37話:精霊トレーディングカードチップス新発売
オルバスタの都オルビリアに新しい工場が建設された。ポテトチップ生産工場である。
機械といえる部分はなく、分業で洗って切って揚げる工程が行われている。最後に岩塩をまぶして紙袋に入れられる。油紙で包まれた精霊カードと共に。
精霊チップスは一袋銅貨12枚の300テリアだ。25テリアでバケットが1本買えるので、日本円にすると約1200円である。工員の半日分の給料くらいだ。
精霊の種類は全20種類。そのうち焼印の上に簡単に色付けされているものが40分の1くらい入っている。
カードはメジャーな火や水や風などから、花や雪の季節のもの、そして鐘や蹄鉄など限定しない職の道具などが選ばれた。
そして精霊トレーディングカードチップス、ついに販売開始である。
どこで販売するかと思ったら、エイジス教の教会であった。教会の理由は色々あるが、一番は教会公認ということをアピールできる点であろう。
前評判もあり、エイジス教の販売所では列が成されていた。新しいもの好きの人。精霊カードが目当ての人。令嬢ポテトチップスが食べてみたい人。中にはなんだかわからないけど並んでいる人もいた。
気軽に買える金額ではないので、並んでいるのは中流層が多そうだ。商人の使いの丁稚と思われる子供もちらほら見られる。身なりが良い人は大金の入ったバッグを抱えていそうだが、購入はお一人様一日十袋までだ。
教会なので騒ぎにならないのも良い点だ。
その場で開けて「中身が欲しかったのと違うぞ!」と叫ぶようなのもいない。ちょっと悲しそうな顔をするおじさんがいた。「これでは欲しい精霊が簡単には手に入らないじゃないか」と嘆いた。直後「鐘の精霊と交換しませんか」の声に彼は顔を上げ振り返る。
そう、彼は気づいたのだ。トレーディングカード、交換札のその意味に。
そして教会の広間はカード交換場と化した。
そうなると転売者も現れる。
教会内でおおっぴらにする者はいなかったが、広場で精霊カードを1枚600テリアで売り始める男もいた。教会は渋い顔をしたが、転売行為は容認することにした。その方が広まるからである。それにすぐに通常カードは供給過多になり元の価格を割るのはわかりきっていた。
だがここで色付きのカードを引いた者が現れた。場は騒然となる。商人はすぐに買い付けようとしたが、ここは教会の中。男に囁くように金額を提示して、連れ立って外へ出ていった。
そしてそのカラーカードはガラスケースに入れられ、店舗で9600テリア。ベイリア銀貨一枚の価格で置かれていた。パン25テリア100円とした時の換算にして、日本円にして約4万円であった。
そうなると精霊チップスはまるで富くじのような状態になった。
買ったら確実に買った価格より高く売れるぞ。
まれに十倍の価格で売れる色付き札も出るぞ。
この令嬢ポテチも美味しい。
ちらちら覗いてくる精霊姫かわいい。
精霊姫がいる時は色付き札が出やすいぞ。
などと、噂が噂を広め、精霊チップスバブルが起こった。ついにお一人一袋までの制限まで付いた。
だがそれも次第に落ち着いてくる。誰しもが金儲け目的なだけではないのだ。ご利益を求めて精霊カードを求める純粋な人もいる。欲しいカードが手に入れば需要は減るし、価格も落ち着く。最終的には精霊カード一枚の相場は300テリアと精霊チップスと同じ価格で落ち着いた。
すると面白いことが起き始めた。精霊カードが通貨のように300テリアとして使われ始めた。カード払いである。なんかちょっと違う。
というのも、商人は300テリアで買取をし続けたことで買い支えられたのだ。買い取ったカードはどうするかといえば、外の町へ輸出して売っているようだ。
精霊カードで精霊チップスを買おうとする人も現れた。こうなるともはや意味不明である。そもそも300テリアで精霊チップスを買うと、ポテチに300テリアの精霊カードが付いてくる状態が意味不明である。そりゃみんな毎日精霊チップス買うよ。
売上の銅貨は頑張って街中に戻したので、釣り銭不足による銅貨の価格上昇にはならなかった。私はそこまで考えてなかったわ。
とりあえず一ヶ月でこのような変なバランスに保たれたのであった。
だが事件が起こる。精霊カード狩り事件だ。
オルビリアにも貧民層というものがある。特に魔術師を警戒している昨今では、身元のはっきりしない難民は壁の外に追いやられ、外人によるスラム街が形成されつつあった。木札のための木材加工の仕事でも割り当てられないか検討された。
そんな中、彼らは精霊カード狩りなるものを始めてしまった。
大きい商会の精霊カード輸出を真似して、小さい村に売って回ろうと考える者が現れた。そんな者たちだからせいぜい六人組程度で商隊は組んでいない。行商人が街から離れたところで隠れ潜んだスラム民はぼっこぼこにした。
そしてスラム民は「お嬢様が聞くようなことではないでス」された。もう少し早く動いていればと悔やまれる。そう口にしたところカンバに頭をなでなでされた。あっあっ。ちょっと元気でるっ。
だけど重罪を犯していない少年少女は許された。子供の手でも安い労働力は欲しいところである。うへへへ。ポテチで安く働け愚民どもー! そしてめちゃくちゃ感謝された。この大ぶりな芋とポテチ工場は知的で麗しく慈悲深いお姫様によって作られたらしい。知らないお姫様ですね……。きっとそのお姫様はお漏らしとかしない。
仕事はポテチだけではなく畜産もあるのだけど。特にこの秋は屠殺が多くなる予定だ。屠殺となるとどうしても世界中どこでも忌避される職となってしまうので、元スラムのティーンエイジャーには頑張って貰うとしよう。世知辛い世で生き延びてきたため、肉を切ったり血を見たりには慣れているようだ。ここで悲鳴を上げるようでは仲間から馬鹿にされてしまうので、必死に耐えていた者もいるかもしれない。
もちろん「お姫様が以下略ス」とのことで、私はメイドの世間話で話を聞いただけだけど。メイドも貴族であるからして魔法使いだ。この世界のメイドは庇護対象ではなく、いざという時の要人の護衛任務も兼ねている。ゆえに、暴力沙汰が起こりそうな話題には敏感なのであった。スイーツの次くらいに。
今日は木札工場のマヨ使者カルラスへポアポア交換しに行く日だ。カルラスも魔術師ではあるから交換頻度は一週間に一度程度で良い。今日は多分ぽぽたろうが帰ってくる日だ。多分ぽぽじろーをカルラスに渡す。
ついでに工場を見学していく。私は腕を組み、威厳のある顔でふむふむと民の仕事ぶりを見て回る。
じろり。貴様! 手が止まっているぞ! なに? 私に見とれていたって? それじゃあしょうがないな。
火の精霊カードをプレゼントして、精霊カードの宣伝に貢献してくれた、パパの部下の火魔法使いのお兄さんの前に来た。私が考えた焼印ぺったんこマシンでぺったんぺったんしている。
「私も焼印してみたい」
私は何気なしに口にしただけだが、彼の立場からして断れるわけがなく、「どうぞティアラ姫」と言われてわーいと金属のハンドルを握った。
その時の私の頭はぽあぽあしていたのか、「火魔法で熱を伝えて金属の型で焼く」をなぜか「魔力を通せばぺったんこできる」と勘違いをしていた。自分で設計した機器のはずなのにである。まるで忘れっぽい幼女かおっさんのようである。その通りであった。
焼けないなぁむむむむむっと力んだら、じょばぁと魔力が溢れ出し、ぴかーと光って出来上がったのがこちらの品になります。焦げ跡は付かずに魔法結晶になってしまいました。てへへ。
カード焼印が琥珀のような宝石になっている花の精霊カードだ。
どうしようこれ……。とりあえず、床の掃除である。あとお股の乾燥である。りあー、りあー! リアいない……。私は動揺している。カンバ頭なでなでして。
落ち着いた私は調理場で洗うことにした。ちょうどここに風魔法使いもいることだし。
「見ないでね。えっち」
「姫様は俺のことをなんだと思っていやがる?」
カルラスの風魔法はリアより乱暴であった。
さて、ロアーネにそのカードを見せたところ、ロアーネはカンバになでなでを所望した。落ち着くよね。
それはさておき、これは売り物になるかを聞いたところ、「ベイリア金貨百枚くらいでしょうかね」とロアーネは答えた。パン物価価格で約800万円。賃金から換算すると約2000万円だろうか。
「私が工場でお漏らしするだけで2000万円……」
ひえっ……。
びゅるっと魔力を出すだけで金策できることが判明してしまった。
ということは魔法結晶ってもしかしてすごく価値が高い?
ロアーネにそれとなく聞いてみたら呆れられた。
「ティアラ様が作られたこぶし大の魔法結晶で金貨千枚くらいですよ」
「ふえぇ……」
なにそれ。それじゃあ私は歩く物価破壊じゃん。
ちょっとトイレ行ってくる!
「変な事を考えてませんか?」
考えてますけど?
うぬぬぬぬ。ぺかー。
普通に手が光っただけだった。どうして……。そうか、媒体を忘れていた。
シリアナのお宝ボックスのつるつるの石ころを拝借して、再チャレンジしてみたものの、表面にキラキラができただけで上手くできなかった。石ころがキラキラになったのでシリアナは喜んだ。
「精気の無駄遣いするんじゃないですよもう」
「ごめんさい」
ロアーネに叱られてしまった。
魔法は外部の精気を体内の魔力を使って変換して事象を引き起こすのだそうな。
一度トイレでぺかーと精気を集めて使って光らせたから、二度目は上手くいかなかったようだ。もったいない!
「それに、そんな魔法結晶を量産するような無茶をしていたらますます身体が成長しなくなりますよ」
「私、禁魔法生活する!」
はやくぽんきゅっぼーんになりたいのである。つるぺたーんは愛でるに限る。
ぽよんぽよんが恋しい……。
琥珀色の魔法結晶の花の精霊カードを手に取りじっと見る。花の精霊ちゃん、ぽよぽよしてらっしゃる……。私はそのカードにリアの面影を見た。
花の精霊は幸福を意味する。
そうだ、このカードはリアの婚約祝いに贈ろう。
パパとママにも贈りたいな。どの精霊にしようかなぁ。




