44話:ソーセージの精霊
あけおめー。あけおめー。なぜか街の人にも広がりつつある《あけおめ》である。こうして異世界の日本語汚染が進んでいくんだなぁ。
さてはて。今日もいつものようにのほほんと街を歩いていたら、裏路地から「おい」と鈍った声が聴こえてきた。カンバを見るも、どうやら聴こえたのは私だけのようだ。
裏路地を覗いてみると、そこには黒フードが立っていた。
いかにも怪しすぎるが、この世界の旅装としてはおかしくはない。それに、衛兵によって街に入ることを許されているのだから、悪い奴ではないだろう。悪い奴じゃなかったらこんな裏路地から私を呼びかけるようなことはしないだろうがな! 待てよ、こんな無礼な事をする奴は一人しか思い当たらないぞ。もしかしてマヨソースロードのカルラスか?
すると男は手に持った何かを見せてきた。カード? それは琥珀色の魔法結晶の花の精霊のカードであった。
リアへ送った侯爵家の手紙を奪い取ったのか? それともリアを……。やっぱり悪人決定である。
「それは――」
『一人で来い』
私は挑発に誘われるがまま、声の方へ向かった。裏路地に足を踏み入れた瞬間、私の背後の土が盛り上がり、狭い家と家の間に壁ができあがった。なんじゃと!?
「私の大切な人への贈りものだ。返して貰おう」
私が手を伸ばしてうにゅにゅと魔力を指先に集めると、私の足元がつるりと滑って尻もちをついた。なんじゃと!?
そして私の背後からずぼっと麻袋を被せられた。人さらいだー!
「ハイエースされりゅう! へーるぷ!」
袋に完全に入れられて、私は担がれ運ばれた。
むぅ。けっこうヤバイ奴らで、ヤバイ状態じゃない? どうせまた魔術師なんだろ。ぶっ殺す!
「ぬん!」
しかし魔力が集まらない。もしかして魔法を封じる手枷のように、魔法を封じる袋なの!?
「たしゅけてぇー! おおーい!」
しかし助けはこない。待てよ、いやにさっきから静かなんだ。もしかして防音な袋なの!?
「やばくね?」
やばすぎて冷静になってきた。ふぅ落ち着いた。まあいつもみたいになんとかなるだろ。これが地震が起きてるのに記念撮影しちゃう正常性バイアスってやつか。なんとかなるさじゃないんだな。
いやしかしまじでどうすればいいんだ。何もできないぞ。魔法が使えないぷにぷに幼女なんてただのぷにぷに幼女じゃないか。
カンバは私がいなくなったことにすぐに気がついただろう。どれだけすぐに助けがくるか。早くこないとまずいぞ。おちっこ出そう。漏らしたら運び手に殴る蹴るされるじゃん。おっさんはリンチに弱いからすぐに財布を差し出すのだ。
とりあえず我慢だ我慢。
まだかまだか。
なんか固い所に転がされて、今度は振動がゴトンゴトンと直接身体に襲ってくる。これ馬車か何かで運ばれてね?
手際が良すぎる。計画的犯行か。殺すつもりがないなら身代金目的か。それともえっちなことか。えっちなことをするつもりだな! そしたら全力で魔法ぶっ放す! いやしかし上半身を袋に入れられたまま襲われたら……。ぶるり。特殊性癖ロリコンこわい。
チャンスは一瞬。袋を少しでも開けた時だ。
そして時は来た。ついに幼女袋は降ろされて、地面らしきところへ転がされた。
そして袋が開く。眩しい。魔力を集めようとしたが、光が弱い。
そしてなんか臭い!
「こいつ魔法使おうとしてやがる!」
「袋の中でか!?」
「魔力枷を取ってこい!」
あ、また袋を閉められた!
声からして敵は三人か。まずいなぁ。今度は袋から手だけを出されて素早く手枷をはめられてしまった。
私は袋から引きずり出された。臭いと思ったら、うげ、もしかして豚の屠殺場? ソーセージ加工場?
肉きり包丁が乱雑に机に並び、ソーセージが張られた縄にぶら下がって風に揺られていた。
「さて、お楽しみの時間だ」
や、やめて! やっぱり私の身体が目当てだったのね!
「ソーセージにしてやるぜ」
予想外な性癖だった。さすがにそれはちょっと無理だわぁ。幼女ソーセージは難易度高……ん? やっぱこいつら私を殺す気じゃん!
「楽しいの?」
「ああ楽しいさ! 良くも俺を豚箱に入れやがったな!」
どちらさま? ああ、目の前にいる私を誘い込んだ土魔法の黒フードは、遠足の時に私を殺そうとしてきた魔術師か。
男は私の腹を蹴り飛ばした。げふぅ。私はごろごろと地面を転がった。ドレスが汚れちゃった。あ、まずい。限界まで我慢してたのに。お腹蹴られて……。
じょばぁ。
「ギャハハ! 姫様が漏らしやがった!」
「怖いのか。まだこれからだぞ」
「泣き叫んでも助けは来ねえよ」
私の足元に泉ができ、魔力枷がビキビキと音を立て始めた。あ、なんだけっこう脆いじゃん。
いつものように手に魔力を集めると、枷は粉々に砕け散った。
「お、おい、なんで枷が壊れる?」
「抑えるぞ!」
「首を吹きとばせ!」
いやだね。その前にぶっ放す!
「お前ら死ねビーム!」
お前ら死ねビームが手から発せられ、視界が真っ白になる。ああ、全てを解放する。最後の一滴まで絞り出す。そしてクソ共を殺す。私は初めて人を殺す。いや、魔術師は人間ではないとロアーネは常々言っていた。こいつらは人ではないただの敵だ。
光が止むと、二人の男が倒れていた。足や手が吹き飛んでいるから、私の魔力で奴らの魔術符が誘爆でもしたか。残りのもう一人はというと、半球体の土シェルターが目の前に作られていた。
しまった。私の膀胱はもう空だぞ。
土シェルターが崩れ去り、フードがはだけた怒りに満ちた形相の男が私の前に立つ。
「ゴカイン、ベロイン、二人とも良い奴だったのに……ッ!」
「良くはないだろ」
悪人だろ。
「ミンチになって死ね!」
元からソーセージにするつもりだったじゃん。
私の足元が光ったと思うとたけのこのように土ドリルが生えてきて、私は慌ててそれを回避する。
そうだ、こいつは足から魔法を使えるんだったな。
なんとか反撃を……。魔力を集め直さないと……。あれ、待てよ。こいつ隙だらけじゃね?
「ふぁっちゃあー!」
次のたけのこを回避し、たけのこを蹴り三角飛び、私は男に飛び蹴りを放った。
「ぐえっ!」
体重の差でよろめくのみか。だが、畳み掛ける。拳と蹴りでな!
「クソ! こいつ!」
「たぁー! とぁー!」
幼女パンチ! 幼女キック! 相手は死ぬ。だめだ殺せるほどの威力がない。
幼女に肉弾戦をされた男は肉切り包丁を手にした。武器ずるい!
「はぁ……はぁ……てめっ!」
「のわっ!」
へっぴり腰の刃物とはいえ、飛び込むのは怖い! ドレスがびりりびりりと破かれていく!
な、何か私にも武器を! 掴んだものはソーセージだった。
ソーセージぬんちゃく! べちん!
しかし肉切り包丁によってソーセージは断ち切られてしまった。
「ケヘッ。もう逃げ場はねえぞぉ……」
た、助けてソーセージ!
吊るされた数多のソーセージが光り輝きだす。ソーセージの精霊!?
ソーセージが私に力を分けてくれた。
「なんだぁ!?」
「ソーセージ シュテア」
吊るされたソーセージが男へ向かって次々に射出されていく。男は大量のソーセージに倒され、その口にソーセージは飛び込んでいき、男は死んだ。




