3話:私の名前はティアラ
無口キャラとか言ってる場合じゃなかった。言語学習は口に出さないと学べないのだ。いつまでも異世界語わかんねえわけだ。
と言う事でメイドさんの言うことを少しずつ真似してみることにした。
よく私にかけられる単語は、「みゃう」だった。なんか猫の鳴き声みたいだから印象強かった。私が「みゃう」と真似すると、メイドさんたちも「みゃう」「みゃう」と声をかけてくれた。
なるほど。子供相手によく使う言葉。私は「みゃう」を「良い」や「素晴らしい」という意味だとわかった。「みゃう」で「いいね!」、「みゃうあう」で「よくできました!」のような褒め言葉なのだろう。
私は色んなものに「みゃう」と言って褒めた。良い言葉を覚えたものだ。料理に「おいしい」という言葉はわからなくても「いいね」と言えば意図は伝わるだろう。
私は食べながらみゃうみゃうと鳴いた。
なんかおかしいなと思ったのは、少年に「みゃう」と使った時だった。
彼は顔を赤くして怒り出したのだ。はて、褒められて怒り出すとはこれいかに。もしかして大人が子供を褒めるような「よくやったな」的なニュアンスだったのだろうか。それならば謎の居候ぷにぷに幼女から偉そうに言われたら、プライド高い男の子は怒り出すかもしれない。すまぬのじゃ。
だがどうやら違う意味だったようだ。私が色んなものに「みゃう」と言って確かめると、少年が「そうだ」「ちがう」と判定してくれた。
私は自身の胸に手を当てて小首をかしげて「みゃう?」と尋ねてみたら、少年は怒りとは違う表情で顔を赤くして背けて「みゃう……」と答えてくれた。
ふむふむなるほど……。
もしかして「かわいい」って意味じゃねこれ?
その様子を見た私は少年に「みゃうみゃう」と指差して言ったら叱られた。なんだよ。照れてる少年かわいいのに。
廊下でばたばたと追いかけられながら私はみゃうみゃうと鳴いた。
ある日。私の頭にティアラが乗せられた。子供が付けて良いのかわからない高そうな金のティアラだ。でかい宝石まで付いている。
思わず「ティアラ」と声に出したら、支度をしていたメイドさん達が慌てだした。
そのあと奥方が現れて、「ティアラ?」と尋ねてきた。私は頷き「ティアラ」と答えた。
なんだこのやり取り。ティアラでしょ?
あ、違った。ここは異世界だった。ティアラって英語か。異世界語だとなんだろう。
だけどみんなもティアラと使っている。
いや違うな、私に向かってティアラと呼んでいる。
あ、これ、私の名前がティアラになってない? うっかりキラキラネームになってもうた……。
そういえば私の名前は今までなかった。
声をオウム返しする真似っ子幼女が突然知らない単語を喋ったので、なにか特別な意味だと思ったのだろう。
ティアラ・フロレンシア。それが私の姓名のようだ。つまりこの貴族はフロレンシア家ってことか。
いかにも司教って感じな人が現れて、私は洗礼を受けた。じっとしてただけで内容は前世の宗教とは違うけど。宗教はエイジス教というようだ。なんだかおっぱい大きいお姉さんが大きい盾構えてそうな響きな名前だな。
かくして、正式にフロレンシア家の一員となったらしい私は、もう一人の幼女と会うこととなった。
もじもじしている幼女は私より一つ下くらいだろうか。何この子。かわいいね。何歳? どこ住み? 一緒に暮らさない?
お姫様な私の侍女にでもなるのかなと思ったら、妹だった。
あぶねえ。無口キャラのままで良かった。正妻の娘とかむしろ私が侍女になる側じゃん。
幼女は無表情無口キャラの私におっかなびっくりしているようだ。すまんな。私は笑顔を封印したのだ。おっさんが幼女ににやにやする表情になってしまうからな。見るに堪えない。一度鏡の前で作り笑いをしてみたら、その邪悪が乗り移ったかのような醜悪な表情に震えたものだ。おそらくはそれよりは無表情の方が印象はましだ。
私は唯一覚えた言葉を使った。
「みゃう」
幼女は怯え奥方の後ろに隠れたが、ちらりと顔を覗かせた。
「みゃう?」
「みゃう」
幼女二人が猫になったかのように、みゃうみゃう繰り返した。そしたら仲良くなった。
「♪みゃうみゃうみゃみゃう みゃうみゃうみゃみゃう」
調子に乗って適当に歌いだしたら、幼女はリズムに合わせて手を叩きだした。
歌詞はすべて「みゃう」だ。
その結果、私は変な歌うお姉さんの印象を残したようだ。
幼女が「しりあな! しりあな!」というので、私は幼女の背後に回り込んでスカートをめくった。泣かれた。
ち、ちが……私そんなつもりじゃ……。
しりあなは幼女の名前だった。
「てぃあら」
「しりあな」
「てぃあらっ」
「しりあなっ」
幼女と幼女が手を取ってくるくると回りだす。
こんなの無表情無口キャラのノリではないのだが。正確にいうとおっさんのノリではないのだが。
はしゃぎすぎたせいか、二人ソファに座らされた。
つんつん。
つんつん。
こっそり腕をつつき合う。
幼女返りしていた私は、いや幼女だった頃はないが、現時点で幼女だが、何か始まるようだぞとメイドさんたちを目で追った。するとテーブルの上に馬の模型が置かれた。
「バァウロゥ」
「ぼーる?」
「ばーろー」
幼女二人が繰り返すも発音が違ったようで、繰り返された。つまりこれが馬という意味か。
そして馬の上に槍を持った男が乗せられた。
「バラン」
バランってあれだよな。弁当に入ってる草の形のプラスチックのやつ。違うそれは前世語だ。
どうやらこれは騎士の意味っぽい。
あ、これついに言語学習始まった感じ?
でもいきなり幼女二人に騎士とかそういうとこから教えるの?
いや違うか。これはシリアナお嬢様の学習の続きで、私はきっと途中からなのだ。
シリアナはお城とか木とか旗とか指さして言葉を発していく。そして人形で舞台が出来上がっていく。
なるほどね。物語形式で覚えるようだ。要するに私達が始めたのはアドリブ騎士物語のおままごとだ。
うんうん。覚えられる気がしない。
しばらくは妹に言葉を教わることになりそうだこれ……。
もっと生活に密着した言葉から教えてくれない? 「おしっこ行きたい」とかさ。
もぞもぞもぞ……。
そして少年こと兄に廊下で会ったので、覚えた言葉で話しかけてみた。
「私の名前はティアラ」
えへん。
急に無口キャラに自己紹介されて戸惑う兄。「こいつ喋れたのか」というより「こいつやっと言葉を覚えたのか」という表情だ。
「おれはプロスタルトだ」
「ぷろ……?」
「タルトでいい」
なんか急に美味しそうな愛称になった。
「たるとったるとっ」
「なんだよ」
「おしっこ、でる」
「早く行ってこいよ!」
なんだよ。大きな声出されたら思わずちびっちゃうじゃないか。
私はメイドさんに担がれて、早足でトイレまで運ばれていった。