂がお供いたします姫様」
ということで近衛団長のじっちゃんが立候補した。家にいるべきではと思うのだが、リルフィがいるからむしろ護衛が少ないくらいか。
私。リルフィ。カンバ。ルア。ロアーネ。じっちゃん。メオシー(リルフィの侍女)。
このメンバーで急ぎ出発します! 準備をしましょう! バッグにお菓子詰め込まなきゃ。
そうだ、あとみんなに別れの挨拶しなきゃ。
タルトー、シリアナー、お出かけしてくるよー。
「おう。また何かしでかしてくるのか?」
何もしでかしてないもん!
「ララずるーい! アナもいくぅー!」
私はシリアナに肩をぐわんぐわんと揺らされた。シリアナはそう言うだろうと思った。
「シリアナはおうちでパパとママに甘える仕事を与える」
「うー。わかった!」
シリアナはパパの下へ駆け出し、侍女は慌ててそれを追いかけた。
弟のことも頼んだぞシリアナよ。
そのまま街へ行ってぽぽじろーにも挨拶してこようと思ったのだが、庭から外へ出ようとしたらぶるりと私に寒気とめまいを感じた。
そして、裏路地の光景と、血を流す魔術師三人の光景が頭に浮かぶ。
なぜ今さら?
息が苦しくなる。私の呼吸が早くなる。
「お嬢様、顔色が悪いですヨ?」
カンバに頭をなでなでされて治まった。ふぅ。ちょっとパニックになってしまったぜ。
恐る恐る足を踏み出したら、今度は外へ出ることができた。ぴょん。
「もしかしてカンバの魔法って凄くない?」
「お褒めの言葉ありがとうございまス」
ちょっと精神魔法軽んじてたかもしれない。ハイな気分にもなれるし。ひゃっほー! 早く行こうぜぇ!
駆け出そうとした私の身体は、近衛団長のじっちゃんによって抱え上げられた。ぷらーん。
「姫様。一人で駆け出しては危のうございます」
はーい。素直に返事をしておいて腕から抜け出そうとしたけどじっちゃんの太い腕からは逃れられなくて、私は考えることをやめた。私はこのままお人形として生きていく……。
「お嬢様の扱いは難しいですネ」
私はカンバに頭つんつんされて精神状態の調整をされながら、ぽぽじろー、もといマヨソースロードのカルラスの木札工場へ運ばれていった。
カルラスと元スラム少年四人と軽く挨拶を交わし、ぽぽじろーを撫でて、私は火魔法使いが担当する焼入れマシンの前へ来た。
そう。本日の目的はこれである。パパに最低限三枚の魔法結晶カードを作っていきなさいと言われたのだ。
ヘンシリアン伯爵家と、パパの兄と、クリトリヒ皇帝の、三つの献上のためだ。
魔法結晶化させるには全力を出さないといけないから、準備に三日かかることになる。
私がぐっと力を込めようとしたら、カンバに待ったをかけられた。
そして桶が足元に用意された。
「なにこれ。恥ずかしいんだけど」
「今さらですカ?」
これでは私が公然でおしっこする変態みたいじゃないか。
魔力を使うのに不可抗力で漏らすのと、事前にたくし上げられて準備されるのは違うのだ!
「む、むぅ」
工員たちは外へ追い出され、残ったのはカンバとルアの侍女二人とじっちゃんなのだが。特にルアは十二歳の新人美少女メイドだし、私が魔法を使うのを初めて見せるし、それがこのシチュエーションなのはちょっと……興奮する。
新たな力に目覚めかけた私は、気を取り直してレバーを握った。ぎゅぎゅぎゅっ。
「んにゅにゅにゅっ!」
熱い力がほとばしる!
ふんっ! ぺったん!
焦げる匂いの代わりに、美少女の甘い香りが広がる。ぺたんこマシンはピカーと光を放ち、雨の精霊カードが琥珀色の魔法結晶で出来上がった。
「す、凄いですお嬢さま!」
その様子を見てきゃっきゃとはしゃぐルアの前で、私はふふんと手を腰に当てた。
「ルア、仕事ですヨ」
ルアの水魔法の出番である。水洗いはまだこの季節には少し冷たかった。
ルアもお隣の姫なんだよなぁ。こんな水仕事させていいのだろうか。なんだか新たな力に目覚めそうだ。




