42話:魔法器官
メイド達がやたら私に抱きついてこようとする理由がわかった。リアのせいだ。
リアが私をよく抱きかかえていたから、げん担ぎでみんな私の身体を狙っている。私を抱き上げてイイ男とは出会えないぞ。そもそも私がイイ男だけどな。ふふん。付いてないけど。
そもそもそんなご利益があるなら、毎晩ベッドで私を抱き枕にしているロアーネにとっくに縁談が来ているはずだ。部屋でぐぅたらしてるからそもそも縁がないけど。
ところで○△□取札ゲームだが、メイドの手によってますます量産された。どこから仕入れたのかといえばカンバなのだけど。そして量産された理由は「裏も木目を覚えてしまって絵柄がわかる」からだとか。竹牌の背を覚える雀士かよ。やりこみすぎだよ。木の節があるなどのあからさまにわかりやすい札は除かれて、画一的な木目の裏面だけとなり、さらにそれをどれだけ暗記できるかがこのゲームの攻略法……。おそらくぐずは堕ちていく……。
おかしいな。お手軽簡単な神経衰弱では?
どうりで最近はお菓子とか関係なく辻抱っこ(※通りすがりに脈絡もなく抱え上げられること)されると思ったよ。賭けをちゃんと成立させろ!
それはさておき、雪解けの頃となり年明けが近づいてきた。
リアからの手紙に嫁入りの支度が進んでいることが書かれていた。それと精霊カードのお礼が届いていた。ふかふかしたでかいハンカチ……これはタオルか! タオルのもこもこ(ループパイル)を作るのを機械化で量産されるまでは高級品なんだっけか。
ハンドタオルサイズのがいっぱいある。これは……この高級タオルでお漏らしを拭けということだろうか。さすがリア、需要がわかっている。でももったいないから手を拭く。ふきふき。
実は最近の私は漏らしていない。えへん。漏らさないで魔力弾を撃つ練習をしている。
お腹に力を入れて、開きかけたところできゅっと閉じると、指先がほのかに明るくなる。これを線香花火の玉のように集める。きゅきゅっ。ぴゅるっ。
「魔力弾 発射」
ぴしゅんと光弾が飛んでいき、12メートル(私の歩幅で20歩)先の裏庭の岩にぱしゅんと当たる。威力は輪ゴムを指で弾いたくらいの威力だ。
これが今の私の漏らさない全力だ。うそ。ちょっとだけ溢れた。
次は隣のリルフィが同じく魔力弾を撃つ。すると岩に当たった時にパチンと乾いた音が鳴った。むむ。私より威力が高い。かわいい癖に魔法センスもあって漏らさない上におちんちんまで付いているとは……。完全敗北である。
「どうですか姉さま」
「ふ、ふーん。やるじゃない」
上から目線の私の言葉で喜ぶリルフィ。性格も敗北している。精霊姫の異名の座をリルフィに渡せないかな。
「アナもやるー! まじるりらり しゅたー!」
いやいやシリアナには無理でしょ。出た。
岩に付く前に途中でしゅわんと光は消えてしまったけど、確かに光弾が出ていた。
「むー、なんで届かないのー?」
「その前になんで魔法が使えるの……」
シリアナはタルト兄様と同じくママの子のはずだ。だからタルトと同じように魔法は使えないものだと思っていた。まさか腹違いの子ということはないだろうから、才能を持っていたということだろう。隠していたのか、私はそれを知らなかった。
隠していたわけではなさそうだ。シリアナの侍女もびっくりしている。シリアナに駆け寄って「いつ魔法を覚えたのですか」と聞き込んでいる。シリアナは「いま覚えたー」と答えた。
こ、こいつ……天才か……?
魔法練習にタルトも参加した。部屋での練習はやはり上手くいっていないようだが、シリアナが成功させたのを目の当たりにして、「俺にもやらせろ」と前に立った。シリアナと違ってきれいな発声だったが、しかし魔力弾は出なかった。そう上手くはいかないか。
「ティアラに言われた通りにお腹に力を入れたけどよくわからないな」
おかしい……魔力操作には膀胱に力を入れる必要があるはず……。そういえば、リルフィもシリアナもお漏らしをしていない。
「むぅ。リルフィとシリアナはどこに意識しているの?」
「ぼくは胸の辺りです」
「アナはねー、ぽぽを抱っこしてあったかくなるところー」
さらに侍女たちにも聞いたところ、同じく胸の辺りのようだ。
え? 丹田派は他にいないの? だから私だけおしっこ出ちゃうの?
「胸か。よし!」
ああ! タルトも胸派になってしまう!
しかしタルトはやはり魔力弾を撃つことができなかった。
「やっぱお腹。お腹だよ」
タルトだけはお腹派の仲間にしようと私は企む。
そこで私はちょこっとだけ気合を入れて魔力を込めた。私の魔力弾は岩にぶつかり、ドルンと音を立て表面をえぐり取った。
「さすがです姉さま!」
「ララすごーい。どうやるのー?」
「ふふーん」
初春のまだ冷たい風が温かい足元を冷やしていくぜ。
「いや、やっぱ漏らすのはおかしいだろ……」
「やってみなければわからない」
「やらねえよ」
「己を解放せよ」
「しねえよ」
タルトが腕組をしてそっぽを向いた。む?
カンバがタオルを持って私の足を拭いた。
お腹派の布教失敗!
シリアナも二発目は出なくてすぐに飽きてしまったため、魔法訓練は終わりにし四人でボール遊びをした。ぽぽさぶろーは魔力を込めるとよく飛ぶ。
そして夜。
改めて寝る前にシリアナが魔法を使えた理由が気になり、考えていたら眠れなくなってしまった。
なので隣で寝つこうとしているロアーネのほっぺたを突っついた。
「んんー……。魔力弾が突然使えたと……。まあそういうこともありますよ」
「でもさぁ。タルトは使えないよ?」
「そういうこともありますよ」
ロアーネはごろんと寝返りをして背中を向けてしまった。
「魔法を使える人と使えない人の差は?」
「それは月の民かどうかです」
「でも魔物も魔法使えるじゃん」
火吸鳥は炎を食べるし、翼ライオンはありえない図体で空を飛んで火を吹くし、蛇尾大鹿は尻尾の蛇を振り回して風を起こすし、四ツ角山羊は雷を落とすとか。
「それは、魔物にはマルダイズがありますから」
なにその醤油になりそうなもの……。
「マルダイズは魔物の魔法を使うための器官です」
「へぇ。それは人間にはないの?」
「…………」
あ、黙っちゃった。禁忌に触れてしまったかもしれない。
「キョヌウが言うにはあります。それが彼らの派閥の始まりですから」
ペタンコは認めていないのか。魔法が使えるのは月の民だから、ではなく魔物と同じ魔法器官があるから、になってしまうもんね。そしてそれを認めてしまうと、今度は魔物が月の民ということになってしまう。月の民ということは魔物と貴族が同じものに……ううむ。
そしてキョヌウはそれを認めた。つまり月の民=選ばれた者という選民思想を捨てたのか。ゆえに魔術師をも有能な者と認め、地位を与えた。キョヌウの方が先進的な考えなんだな。
で、なんの話だっけ。突然シリアナが魔法が使えたという話だ。
でもロアーネはなんだかもう話したくなさそうな雰囲気なんだよなぁ。
私は一人で考えることにする。
魔法使いに目覚めるきっかけがあるとする。それは魔法器官を使えるようになることだ。
魔法器官を使えるようになるにはスイッチを入れる必要があるとする。私は仮定ながらそれは間違いないのではないかと思っている。
リルフィが魔法使いに目覚めたのは、魔除けによって魔術師の魔法を反射した後であった。それがきっかけなのは間違いないだろう。
ではシリアナはというと、そのきっかけらしいものがなかった。
そしてタルト兄様も魔法に関するきっかけがない。だから使えない。
魔法……魔力……吸収……放出……。
うとうと。
ぐっすり。
「おはようございまスお嬢様」
「んぁー……りあーおちっこぉー」
「わたしはカンバでス」
そうだった。カンバは小さいので私を抱っこしてトイレにまで運ぶことはできない。
カンバの手を借りて冷たい床に降り、よろよろしながら一緒におトイレに向かう。
ふぅ。すっきり。
「うーさむっ。ぶるりっ」
寝起きで頭がまわらない。寒いし。
廊下でぷるぷるしていたら、早朝なのに珍しくロアーネが起きて走ってきた。ロアーネも漏れそうなのか。
おおい。おちっこかーい? ぴょこぴょこ。
「奥方が水を漏らしました」
え? ママがお漏らし?
なるほど。そりゃあ一大事だ……。ロアーネも慌ただしく駆けていくわけだ。
「お嬢様、大丈夫ですヨ」
カンバが私の手を握る。あったかい。
私のお漏らしと違って、ママのお漏らしになると館中が騒がしくなる事件になるのか。侯爵夫人にもなると大変だな。
「わたしたちは部屋で待ちましょウ」
うむ。これだけ慌ただしくなると、朝食も遅れるのかな。ちょっとモーニングティーとクッキーをかじりたい。
しかしそれにしても、ママは大丈夫かな。妊婦なのにお漏らししたら、お腹が冷えちゃいそうだけど。
はて? 妊婦? 水を漏らす?
……破水?
「ほわっ!?」
「どうなされましタ?」
えー!? ええ!? まだ予定月よりちょっと早くない!? 新年の頃と聞いていたから、ええと、一ヶ月くらい?
「ママ産まれる? 押し戻す?」
「大丈夫でス。母君にはロアーネ様が付いておられますかラ」
ロアーネ……ロアーネ!
そうだ、ロアーネはパパのちぎれた腕をくっつけるほどの凄腕神官だ。ただのぐぅたら合法ロリえせシスターではなかった。
ママがんばれ! ロアーネがんばれ! あときっと産婆をしているだろうメイド長とかみんながんばれ!
……んーっ!
「寝る。果報は寝て待てっていう」
「カホー? わかりました。寝るまで隣にいますネ」
しかしメイドの一人がやってきて、「カンバさん! 来てもらえますか!」と私の侍女は連れて行かれてしまった。
ぽつーん。
さ、さみちい。私は布団の中に潜った。
カンバが連れて行かれたということは、精神干渉魔法が必要になったということか。
うわぁ。嫌な予感しかしないやだよぉ。きっとママを落ち着かせるためだよね? 悪いことではないよね?
ネガティブはダメだ。ぶるるるるっ。
寝付けず二度寝はできなかった。どれだけ時間が経ったかわからない。私は時計の針のコチコチ音が苦手なので、レトロな置き時計は外して貰ったのだ。でも腹時計によるとかなりの時間が経っているはずだ。お腹がきゅるると鳴った。
私はベッドから降りて、部屋の扉をぎぃと開けた。廊下が妙に静寂である。もう産まれたのかな。まだなのかな。出産ってどのくらいかかるんだ!?
おろおろ。なんとなく私が足を向けたのはいつもの勉強部屋であった。
扉を開くと、がきんちょズとその侍女たちが部屋にいて、一斉に私の方を向いた。みんなここにいたのか。
タルト兄様が手を振り「おう、遅かったな」と言った。
私が一人なことを尋ねられ、カンバは出産の手伝いに行ったと答えたら侍女たちは首を傾げた。もしかしたら精神干渉魔法のことはメイドたちには秘密なのかもしれない。
「まあ座れよ。朝食ももうすぐ届くってよ」
「ママだいじょうぶなのー?」
「まだ時間かかるって。シリアナの時も、えーっと、太陽が沈むくらいまでかかったさ」
「あかちゃんまだかなー」
リルフィはおろおろし、シリアナはぽぽさぶろーを抱えてそわそわし、タルトはどっしり椅子に座っていた。
むぅ。私もちょこんと椅子に座る。私だけ心配でぷるぷるしている。おかしいな。精神的には一番圧倒的に年長者のはずなのに。明らかにタルト兄様に劣っている! しっかりしなければ。ぴしっ。
私も何か抱きかかえたいがぽぽたろーはママに貸し出したままだ。リルフィでいいか。
ふぅ。やはり心が乱れている時は男の娘に抱きつくに限る。
なんだか長い時間をあわあわして過ごした。あまり記憶が残っていない。容体が落ち着いたママに面会した。ママはロアーネと一緒にゆっくり踊りながら祈っていた。なにこれ……破水したあとの妊婦って踊るものなの? わかんない。
ママからぽぽたろうを受け取ったので、今は私が抱きかかえている。ぎゅっ。
そして夕刻ごろ産まれた。産まれたらしい。
報告を受けたのだけど、なぜかおめでとう! という雰囲気ではなかった。
「クイトラ、何かあったの?」
「ええ、まあ」
カンバもロアーネも戻ってこないので、私の髪をいつも編んでくれるメイドが一日私に付いていた。彼女は私が拾われた時から知っているので、居心地が悪いとかはないんだけど、なんかカラ元気だし、誰も何も教えてくれないし。むぅ。
性別は男の子だという。タルト兄様は弟が欲しがっていたから良かったね。でも年の差が大きいから一緒に遊ぶのは難しそうだ。
しかし男の子かぁ。頭にクソガキルー坊がよぎる。男の子は乱暴だから苦手なんだよなぁ。女の子をみゃうみゃうする方が楽だ。リルフィみたいに女の子にするわけにはいかないだろうしなぁ。
そして、私たちは産まれた赤ん坊と少しだけ会うことが許された。新しい弟はアルテイルという名だと聞いた。
わーいとシリアナを先頭に、ママの部屋に突撃する。
私は新生児をかわいいとは思えなかった。だってなんかしわくちゃで毛が薄いハゲだし。でも予定日より早いだけで早産ってほどでもなかったようだ。ぷよっとして元気そうで良かった。変なところはおでこに目が付いていることだけだし。
「ねえロアーネ……どういうことなの……」
「後でお話しします」
うん。まあ。ファンタジー世界だし三つ目の人間がいてもおかしくないよね。いや、おかしいから微妙な空気になっているのか。
でも、がきんちょズは気にしてないみたいだけど。私もあまり金色にキラキラした瞳の付いたおでこをじろじろ見ないように意識しよう……。
パパは赤ちゃんを抱きつつも神妙な顔を隠しきれていない。私は足元にくっついて好感度を上げておこう。ぎゅっ。
「ティアラも抱くか?」
「いい。落としそうで怖い」
私が抱けるのはぽぽたろうみたいな落としても平気な生物だけである。ぽむぽむ。




