30話:新作カード考案
春も終わりに近づき、私は七歳になった。七歳(仮)なのだが。
七歳の女児というと、前世の東南アジアのどこかで180センチメートルくらいの女児がテレビに映っていたのを思い出す。そこまでいかなくても、女児はもっと背が伸びてもいいはずだ。だが、私の身体は成長期なのに、なぜかそんなに背が伸びていない。
そりゃあ栄養状態の良い現代日本とは違うだろうけど、お姫様な私は毎日三食良いものを食べているはずなのだ。おかしいな。そのうちリルフィやシリアナに追いつかれそうで怖い幼女なのであった。筋肉付きすぎると背が伸びないって言うしなぁ。もっと柔軟もしておこう。んににににっ。
それはさておき。
継承権カードゲームがクリトリヒで広がるまで、追加エキスパンションを考えることにした。二人から人数無制限で遊べるゲームだが、人が多くなると山札が足りなくなる。単純にカード数増やせばもっと遊べる。各種20枚ずつ追加しようと思う。
追加要素はエイジス教に関することとなった。もちろんロアーネの要望である。だけどカードに教育要素を足すのは、売りとして良いと思った。
クリトリヒ版では芸術文化を追加するようだ。特に音楽要素はオリジナル版には全くなかったのが不満点だったようだ。カードが無ければ作ればいいじゃない。ヘンシリアン家の考えたカード案から私がゲームバランスを調整し、追加エキスパンション【音楽】のカード案は完成した。いつの日か、クリトリヒから輸入される時が来るだろう。
さて。
今のところ、カード事業は木札の製造に偏っている。継承権ゲームだけでは木札の在庫が増えていく。分業で特化しているため製造を止めるのも難しい。
心配はしなくて良いとママに言われたけど、何かまた考えようか。やはり儲かりそうなのはトレーディングカードゲームか……。しかし木札だとかさばりそうだな。それに庶民が遊べるくらい揃えるには金がかかる。印刷技術が必要だな。
それとよくあるTCGのタイプ。モンスターを召喚して魔法で戦うゲームは、現実にモンスターと魔法が身近な世界で売れるのだろうか。うーんわからん。
カード数枚で遊べるTCGのシステムだとファイナルでファンタジーなエイトのゲーム内カードゲームがあるが、あれは五枚ずつあれば遊べるから木札TCGでも作れそうだ。だけどあれは現実に物品で戦うと少し困る部分もある。普通のTCGは向かい合って戦うが、あれはカードの向きが一方向から見たゲームシステムなんだよな。冷静に考えてみて欲しい。おっさんがロングシートに横に並んで座ってキャッキャウフフ殴り合いが発生しそうなカードバトルをしたいか? そんなのカップルにしか売れないだろ。
だがあの方向性は良いと思う。少ない枚数で遊べるパズル的な対戦ゲームだ。
……ちなみにゲームという部分を無くせばもっと手軽に儲かるカード案はあるんだけどね。えちちなお姉さんを描いて売ればいいのだ。しかしえちちカード量産を幼女の私が神官の前で侯爵家主導の事業でできればの話だが。できんだろう?
りあー。りあー。私はリアを呼んだ。懐かしのα版製造作業だ。
カードを18枚だけ作り、私とリアはテーブルに向かい合って座った。
9枚に分けて、二人分のデッキとする。
それを3枚ずつ重ねて横に3つ並べて置いた。私の前に3枚×3、リアの前に3枚×3のカードが裏向きに置かれている。
「これで、カードをめくって順番に攻撃していく。例えば」
私は自分の右一番上のカードをめくり、リアの向かって右の山札に指差した。そしてそれをリアにめくらせた。
「私は【一般兵】で攻撃力2。リアは【防壁】で攻撃力0で防御力5(※以下攻防は「0/5」のように表記)だから、ダメージなし。カードはそのまま開いたまま、次はリアのターン」
「わかりました」
リアは自分の真ん中の山札の上をめくり、【騎兵】が出た。
「それでは【騎兵】で【一般兵】を攻撃します」
「【騎兵】は3/3。【一般兵】は2/2だから、こちらの【一般兵】は死亡」
私は山札の上の【一般兵】を取り除いた。
「【騎兵】は能力で、攻撃後に山札の下に戻せるよ」
「わかりました」
リアの【騎兵】は表向きのまま、山札の下、後列に戻った。
私は自分の真ん中の二番目の札を確認してめくった。
「そこもめくれるのですか?」
「うん。これは【野砲】だからね。能力で遠距離攻撃がある」
リアの真ん中を攻撃。一番上から出たのは【氷魔法使い】だ。【野砲】は5/0で【氷魔法使い】は2/4。遠距離攻撃なので反撃を受けずに撃破だ。
「ずるいですね」
「リアの方にもあるよ」
リアの【野砲】でこっちの【野砲】は破壊された! ぐえー!
「でも【重騎兵】で左を攻撃。上から出たのは【一般兵】だから貫通攻撃。その後ろの【野砲】も破壊ね」
「むう。それなら私は中央の【炎魔法使い】で攻撃します」
【重騎兵】は4/4。【炎魔法使い】は4/2の遠距離攻撃なのでやられてしまった。
これでこちらの山札の枚数は左から222。リアは123。
リアの左山札を無くした後は本陣攻撃となり勝利となる。
私は【炎魔法使い】でリアの左を攻撃した。
「あっ、二枚目の【防壁】!」
「ダメージなしですね」
【野砲】がないから壊せないぞ。うわ壁うざい。壁を壊せる【工作兵】とか後で追加しよ……。
「えーと。あっ、これいいですね。【弓兵】2/1で【防壁】の後ろから【炎魔法使い】を攻撃します」
遠距離攻撃同士だが、【弓兵】は前に壁があると代わりに壁がダメージを受ける。こちらの攻撃は【防壁】に阻まれてしまった!
これで122対123。
私は真ん中の【騎兵】でリアの真ん中を攻撃。するとめくられたのは【馬防柵】だった! ぐえー! 私の【騎兵】は死んだ。
次にリアの【騎兵】で私の真ん中を攻撃。私の【弓兵】は死んだ。くすん。
残り三枚……。壁が右側に二重に置かれてるんじゃが!
「壁だけになっちゃった……」
「【騎兵】で真ん中を攻撃で私の勝利ですね」
「ま、まあこんな感じのゲーム。今のは同条件で適当に配置したけど、自分で沢山のカードから選んで初期配置するの」
私たちの戦いを横で見ていたロアーネが、ぽぽたろうを引き伸ばしながら聞いてきた。
「戦争ゲームですか。エイジス教の教義が入っていませんが」
「宗教要素は入らないかも……。従軍神官つくる?」
「そうですね……。でしたら朔望、月の満ち欠けの要素が良いかと。戦場は月の女神のみぞ知ると言いますから」
なるほど。場に影響するカードの要素か。1デッキ10枚にして1枚は月カードにするのもいいかも。しかしややこしくなるかな。保留!
「もう一度やりましょう!」
「待ってね。カードの種類増やしてからね」
「風魔法使いもください!」
おおう。リアが珍しくぐいぐい来る。
「セクシー神官ロアーネも作り給え」
レジェンドカード、合法ロリシスターロアーネを作ったらぽぽたろうで叩かれた。
そんなこんなで戦争TCGのα版が完成した。そこそこの手応えを感じる。コストの概念がないからゲームバランス取りが難しいが……。
後は大量生産と売り方が上手くできるかどうかだ。
前世のTCGのようにレアリティは作る。有名TCGのようにコモン、アンコモン、レアでいいや。10枚1パックとして、3枚アンコモン、1枚レアかなぁ。今のコモンの【一般兵】とか沢山捨てられることになりそうだから、その辺りは考え直さないと。
ううん。しかし、1デッキ9枚だとすると、あまり売れなそうだなぁ。いっぱい買っても入れられる枚数が少ないし。
「置くカードを増やしたのではダメなのですか?」
「うーん。初めてTCGを広めるとして、最初は手に取りやすくしたいんだよね。必要枚数が多くなると、その分最初に沢山買って貰わないとだし、一戦に時間がかかるし」
「3×3に決めてしまわなくてもいいと思うのですが……」
はっ!
言われてみれば、TCGでは公式大会ルールで決められた枚数のイメージがあったが、元々はデッキは何枚でも良いという雑なルールだったはずだ。
最低3×3ということにすればいいだけで、場の広さと枚数は対戦者同士が自由に決めても良さそうか。
「極端なこというと、10×10 対 3×3の枚数で戦っても、当人同士が良ければゲームプレイに問題はないってことか」
「そうですね。戦場で戦力差があるのは当然ですし」
そこまで行くと札束で殴るゲームになるが、とにかく、拡張性を考えたカードデザインにしておけば良いと言うことだ。
あとは量産をどうするか。
コモンカードはバニラ(無能力のこと)にしてしまえばテキストを書く手間が減るか。カード名と攻防数値だけなら判子押しでいけるか……? イラストもコモンなら単色の判子で……。しかしニスで保護するとそれだけコストが……。いっそコモンは全面焼きごてで……。うーん。
待てよ。ここは魔法がある世界。発想を変えなくてはいけない。魔法でどうにかならんか? なりそうにないな。印刷魔法? コピー魔法? 非現実的だ。そんなものがあったらすでに使っている。
「ロアーネはどう思う?」
「そうですね。売れないでしょうね」
「え?」
待って。そこから? 製造以前にコンセプトがだめ?
「聞いたところ、ティアラ様はこれを庶民に売るつもりなんでしょう?」
「うん」
「まず、庶民はルールが理解できませんよ」
「まじか」
他にも売れない理由を告げられた。金があったらカードを買わず美味しいものを食べると。そりゃそうだ。
そして金を持ってる商人には、そんな金にならない遊びはしないと。貴族との付き合いなら手にするだろうけど、庶民の遊びに手を出すことはない。
「そういう点では、継承権ゲームの方は子どもでも遊べて良いですね」
「えへへ」
「でもこの戦争ゲームはだめだめです」
「とほほ」
で、でもリアはハマってくれそうだったし……。
「それはティアラ様がお相手だからですよ。遊びと言うのは誰が相手かというのが大事ですからね」
「むぐぐ……」
確かに。このゲームを例えばシリアナと遊ぼうとは思わない。理解できるとは思えないし、ゲームにならないからだ。悪くはないと思ったのだが、作者がその程度の感想なものが大衆文化になるとは思えない。
創作あるあるなのだが、めちゃくちゃなクソゲーでも作者補正で面白いと感じてしまう事はよくある、というか、必ずあることであった。ゆえにゲームの面白さに妥協は許されない。
そもそもまずコンセプトからの庶民向けにカードゲーム作って大儲けが間違いだったことになる。文化は貴族から広めるものと聞いたことがある。最初から庶民を対象に娯楽を広げようとしても無理があったのだ。
ならばやはり、えちちカードしかないのか……!
メイドさんたちをモデルにした、宮殿メイドのむふふカードコレクション! よし!
「やはりゲームではなくイラストを売るべきかな」
「ええイラストを売る方向性は良いと思いますよ」
ロアーネもそう思うか!
ポルノカード産業の地として名を刻むしかねえな!
「精霊をカードに描きましょう」
「へ?」
エイジス教の信仰は月の女神だが、神の住まう太陽の国が別にあることからして、厳密には一神教というわけではない。月の女神が母なる神として一番の信仰対象であるが、神々は無数に存在し、万物には精霊が宿っているとされている。
前世の錬金術でも、精気は魂と肉体と並ぶ原質であるとされた。酒精がスピリットと呼ばれるのも植物から抽出されたアルコールは精気であったからだ。この世界の魔法は精気の概念に近い。
エイジス教の月の女神は「導く者」であり、その使者である月の民は人の上に立ち、人々を導いてきた。しかし魔法が使えない者に取って、身近な信仰対象は精霊であった。わかりやすく言うと、日本の八百万の神だ。
古来から身近な存在を信仰するのは当然のことで、それは空にある太陽でもあり月でもあるが、猟師なら山に、農民なら雷に、船乗りなら風に。私はリアを信仰している。リアがいないと生きていけない身体になってしまっている。ありがたや~。信仰とは違うか。
「あれ? エイジス教って精霊信仰と対立してなかったっけ?」
「ええ。それは月が先か、精霊が先かという問題ですよ」
エイジス教の魔法使いは月の力とされていた。
一方、精霊信仰では魔法は精霊の力とされていた。
精霊信仰による精霊(オルバスタ古語)は、自然の意思が生み出した生命体だ。
エイジス教による精霊は、精気に月からの魂が宿り精体が意思を持った者だ。
ぶっちゃけ似たようなもんじゃねと私は思ってしまうのだが、昔の人はお互い譲れない所があったのだろう。
「あれ? もしかして私ってやっぱり精霊なのでは?」
「え? 今さらですか?」
「やっぱり!?」
なんということだ。大したイベントもなく雑談で私の素性が明かされてしまったぞ。しかも私の予想通りだったなんて……。いやそれだとどんな明かされ方しても驚きはないな。
赤ん坊飛ばして幼女の姿で誕生した時点でもう普通じゃないしなぁ。
リアも平然としているので、ただの人間とは思われていなかったようだ。一番身近で見てたのだからそりゃそうか。
「だけどティアラ様は太陽の国の魂ですからただの精霊ではないですけどね」
「あ、やっぱりそこの違いは重要なんだ」
ふぅ。やっぱり私は精霊ではなかったようだ。まぁ中身はおっさんだもんな。危うく私も精霊カードになってしまうところだったぜ。
ということで、庶民に向けて金儲けカード第一弾は精霊トレーディングカードとなった。なんと揚げた薄切りのじゃがいもが袋で付いてくるぞ!
せ、精霊チップス……冗談で言ったのじゃが……。




