33話:お漏らし姫
空を旋回する翼ライオンのドルゴンは、我が軍が近づき銃で威嚇発砲すると慌てて逃げ出していった。兵達はドルゴンを傷つけるつもりはない。下手に傷を負わせる方が危険なようだからだ。魔物討伐ではなく私たちを守るのが任務だしね。
そしてドルゴンを攻撃したうかつな土魔法使いは兵達によって捕らえられた。髪の毛はちりちりになるも生きていたらしい。ふぅ。夢見が悪くなるところであった。
さてこの男。何者かというと、まずこの辺りの魔法使いではないことは確実だ。私みたいな無知々々幼女ならともかく、ここらの人物ならドルゴンに手を出すなというのは常識であった。
口に布をねじ込まれ、手に魔力封印の枷を嵌められた男の袖をめくると、案の定、墨の入った腕が現れた。
「こいつのこの墨の文様は……! ティックチン派だ!」
「逃亡犯かこの野郎!」
ティックチン派? またエイジス教の何か? おーいロアーネさんやー。あっ、いないんだった。
がんじがらめに束縛された様子からして、魔術師の中でもヤバイやつのようだ。
リルフィが私の袖を強く掴んだ。
むっ。流石の私も察した。リルフィをぎゅっと抱きしめる。
「みんながいるから怖くないよ」
「大丈夫です姉さま。少し、母に会いたくなっただけですから」
ならば私はママの代わりになろう。おっぱいないけど。
「リルフィだけずるい! アナもぎゅーっとしてー!」
シリアナが私の背中に飛びついてきた。ぐえっ。その衝撃に負けて、私はリルフィを抱いたまま草むらの中をごろごろと転がった。
「ティアラー。ドレス汚しちゃダメなんですからー。もーっ」
シリアナが腰に手を当てて私たちを叱った。
おそらくシリアナが侍女に言われたことなのだろう。汚れた原因はお前なんだけど!
バキィ!
突然薪が跳ねるような音が鳴り、私とリルフィが立っていた位置の地面が轟音を立ててドリルのように隆起した。シリアナのドレスがドリルに引っかかり引き裂かれる。
「なッ!?」
明らかに私たちを狙った魔法攻撃。この状況下の中で!? 拘束したマジスタンに他の仲間が!? いや、そいつの右足に魔力の光の残滓が残っていた。
「こんのぉ!」
兵が気づき男を叩き付ける前に、私が怒りの光線を男の足へ目掛けて発射した。光線は男の足の甲をめこりとえぐった。
私のふとももにつーっと温かい液が流れる。血ではない。
「びえええええっ!」
呆けていたシリアナが遅れて泣き出した。
引き裂かれたドレスの布地とともに、六つに割れたマジスタンの腕の模様と同じような柄が描かれた木の札が落ちていた。
そういえばそんな話も聞いていたな。これが魔術師の使う魔術符か。
私がこの上に立っていたのは偶然か。それともあちこちに仕掛けられていたのか。足から地面を通した魔力で発動するようになっていたのだろう。魔術師の足にも魔力封印の枷が嵌められた。
泣き叫ぶシリアナは侍女に抱きかかえられ、怯えて尻もちを付いたままのリルフィも侍女に肩を借りて立ち上がった。
私の元にも侍女リアがやってきて、こっそりとお股を乾かしてくれた。
リアが私に何か声をかけているが、私の耳に入る言葉が今の私の脳には理解ができていない。だから私はリアに一言だけ伝えた。
「私、怒ってる」
私の感情が魔力となり溢れ出した。こうなるともう止まらない。私の足元に水たまりができ始める。
「おいティアラ! 何をしているんだ!」
「タルト兄様。私……」
もう我慢できない。そうだ。
「トルテネーレ!」
確か魔力の霧散はこんな言葉だった気がする。ちょっと違った気がする。
魔力の光が弾け、閃光が辺りに広がった。地面のあちこちでパチパチと聞こえてきてまるでコンサートホールの拍手のようだ。私の魔力で魔術符が弾けている。やはり辺り一帯に撒かれていたようだ。
光が野球のドーム球場くらい球状に広がった後に、今度は空へ向かって噴出した。キラキラした虹色の光の柱が私たちを包み込む。
驚いた空飛ぶドルゴンが地面に墜ちて失神した。
さて。
私を含めて全員が唖然としている中、いち早く動いたのは初老の近衛団長であった。両手剣を鞘から引き抜き、墜ちたドルゴンに向かって駆ける。
殺気をキャッチしたキャットなドルゴンは飛び上がって斬撃をかわし、翼を広げて私に向かって滑空してきた。
あわわわわと驚き立ち尽くした私の前で、ドルゴンはごろりと転がりお腹を見せた。ねこじゃん。
タルト兄様がサーベルを引き抜き突き刺そうとしたが、私は止めた。
私はドルゴンに近づいて側でしゃがみ、お腹の毛に手を触れてみた。もふぁ……。
「りあー。このにゃんこ飼いたい」
「だめです。捨ててきなさい」
やだー! このにゃんこ飼うのー! ぎゅっ。
私たちはこの後に泊まる予定であった近くの町の館へ向かった。予定よりも早いが、魔術師の襲撃があったのだから遠足が中止になるのは仕方がない。
「お嬢様は本当に歩いて行くのですか?」
「だってにゃんこも付いてくるし」
本当はまた馬車酔いするから乗りたくないだけだ。
私が歩くと言ったら、シリアナも一緒に歩くと言ってきた。だけどにゃんこと名付けたドルゴンの背中に乗ろうとしているので歩くつもりはなさそうだ。にゃんこは苛ついた様子で背中を振ってシリアナを振り落とした。
すると、近衛団長の爺さんがすらりと剣を引き抜いた。
わーうわー!
「こらにゃんこ! 乱暴しちゃだめ!」
にゃんこは人の言葉がわかるわけもなく、額を私のふとももにこすりつけてきた。ぶるり。マジで怖い。見れば見るほどほんとにライオンだ。
リアがさっと私を抱きかかえてにゃんこから引き剥がした。
「本当に連れていくおつもりですか?」
「だってなんか懐いちゃったし……」
私の足元へすり寄ってくる。なんなの。私のおしっこの匂いが好きなの? 私の新しい能力なの?
「餌も用意できませんし、町にも入れませんからね!」
「うー……」
にゃんこぉ……。
私はにゃんこの頭に手を伸ばした。たてがみの先っぽが虹色になっている。そのもっさもさのたてがみに触れるとものすごく熱かった。うわっちっ!
やはり魔物は危ないのか……。周囲の護衛達もピリピリしてきたし、ペットにするのは難しそうだ。
「ほら、森へお帰り」
残念だけどお尻を叩いて追い返す。ぺちんぺちん! しっぽを振り上げて喜んでやがる! あ、猫ってお尻が性感帯だったっけ。
困ったなぁ。べちこんべちこんぺっちぺち。
すると、タルト兄様が空の火吸鳥を指差した。
「ドルゴンは火を食べるから、魔法で火を空に放ったら飛んでいくんじゃないか?」
なるほど。
シリアナがお尻ぺんぺんしちゃだめだよと私の手を掴んだので、ぺちぺちを止めた。
タルト兄様が火魔法使いを集め、号令した。
「放て!」
三人ずつで左右に別れた火魔法使いが、空の火吸鳥を目掛けて炎の玉を発射した。
にゃんこは目を輝かせてそれを追いかけて飛び立った。火吸鳥が慌てて逃げ出すと、にゃんこもそれを追いかける。
「にゃんこー! 達者でなー!」
「たしゃーでにゃー」
私の日本語をシリアナが真似をして、両手をぶんぶんと振って走りだした。そしてこけた。侍女の風魔法が発動してシリアナの身体が浮き上がる。慣れてるな……。
にゃんこは残念だったが、私にはぽぽたろうがいる。ぎゅっ。
「アナもぽぽたろほしー」
私が抱きかかえているぽぽたろうをシリアナが引っ張った。ぽぽたろうはちぎれた。
「ぽぽたろー!」
私の先程の怒りの魔力暴走の影響で再びサイズアップしていたぽぽたろうは再びちぎれ、ぽぽさぶろうが生まれた。さぶろーはシリアナのものとなった。
まあ、そんなことは置いといて。
捕まえたティックチン派の魔術師を町の衛兵に預けて、彼は御用となった。牢屋で達者でなー。
私たちは町の館へ行き、門の前で町長に出迎えられた。館はレンガ造りで趣がある。私の感覚からするとレトロだが古臭い感じはしない。エントランスの調度品はキラキラしていたが派手すぎる感じはしない。渋いおっさんの銅像が置かれていた。
そこには「オルヴァルト」と書かれていた。そういえば高原はオルヴァルト高原とか言ってたな、とここに来てやっと気がついた。オルバスタ地方のオルヴァルト高原。オルヴァルトはオルバスタの名前の由来であり、おっさん像はここの昔の統治者だ。エイジス教の姫にやられた、原始宗教の精霊信仰の老戦士である。
じゃあ私たちが立っていた草原が、おままごと歴史授業で習ったオルヴァストが自決した場所だったのか。先に教えて欲しかったとリアに言ったら、「教えましたよ」と言われてしまった。私が聞いてなかっただけだった。
私の田舎に対する不安要素。それはおトイレだ。壺とかだったらどうしようと思ったが、ちゃんと床に穴の空いたトイレであった。トイレは魔法水洗であった。置かれた水晶玉みたいなものに魔力を流すと水が流れる。ローテクなんだかハイテクなんだかわからない。私的には手をかざすと水の流れる公衆トイレみたいなものなのでハイテクに感じる。
そうそう。粗相をしてしまったのでお風呂に入らねばならない。相変わらず魔力と一緒に尿も出る。なんとかならないのかこの不具合は。メイドたちによる最近の私のあだ名はお漏らし姫である。ちょっと不敬が過ぎない? ぷんすこ。
評価pt1000いきました。いっぱいありがとね。もうすぐブクマ500です。いっぱいありがとね。誤字修正も感想もありがとね。




