32話:レベル上げ
初夏。ひとまず精霊カード計画が動き出したところで、私は暇になった。大人たちに任せて、私は進捗報告を聞くだけで良いのだ。お姫様ってすばらし。これが事業主だったらきっと私の中のおっさんは過労死して精神がおかしくなり幼女化して「ふえぇ」とか言ってるはずだ。良かった幼女化しなくて。
「お嬢様。ダンスには慣れましたか?」
「ふえぇ」
私の教育内容が増え始めた。ダンスもそのうちの一つだ。男の娘リルフィと妹シリアナも同時に始まったので、私の教育は一年遅れのようだけども。そもそも洗礼して名簿入りするために拾われた時にすぐに五歳ということになっただけで、もう一つ歳は下でも良さそうな身体なんだよね。はい。約六歳相当な七歳です。
体術習っていたおかげでダンスでも身体のキレが良いのは助かるところだ。体術習ってて偉いぞ私。前世のおっさんの肉体からは信じられないほど身体が軽い。真なる引きこもりおじさんは幼女に歩く速度で負けるからな。
では何が問題かというと、リズム感であった。
音ゲーで鍛えた私の実力を見せてやる!
「ティアラ壌、またステップを間違っていますよ」
視界の上からシーケンスが降ってこないのが悪いんだもん!
それはさておき。
私には気になることがあった。ちと、ロアーネさんや。
「はい? ついに私の素性が気になりましたか?」
「それはもう二年前から気になってるけど」
なんとなく私を信仰してくれてる親友ポジの関係がありがたくて知らないままでも良いかなと思ってるけど。友人がどんな仕事に付いてるかは知ってるけどどんな役職で何をしてるのか知らないような状態である。
それよりもあれだよあれ。剣と魔法のファンタジー(現実)といったら、冒険者、だろ!?
「ええ。ありますよ冒険者」
「やっぱり!? 冒険者に私はなる!」
「あははっ。笑えない冗談ですね」
笑ってるじゃん。
まあでも、お姫様が冒険者になると言って反対されるのも定番イベントさ。それを押し切って冒険者ギルドに登録して、モンスター退治をするのさ!
「ティアラ様の言ってる冒険者は分かりませんが、大型船で別の大陸へ行き、密林で遺跡を探すような者たちですよ? 商業組合なんてあるわけないじゃないですか。貿易会社ならありますが」
「夢がない!」
南米でサトウキビを作るのは私の知ってる冒険者と違う! フランスを大不況にするのは私の知ってる冒険者ギルドと違う!
「ダンジョンは? ダンジョンはないの?」
「ありますよ。この宮殿の地下にも」
え? まじで? 急展開じゃん。
でも、私知ってる。どうせ怪談エピソードがあるだけの地下室なんでしょ。私知ってるんだから。
「昔、地下に閉じ込められた双子の王子が……」
「あー! あー!」
マジなやつじゃん。私、ホラー嫌い!
「そういうんじゃなくて! ほら。私もそろそろ魔物を倒してレベル上げをするべきだと思うんだ」
魔物がいて魔法がある。そんな世界なら敵を倒したらパワーアップする世界に違いないのだ。私の知っているファンタジーはみんなそうだった。
「れべるあげですか? ニホン語はわかりませんが、要するに魔物退治の経験を積みたいということですか」
「そうそう。経験値大事ね。太陽の国ではそうして日々を生きていた」
ゲームの話だけど。
「なるほど。神の百の試練の事ですね。やはりティアラ様は高位の神体……」
「ふふーん」
レベル100ならしたことあるぞ。ゲームの話だけど。
で、なんだっけ。
「なんかこう、安全な後ろから魔法ぶっ放したい」
「なるほど。そういうことですか。ティアラ様らしくて安心しました」
らしいってどゆこと? ねえねえどゆこと?
ロアーネをソファに押し倒してぽぽたろうを顔にぽむぽむしても答えはない。
ティアラ修行編。
お姫様が外へ出かけるとなると、それは気軽な遠出とはならない。
ちょっくら一狩り行こうと思った私だったが、どこから嗅ぎつけたのか「シリアナも行くー」と言われ、それなら抱き枕にリルフィも欲しいなと思ったら、タルト兄様まで参加してきた。
それもちびっ子が四人も集まっているとなると、護衛に軍が動く。
物々しい雰囲気での行軍の、豪奢な馬車の中で行われる会話は明るい。
「ねーねー! 羽ねこいるかな羽ねこー! アナはねー黒い羽ねこ見つけるのー」
「ぼくは野生の角馬が観たいです」
「はー? そんなのよりドルゴンだろドルゴン!」
だからドルゴンってなんだよ!?
凄く気になる私だが、馬車酔いのせいで会話に参加する余裕がない。目を閉じてじっとしているその様子は傍から見たら清楚で慎ましやかなご令嬢。中身は胃からこみ上げるゲップを、ポアポアを抱きしめてごまかすおっさんである。
シリアナは馬車の中でクッキーの袋を持ち込んでもつもつ食べ始めた。もはやこれは魔物狩りではない。遠足である。陽気もぽかぽかである。
これじゃあ何か起こって一人にでもならないと魔法練習もできなそうだ。別にトラブルが欲しいわけではないけど……。
そんな事を考えていると、ピィと笛の音が鳴り、馬車はごとりと止まった。
近衛団長が下馬をして近づいてきた。
「坊ちゃま方。目的地のオルヴァルト高原へ到着いたしました」
普通に着いたわ。
馬車のタラップが降ろされて、下の侍女方の手を取りながら私たちは高原の上に降り立った。
薄暗い車内から降りたので日差しが眩しい。風に煽られ、飛びそうになったつば付き帽子を慌てて手で抑えた。
眼下には街道が続き、川沿いに小さな街がある。小さな街ながら砦のように外周に壁と堀がしっかりと築かれていて、魔物がいる世界というものを実感する。その周りには畑が広がっているが、はて。ただの害獣とは言えないようなのが跋扈している世界で農業はできるのだろうか。
ほら、くぁぁくぁぁと変な鳴き声が頭上から聞こえてきた。見上げると黄色い炎をまとった鳥が紐のような尾をなびかせながら空を旋回していた。ちょっと田舎の地方都市から離れただけであんなのがいるもの。
「火吸鳥だ!」
タルト兄様は両手を挙げて手を叩き、草原の上を駆け出した。シリアナも空を見ながらそれを追いかける。シリアナは夏の軽い装いとはいえドレスである。侍女が転ばないかハラハラしている。いつ転んでもいいように並走しながらクッションとなる風魔法の発動を用意している。
やれやれ。子どもたちは元気じゃのう。私は用意された椅子に腰掛ける。馬車に酔った。気持ち悪い。脳みその中がぐわりぐわりと揺れている。
ロアーネがいれば魔法で疲労がポンと取れそうだが、あいにく彼女は宮殿でお留守番だ。
「姉さま。大丈夫ですか?」
「リルフィ、お水ぅ……」
ぐでぇとゾンビ状態になっている私の前に、白手袋を外したリルフィの両手が差し出された。
「水を 手に 顕現す」
リルフィのお椀型の手のひらに光が渦巻くように現れ、凝縮し、水へと変わった。
私はリルフィの手に顔を近づけ、舌を伸ばしてぺろぺろと舐めた。舌が短いので口を突っ込んでいる。
「姉さま。犬じゃあないんですから……」
美少年のお水おいちいぺろぺろ。
断じて私は変態ではない。紳士的な幼女である。
「ぷはあ。私を置いて遊びに行っていいよ」
だけどリルフィは私の隣に座った。
「ぼくは姉さまの側にいます」
リルフィはハンカチーフを取り出し、私の口元を拭った。そしてそのハンカチを魔法で水に浸して絞ったあと、続けて魔法で少し凍らせた。
そして私のおでこにそれを当てられた。ひんやり。
「あー。リルフィをお嫁さんにしたい」
「何を言っているのですかもう……」
おっと、今の私は女の子だから男の娘を妻にすることはできないのだった。
しかしそれにしても、リルフィはこの一年で凄くしっかりした子になった。もうすぐ六歳だっけ。六歳とは思えないほどしっかりしとるのう。
「ぼくが姉さまを支えないといけませんから」
「どきっ」
私の胸が高鳴る。不整脈ではない。支えないといけない、それすなわち私がポンコツだと思われているということではないか!
「だいにょうぶですわ。わたくち淑女ですから」
「姉さまの宮廷語は大丈夫ではないですね」
わち、社交界諦めるのじゃ!
ふうやれやれ。ぽぽたろうをむにゅむにゅしてしばし休んでいたら、興奮した様子でタルト兄様たちが戻ってきた。
「おーい! なんで来なかったんだよー! でっけえドルゴンいたのにさー!」
「ドルゴンでかもさー! 翼ぶわー! 火ぃ吹いたの! それでねー! ぐわー! って!」
ドルゴンいたの!? 空想上の生物じゃなかったの!?
「ドルゴンは火吸鳥を食べるからなー。まだどこかにいるかもよ!」
「ドルゴン飛んでったのー!」
聞いた感じ、ドルゴンは本当でドラゴンなのでは? でももさもさしている? まあでかもさーしてるドラゴンもいるか。
「よし! ドルゴンやっつけるか!」
するとシリアナが私の袖をつかんだ。
「だめー! ドルゴンかわいそう!」
か、かわいそう?
危ないとかではなくて?
「おい! あそこ! 街の方にもドルゴン行ったぞ!」
ドルゴン!
私は立ち上がり、侍女リアから双眼鏡を受け取り覗き見た。空飛ぶスパゲティやんけ!
いや違う。ナポリタンスパゲティのような色のもさもさはどうやらたてがみのようだ。するとあれは……翼の生えたライオン!?
「おいあれ街を襲うんじゃないか?」
「大丈夫です。先ほど伝えたとおり刺激を与えなければ臆病な性質です」
タルト兄様の疑問に、彼の侍女が答えた。
なるほど。非アクティブモンスターなのねと眺めていたら、街道から魔力を帯びた石つぶてが発射された。
刺激してるぅー!
怒ったドルゴンが急降下して、街はずれの攻撃を加えた馬鹿に炎を吹いた。そいつは地面を隆起させて壁にして炎を防いだ。
「助けに行くぞ!」
タルト兄様が叫ぶ。ええ……絶対厄介ごとでしょう?
助けるならここから届かないかな。崖撃ち横殴りはノーマナーです! 頭の中のネトゲ脳うるさい!
あっ。んっ。じわぁ。魔力が溢れる。
「まじっくあろー!」
私の指先が光り輝き、そして集束し、魔力が矢となして発射された。狙いがそれて、土魔法使いの土シェルターをえぐった。
あ、すまん。
すかさずそこへドルゴンが炎を口から吹きかける。見事な連携プレイである。