36話:プールでサービス回だ!
エイジス暦1698年。この年のベイリア帝国は冷夏であった。昨年の早雪に続き、収穫が大幅に減少することになるだろう。夏の半ばから商人の買い占めにより食料品が大幅に値上がった。
らしいのだが、詳しいことはよくわからない。詳しい情報を仕入れてくれる侍女リアがいなくなってしまったからだ。
私はベッドでぐでーとなりながらカンバの話を聞いていた。
「申し訳ございませン」
「カンバはまだここでは新入りだもんね」
メイド情報はメイド会話によって共有されるのだが、カンバはまだ、ここオルビリア宮殿に入ってから日が浅い上に、多くの時間を画家工房や私と一緒に過ごしていた。ゆえに、彼女は避けられていたり他のメイドと仲が悪いというほどではないが、リアほどのコミュニケーションは取れていないようだ。
「それで、オルバスタの食糧事情は大丈夫なの?」
「お嬢様が心配なさることではないと思いますガ」
「それもそうなんだけど」
リアならするっと教えてくれることも、カンバは一クッションを置いてくるので今までと勝手が違うなぁと感じてしまう。むしろカンバが正しいんだけど。リアは私が言葉が喋れない時から一緒だったのでなんでも色々教えてくれようとしてくれていたんだなと実感する。
「それで、どんな感じなの?」
「わたしが知っている範囲ですガ、オルバスタでは令嬢芋の栽培が広がリ、さらに例年よりも多めの家畜を潰す事で年越しに問題はないそうでス」
いつの間にあの芋そんなに広まっていたの……。リアの「それを見越していたのですねお嬢様流石です」とのお褒めの声を幻聴した。えへへ。
「でもそれだと外国では厳しいってことだよね」
「はい。特にベイリア北部では厳しい冬になりそうでス」
なるほど。だからソーセージたくさん作るのかな。輸出できるように。
「しかし、冷夏ってそれ本当?」
「はい。ベイリア帝国では、でス」
私はベッドシーツの上でシルクサテンキャミワンピのレースの裾をパタパタと扇いだ。すっかりお姫様ロールを諦めったおっさんである。
冷夏とか嘘でしょと言いたくなるほどオルビリア宮殿は例年通りの暑さであった。
なんでこんなに暑いのか。教師に尋ねてみると、山の翼ライオンの寝息だという。なんやねんそれ。そんなドルゴンやばいやつなのか。猫なのに。
しかし私は地図を見て気がついた。オルバスタ諸邦の南にある南北を遮るシビアン山脈は、地球でいうアルプス山脈だ。するとこれは山の吹き下ろしによる暑さなのではないだろうか。フェーン現象だとかいうやつ。
「ふえぇん」
私はリルフィに抱きついた。魔法に目覚めたリルフィは氷魔法が使える。私、氷魔法使いが高給取りな理由がわかった! 美少女人間クーラーいいよね……。ひんやり……。
「アナもぉー!」
べったり……。幼女の体温でむあっと暑くなった。
もうやだ……水遊びで涼を取る!
庭の噴水で全裸でぐでーと伸びたかったが、カンバに止められてしまった。なんて常識的なやつなんだ。
ならばと私は裏庭にプールを作ることにした。もちろん作るのは私ではない。土魔法使いである。
だが土魔法使いはメイドには少ない。というか、うちにはいない。理由は不遇だから……というわけではなく、メイドで家事するよりも土建の方が役立つからだ。そりゃ土魔法だし。
なのでメイドで一番多いのは便利な風魔法使い。そして水魔法。火魔法はあまりいない。氷魔法は貴重。呪術や占術となると王のお抱えになるのでまず見かけない。
「精神魔法は?」
「普通は教会に入れられまス」
教会に匿っているのか。それと教会と精神魔法は相性が良いらしい。良い意味で。良い意味でね? その効果のほどを私は体感して知っている。
それはさておきプールだ。お姫様はプールをご所望である。
「パパー。裏庭にプールがほしー」
「ぱぱー! プール!」
幼女二人で挟み込んでパパを蒸すと、パパは簡単に折れる。オーバーキルである。
パパはすぐに魔法使いを手配した。このパパ、娘に甘すぎる……。
軍の土と水の魔法使いを使い、裏庭にプールが出来上がった。ただ穴が空いているだけではなく、セメントのように固められ、上り下りする階段付きで、床は足が滑らないように凹凸が付けられている。良い仕事だ。
「ざぷーん!」
夏の日差しの下、シリアナが全裸になってプールへ飛び込んだ。私も全裸で追いかける。プールでサービス回だ!
幼女だから恥ずかしくないもん。だけどリルフィには付いているから困る。おそらく世界一ちんちんを晒してはいけないお姫様だろう。スク水を開発しなければならない。
仕方がないので股間と胸に布を巻かせた。男の娘は胸を晒してはいけないと世界の法律で決まっている。少なくとも前世の世界一の動画サイトでは胸を晒してはいけなかったから間違いないだろう。
幼女? 幼女はいいんだよ。おっさんだから。
ぷかぁ。私は仰向けで水の上に浮かんだ。
「日焼けしてしまいますヨ」
「カンバも入ろうよ」
「わたしは遠慮させていただきまス」
相変わらずお堅い侍女だ。もしリアだったら……リアも入らないだろうな。
仕方ない。ロアーネなら良いだろうロアーネ。見せて恥ずかしいような部分もないし。
ぽぽたろうに氷を置いて枕をしている合法ロリぷにシスターを部屋からプールまで引っ張り出した。
「いやですよ。なんでこんな人の目の中で行水しないといけないんですか。子供じゃないんですよ」
「身体は子供じゃん」
私の身体に光の縄が巻かれた。これは、拘束魔法!?
ロアーネに拘束されたまま仰向けでプールに浮かんだ。ぷかーん。
「言っておきますが、ティアラ様もロアーネと同じように成長は遅くなりますよ」
「遅いって、ロアーネはまだ諦めていないの?」
ロアーネに手でほっぺを挟まれむにゅむにゅされた。むにゅう。
「体内に宿る魔力が多いほど肉体の変化が少なくなります」
「つまり?」
「ティアラ様の成長も止まりますよ」
なんだって!? それじゃあ一生ぷにぷに幼女のままってこと!? 最高じゃん!
え? 大人になれないの……?
え? シリアナに身体を追いつかれるの? じっと尻を見る。
え、でもそうなると魔法使いはみんなロリ体型になるんじゃ……。メイドの多くはおっぱいぽよよんしておるぞ。
「普通の月の民の魔力範囲なら大きく差は出ませんよ。せいぜい十年ほど若さを保っていられる程度です。メイド長とか見た目よりも……」
おいやめろ! 秘密を知ったからには生かしてはおけぬ展開になるだろ!
「それでロアーネの歳はいくつがぼぼぼぼぼっ」
仰向けのままプールに沈められた。鼻に水が入ったんじゃが!
なるほどなるほど。
創作ファンタジーのように、子供の頃から魔法英才教育で魔力もりもりビースト(※ビーストとは獣ではなくやべえやつの意味)を作るようなことをしない理由がわかった。
子供の頃から魔力を増やすと肉体が成長しなくなる、そして魔力量が肉体に耐えられなくなる。そういうことになるらしい。それに無理やり魔力を増やす方法は、例の魔術師の入れ墨となるそうだ。ロアーネが魔術師を嫌うわけだ。
ロアーネから解放された私は再びぷかりと浮いている。プール気持ちよかぁ。
まあ、暑い暑いと言っても湿度は低いので日本みたいにじっとりしていない。そうじゃなかったら私はとっくに溶けて消えて無くなっている。精霊体とはドライアイスみたいなものだ。昇華されれば精気はもやとなって消えていく。そう、ポアポアのように……。
あれ? ぽぽたろうは消えないな?
「しゃぶろーがちっちゃくなったー!」
シリアナがばしゃばしゃと水しぶきを上げて駆け寄ってきた。手に抱えたぽぽさぶろうが以前より小さくなっている。溶けたか。
やはりぽぽたろうが無事なのは私やロアーネの魔力を吸っているということなのだろう。
「しゃぶろー、治せる?」
私が魔力を込めれば元に戻るかもしれないが、そうするとプールの水を取り替えなければいけなくなってしまう。
ポアポアが雪の精霊みたいなものなら、リルフィに持たせればいいんじゃないか?
さっそくリルフィにぽぽさぶろうを渡し、氷魔法を使わせてみた。するとぽぽさぶろうは凍りついた。
「ぽぽさぶろー!」
「しゃぶろー!」
あわわわわ。プールに浸けて溶かすか。
こうしてぽぽたろうとぽぽさぶろうは毎日スワップして魔力供給することとなった。マヨ使者の料理人カルラスに預けていたぽぽじろうも小さくなって死にかけていたので、ぽぽたろうと交換しておく。あれ? これ本当にぽぽたろうだよな? どれが……どいつだ……?




