38話:キラキラな演出
晩夏のころ。各地から手紙が届いた。
スラムのガキを雇ったポテチ工場からだ。
拙い字で、「ひめさまおしごとありなとう」と書かれていた。うっ。良い子たちや。ポテチいっぱい食べな……。揚げる時に焦げたりなど失敗したものは彼らの食事として提供されることになっている。芋の端の部分や、そもそもポテチにできない規格外の小さい物もだ。芋づくしである。
そんな環境でも「まいにちおなかいっぱいです」とも書かれていた。良かったのう。私には芋づくし生活は耐えられないけど。
お姫様の私はチョコレートをポリポリかじってミルクティーをすすりながら手紙を読む。なるほど。こんなだからエイジス教のキョヌウのティックチン派みたいな「人類みな平等!」というのが革命を起こすんだな。気をつけねば。ぽりぽり。
木札工場のカルラスからも手紙を渡された。どれどれ。時候の挨拶から始まり、長々と書かれた小さい手紙は要するに「給料上げて」という要求であった。私たちの仲なんだから直接言えや。
「これ何か変ですネ。何か仕込まれているようナ?」
カンバは手紙を陽に透かせたりしながら、ううむと首を傾げた。そして「少しお借りしまス」とどこかへ持っていき、数刻後に暗号が隠されていたと戻ってきた。
「それで、警告文が仕込まれていたと?」
「はい。『気を付けろ』という意味を示す『栗と栗鼠』の単語が浮き上がりましタ」
栗と栗鼠か……。日本語にして口に出すと確かに危ないが……。私が変なことを考えていると、ロアーネが意味を教えてくれた。「栗鼠を追いかけ栗を踏む」という諺のようだ。足元注意的な。
「それだけなら意味がわからないね」
「いえ。マジスタンの彼からの注意というのが答えでしょウ。街の収穫祭に向けて、さらなる警戒を申し伝えましタ」
なるほど。またティアラちゃんが気に食わないティックチン派が動いてるというわけか。
そして何かがいると疑いながら探せば見つかるもので、スラムの生き残りに扮していた隠れマジスタンが三人捕らえられた。
ティックチン派の狙いはやはり精霊カードなるものを作り出した私だ。彼らはエイジス教の経典の中の理想郷を信じているとか。
「彼らの思想は要するに、やりたいことをやることが人間らしいという考えです」
「やっぱ面倒臭い奴らだな!」
かくいう私もやりたいことをやってる系お姫様なのだが。
もし私がパパに拾われて無かったら、私もスラムのガキになっていて、やりたい放題やっていたかもしれない。底辺スタートの異世界生活は嫌だなぁ。私は胡桃をぽりぽりかじりながらふかふかソファーに寝転がった。
他の手紙はルー坊からだった。
まずリルフィへの愛の詩がつづられており、それは読み飛ばす。ぽいっ。
ドルゴン狩りを目指して身体を鍛えてるとかなんとか。
こっちはドルゴンを手懐けたよと返信しておこう。森に返したけど。
それと王位継承権ゲームは向こうの宮殿でも流行っているそうだ。おまけの一文程度でしか書かれていなくて内情はわからなかった。
それとリアからも手紙が届いた。手紙から良い香りがする気がする……。
無事に実家に着き、急ぎ嫁入りの準備が進められているそうな。雪解けの後にヘンシリアン家で挙式を上げるという。
サプライズをするなら、ヘンシリアン家に例の魔力結晶の花の精霊カードを送った方がいいかな。そうすると家への貢物になってしまうので、やっぱりリアへの返信で添付するか。
他の手紙は商会からの請求書とかか……。うむ。そっちで処理しておいて。
それでこれは……あれ? 良い紙の封筒なのに宛名がない。誰からだこれ。
「危ない手紙? 開けて大丈夫? 爆発とかしない?」
「アブナクナイヨー」
ソファの背もたれの上でぽぽたろうが喋った! ぽぽたろう喋れたのか!?
「ぽぽたろうからの手紙?」
「ソウダヨー」
んなわけあるか。隠れてぽぽたろうをうにうに動かしているのはもちろんロアーネである。
なんだよロアーネからの手紙か。直接言えばいいのに。それともあれかな。口に出しづらい日頃の感謝がつづられていたりして。んふふ。かわいいところもあるじゃない。
手紙には一言「教会入ろ?」と書かれていた。
ソファの方を見るとぽぽたろうがダンスを踊っていた。
こ、こいつ。ついに正体を表したな! こんな雑な感じで!
「良いじゃないですか教会に入りましょうよー」
「やだやだお姫様ニートでいたいよぉ」
ロアーネみたいに働きたくな……いや、こいつ働いてねえな。
でも毎日本を読んでるし、勉強しているのだろう。うん。ところでロアーネはいつもなんの本を読んでいるの?
「恋愛小説ですが」
恋愛小説かよ! しかもアダルティだから私には見せられないという。お姫様の部屋でエロ本読むな合法ロリえせシスター。
「なんで急に誘い出したの……」
「ティアラ教団を作りましょう」
なんか頭おかしいこと言い出した。暑さで頭がやられたのか? もうすぐ秋なのに。それともエロ本を読みすぎた?
「カンバ」
「はい」
ロアーネはぽぽたろうを頭に被って、精神魔法をガードした。
そんな話は良いとして、秋が来た。
今年も収穫祭である、精霊チップス祭の準備が進められている。
知らんぞそんな祭り……。
「限定カード、収穫祭の精霊カードが貰えまス」
「なにそれ……」
精霊チップス事業は私の手を離れ知らない展開をされていた。まあ、継承権カードゲームと違ってカードバランスとかないし、実装する精霊の種類とかお任せしているのだけど。
シリアナがタンバリンを手に持ち、腰を振りながら現れた。
「ぽーてち♪ ぽてちぽーてち♪ にゃーにゃ♪」
なにその歌と踊り……。
え? 私が無意識に歌って踊ってたのそれ? 知らないんだけど……。
精霊チップス祭ではみんなでそれを踊るの? なんで……?
奇祭が生まれてしまった……。
私知らない。ぷいっ。
その前に今年もお月見が行われた。
今年もみんなでじゃがいも団子を作る。シリアナももうすぐ六歳だ。幼女もだいぶ落ち着いてきて、以前のようにそんなにはっちゃけていない。それほど。ほどほどに。
しかしそれにしてもリルフィの方が成形するのが上手い。おっさんは不器用なのであった。前世では「料理を手伝うつもりなら手を出すな」と言われたおっさんである。
こねこねこねこね。
満月を見ると遠足の時の晩を思い出す。リアも同じ月を見ているだろうか。いまだにリア離れできない幼女であった。
今年もロアーネが真面目な服を着て真面目な顔で踊る。ロアーネが仕事をしていると不思議な気分になる。でもやはりハリセンを振ってるのを見るとどうしてもギャグに見えてしまう。日本人感覚が邪魔をする。
にやにやしてしまいそうな口元を手で隠してじゃがチーズ団子をもにゅもにゅ咀嚼していると、ロアーネに壇上の上に呼ばれた。
なんやなんやと、両手の団子をリルフィに渡してよじ登ると、ロアーネに歌の催促をされた。最近では教会で賛美歌として歌われているらしい歌詞改変キラキラ星である。
えー恥ずかしいなぁ。しかし私は無表情不思議ちゃんキャラなので動じないのである。ぷるぷる。てりすてらーてりすてらーてりかるたりー。
テリステラ テリステラ テリカルタリ タラマスラフリスダ
バルカルラエンテダ ラヌメリカアステラ
テリステラ テリステラ テリカルタリ リアポルロクルネス
みんなで両手の指をあわせて祈るように歌うと、月から一筋の光が私の頭の上のぽぽたろうに降り注いだ。選ばれたのはぽぽたろうでした!
え? いったいなにごと?
そして精体の光がふわふわと漂い始めた。わお。みんな驚いているね。私もぽかーんとしている。
「ぽぽたろう何したの?」
ぷるるるっ。ぽぽたろうは震えた。
な!? ぽぽたろうが意思を持ってる! まあ震えることくらいあるか。
「ロアーネ。これはいったいどういうことなの」
「え? 私も知りませんよ……」
何か知っててやらせたわけじゃないんかい!
まあいいや。きっと月の女神がキラキラな演出をしてくれたのだろう。
シリアナはふわふわ漂う光を歌いながら追いかけ始めた。
「ぽーてちぽてちぽーてちっ」
その歌は場にそぐわなすぎる!
はしゃいでいるのはシリアナとリルフィだけで、タルト兄様はこの光景に唖然としていた。普通な反応だけどタルトっぽくないなと思った。まあでもタルトはもう九歳になる。二十一世紀の日本で九歳男子とかクソガキでしかないが、タルトは家を継ぐための教育がされている。大人っぽくもなるだろう。私から見れば全く子どもだけど。
私は壇上からよちよちと降りて、タルトの下へ駆け寄った。
「タルトげんき?」
「あ、ああ。魔法って凄いんだな」
「歌っただけだけど」
魔法なんて使ってないけど。うむ。スカートは湿っていない。問題なし。
私がうつむいてスカートを触っていたら、タルト兄様は何か勘違いしたのか、私の背中を撫でた。
「そういえば、タルトはまだ魔法は使えない?」
「ああ。でも俺は諦めていないぞ。今はできることを学んでいくんだ」
あらやだ。タルトの横顔が篝火に照らされていつもより大人っぽさを感じる。二次性徴もまだだろうに。幼女になってキャッキャしてるおっさんよりも大人かもしれない……。
「私も魔法使えるようにがんばる」
「へ?」
私ができるのは魔力操作なだけで魔法はいまだに使えないのだ。まじっくあろーは魔力をそのまま撃ち出しているに過ぎない。
「そうだ、タルトに魔力操作教える。まず、おへその下に力入れる」
「お、おう」
むむむむっ。
「そして漏らす」
「ああ。え?」
じゅわわっ。
「すると光る」
「漏らすって……?」
私の手のひらに魔力の光が集まる。集めたからといって何かができるわけではない。ぽぽたろうが頭の上からぽよんと手のひらに下りてきた。いっぱいお食べ。
私は真面目な顔でタルトの瞳を見つめた。
「おしっこ漏らすと魔力も漏れる」
「だからいつも漏らしてたのか!?」
タルト兄様が私を指差して笑った。
笑うな。真面目な方法なんだぞ。




