31話:精霊カード計画
春から宮殿に新たなメイドが加わった。彼女はカンバ。カードコンペで壁に飾られたカードを見ていたヘンシリアン家のメイドだ。
彼女はゲームではなく木札カードそのものに興味を持ち、そしてオルバスタ・フロレンシア家に残った。もちろん素性はあらためられているので、パパやリルフィを狙う刺客ではない。そもそも旅行に同行するようなメイドの位が低いわけがないしね。
「手のひらの絵画。画期的でス」
彼女はクリトリヒでも東の地方出身らしく、宮廷語の会話は普通にできるけどちょっと訛っていた。
「わたし絵が描けまス。手伝わせてくだシ」
そういうことで、彼女はカード事業部に入った。
まあ、すでにメイド全員がカード事業に関わっているのだが。部とはいったい。
メイドになったからには、王位継承ゲームもとい、オリジナルの木札カード化したパパゲットゲームを見かける機会があり、そしてそのカードの中には私が描いたプレミアム萌えメイドイラストバージョンが混じっていた。
それを見たカンバは、私に謁見を申し出た。
「プレミアムカードでしたカ。あれはティアラ様が描いたと聞きましたでス。面白い画風。まるで猫のような人の顔。東洋から来たイラスト見たことあル。少し似ていまス。ワタシ感動しましタ」
えへへ。感動されちゃった。
いや待て、東洋から来たイラストって浮世絵のことだよな? やはりあるのか日本! 版画の技術! 和紙!
「よし。ならばそなたをわたくちの弟子にしてやるのじゃ」
などと、へっぽこ三流がえばると、カンバに「ありがたく存じまス」と受け入れられてしまった。
そして、お抱え画家工房に遊びに行った時に、カンバの絵描き力を見せつけられて「ごめんなさい調子に乗りました」とお尻がきゅんとする幼女なのであった。
彼女の描くイラストは刺繍のように美しく繊細。カードサイズに描く絵画として、素晴らしく合っていた。
「どうでしょうカ。ティアラ師匠」
「ふ、ふーん。私より百倍くらい上手いじゃないの」
「恐れ入りまス」
少なく見積もって百倍の画力差であった。
カンバはんに比べたらおっさんの画力はクソや。小学生女児や。七歳女児ではあるのだが。
「ティアラ師匠の作業を見せてくださイ」
「どきっ」
こ、これを見せられたあとに私に描けって?
私がおろおろしていたら、侍女リアが助け舟を出した。
「カンバさんをモデルに描くのはいかがでしょう」
助けじゃなかった。
いっそ私をここでころせ……!
晒しプレイに私は耐えた。へっぽこ絵描きのアナログ一発描きの一挙一動を目の前で見られると、おっさんは簡単にしぬ。気をつけたまへ。
「なるほド。目から描くのには何か訳があるのですカ?」
「野良絵師の九割を殺すような発言はやめろぉー!」
「え?」
困惑したカンバに、リアは「お嬢様は時折おかしなことを言うことがあります。お気にせずに」と告げた。それはそれで、私が痛々しい子みたいに聞こえるんじゃがー!
この時、心が死にかけたおっさんは精神を保つために自分を殺し、幼女に生まれ変わる決意をした。
「私、生まれてまだ二年なの。よくわからないわ」
「たまに幼女の振りをすることがあります。お気にせずに」
「わちは幼女なんじゃが?」
そんな事言われると思考にのじゃロリが混じるんじゃが?
そんなことはさておき。
ぽぽたろうを揉みしだいて精神を回復させた私は、カンバの美麗微細なイラストに感銘を受けた。おそらくこれで精霊カードを作れば、もうめっちゃくちゃ売れるだろう。
だが、量産はできない一品物である。
私は思った。両方あってもいいんじゃないかと。
誰もが人は、人よりより良いものを手にして自慢したくなるものである。優越感が購買欲を呼ぶ。つまり、対象に向けて、イラストを変えれば良い。そうするべきだ。貴族用。富豪用。庶民用。レア、アンコモン、コモン。庶民用の精霊カードチップスからも極稀にアンコモンを混ぜて出るようにすれば……。
「庶民用のカードは簡素にする」
「わたしの絵は使わないのですネ」
「いや、描いたものは貴族向けの他に、焼印の型の元にするよ」
どうにせよある程度量産するからには、ちまちま手描きするのは無理だ。
そういうわけで庶民用の精霊カードの表面も焼印にすることにした。そして裏面には髪飾りのティアラを模したデザインマークを書き入れる。それをカードサイズの金属に彫る。
私は画家工房に印章彫刻師を呼びつけて、カンバに描かせた炎の精霊のイラストを見せた。
「こ、この繊細な絵を彫るのですか」
「できる?」
「は。このステルフ。命を賭して作り上げましょう」
命は賭けなくていいけど……。
「あと、こういうの作りたいんけど」
「え、は? これは?」
私はプレス機のような図面を見せた。パンケーキ機みたいなやつ。
まず、下の板に木札カード型のくぼみがある。くぼみには裏面の型をセットし、そこに木札カードをはめこむ。上の板には表面の型をはめ込めるようにし、金属の棒を押し下げる。棒は型と繋げ、炎魔法使いの熱が伝わるようにする。熱せられた型で木札を焼印して、カードが焼き上がる機械だ。
彫金師は「自分に見せられても」という顔をしていたが、型を彫る金属をこの機械にはめるための特注にしてもらわないといけない。
まあ、結局話し合いの結果、通常の四角い型を万力のようなもので挟み込んで固定することになったのだが。
この機械の発注は執事を通してパパの部下にぶん投げようっと。
そんな事をしていたら、ママに呼び出された。
「随分と高い買い物をしているようですね?」
「ぎくり」
だがそれもどうやらまだ人を動かすためだけの金のようだ。支払い請求は後からさらに追加される。
もちろん、ママには木札カードの在庫を利用し、精霊カードを作る事の許可を事前に得ている。だが、量産焼印機械の話は通していなかった。
まあこの程度大した額にはならないだろうと甘く見ていた。具体的な金額は見せられていないが、よほどな額だったのだろう。ママの沈黙が怖い。
「貴女の考えた精霊カードはそれだけの価値があるものなのですか?」
「はい。ありますママ」
ロアーネが儲かると言っていたのだ。私はそれを信じる。なぜなら私はこの世界の世間に疎いが、彼女は詳し……詳しいかな? 神官って世間ずれしてたりしない? 私の部屋のソファでぽぽたろうをクッションにして寝転がり、年がらポテチをかじってぐうたらしている存在だが?
「わかりました。貴女を信じましょう」
ちょっと待って! あまり信じないで! 私は合法ロリを信じきれない!
私はママの言葉に澄ました顔でこくりと頷いた。責任はロアーネに取らせよう。そう思うと心は軽くなる。明日は明日の私が何とかしてくれる。
こうして動き出した精霊カード計画。
まずは炎の精霊カードの型ができあがり、サンプルに貸し出したカードと、サンプルで焼かれたカードが送られてきた。量産機械焼きではなく、型を使った手焼きだ。
元の印象を残しつつ選んだ線で陰影が考えれ焼き印用にデザインされたそれは、素晴らしい作品ではないが良い出来であった。
「ティアラ様。わたしはこの出来には不満でス」
「そうだろうけどそこは我慢して。このそこそこな身近に感じるくらいがちょうど良いのだから」
なんとなく棚の上に飾られるような工芸品が、ガラスに入れられるような芸術品である必要はないのだ。そしてその芸術品に当たるスペシャルな物は、貴族向けの一品物の手描きイラストで良い。
ところでなんで火の精霊を最初に頼んだかというと。
「そちにこの特別な最初の精霊カードを授けよう。今後も我が事業のために腕を奮いたまへ」
パパから借りっぱなしでもはやカード焼印専業になっている火魔法使いに最初の一枚を授けるためだ。幼女によって日陰に追いやられてしまった彼を応援するのだ。彼はそれを涙ながらに喜んだ。うむ、これからも焼印マシンとして頑張りたまえ! かわいい幼女はそんなこと口には出さないけど!
特に何も考えずにあげたこの一枚のカードによって、精霊カードはまだこれから作るというのに話題になり始めた。早すぎる。情報が漏れているのか? いや彼がそのカードを周囲に自慢しただけだった。
リアに「そこまで見越していたとは流石です」と褒められて良い気になるおっさんだった。ふふーん。だけどそれは私を油断させるための一言であった。リアの銃弾がとつじょ私を貫いた。
「ゲームセットですね」
唖然とした私の顔を見て、リアが微笑む。な、なぜこんな事に……。
「ちょっとこの【竜騎兵】は強すぎますよ」
「うぐぐ……」
この前作った戦争ゲームは紙のカードの種類を増やし、私とリアの間で続いていたのであった。
身内戦なのでバランスが悪いカードがぽこぽこ生まれる。私は作業机でインクで書いたテキストに斜線を入れて、弱体化するカード調整作業を始めた。
「ところでお嬢様。質問があるのですが」
リアが横から覗き込んできた。見られると調整し辛い。こ、こんなもんでどうかな……。
「なぜ精霊カードの量産に印刷は使わないのでしょうか?」
「へ?」
いんさちゅ?
「それはね、なんでだっけ?」
そうそう。継承権カードゲームの時は、どのくらいセット数作るかわからないし、手描きで良いだろうと思ったのだった。結果、画家工房五つと、メイドのテキスト書き作業で十セットを作り上げた。だからつまり、版を作るほどの量を作るかわからなかったから印刷の選択肢を取らなかったわけで。
あれ?
ならば最初から量産するつもりである精霊カードは、普通のインクによる印刷で良かったのでは?
私は焼きごてで焼かれた炎の精霊のイラストカードを手に取って眺めた。
「あれ? なんで焼いたんだっけ?」
精霊カード計画はすでに動き始めている。