29話:クソガキルー坊
ヘンシリアン伯爵家はしばらくオルバスタに滞在しているのだが、そのためには当然危険がないようにしなければならない。以前宮殿にマジスタンテロがあったため、冬からオルビリアでは厳戒態勢が敷かれている。
オルバスタの都オルビリアに入るには、首元と手首のチェックがされる。
侵入者がいないか、街中でも怪しい風貌の男は衛兵に止められてチェックされる。もちろん、マヨ使者カルラスも例外ではなかった。
「姫様からぽぽじろうを授かって助かったぜ……」
「ね?」
西方の濃い顔立ちの元軍人である。彼は衛兵とすれ違う度にすぐに足を止めさせられたという。
その度にぽぽじろうを胸元から出し「姫様からの恩賞だ」と答えていたそうで、最近では街中ではぽぽじろうを頭の上に乗せることにしているらしい。最近ではポアポア男と呼ばれているそうな。
「工員が増えて調理場が大変なんだ。何かまた作るのか?」
「量産してクリトリヒに売るのだよ」
ママは賢かった。何も書かれていない木札だけをヘンシリアン家に売るのだ。
オルバスタで作るだけではどのくらい製造していいかわからないし、絵付けがネックで急にカード増産はできない。それにオルバスタの芸術文化は良く言っても二流だ。ならば大量生産体制のできている木札だけを売り、クリトリヒで絵付けをさせて、現地で売る。クリトリヒの絵なら格も高くなる。田舎のオルバスタの流行のゲームと言うより、クリトリヒの貴族に流行のゲームと宣伝した方が注目されるだろう。クリトリヒに利益を食われることになるが、売りつけ先はママの生家であるし、損をすることはない。チョコレートを貰えるし。
幼女はチョコレートがなにより大事である。これでブランデーが飲める歳ならもっと良いのだがと悔しくなるおっさんである。
さて。
ヘンシリアン家は王位継承カードゲームにドハマリしたが、ゲームばかりしててもしょうがない。街中を観光したりした。感想は「風情のある街」とごまかした感じだったけど。田舎町!
本邸に遊びに来た時には、ガキンチョズで集められた。
ちなみにクリトリ語の日常会話はオルバスタのクリン語と大きく変わらない。私が挨拶で苦戦していたのはクリトリ語の格式ある言い回しのうにゃむにゃした言葉であった。
母親と子どもたちと侍女たちが集まる中、ルー坊は緊張した様子で「クリトリヒ・ヘンシリアン伯爵家長男、ルーケンサヌス・ヘンシリアン六歳だ!」と自己紹介した。
なんやなんや照れてんのかおい。あ、こいつ、リルフィに惚れやがった! ママ姉にリルフィを嫁に貰うと言い出した!
や、ややこしくなる前に諦めさせよう……。
「リルフィは妾の子。ヘンシリアン家の跡継ぎには釣り合わない」
本当は侯爵家であり皇族の血を引くので逆の意味で釣り合わないんだけど。そもそも男だけど。
「家は弟に継がせる!」
愛に生きるか。それも良いだろう。男だけど。
教えてあげたいけどトップシークレットなのだよ。困ってるリルフィを助けるか。
「リルフィは私の抱き枕。ルー坊にはあげない」
「なんだとこの変髪!」
「また変髪いったなー!」
わちゃわちゃと子どもの喧嘩が始まる。もちろん本気ではない。じゃれついているだけだ。本気を出したら簡単に転ばすことくらいのことは今の私はできる。体術を習ってるフロレンシア家の幼女ズはただの幼女ではないのだ。
「あたたたたっ」
なので手加減した掴み合いなのだが、向こうはがきんちょで本気になった。髪の毛を引っ張るのはだめぇ! 頭ハゲちゃうよぉ! 毛根は大事にしないといけない!
リルフィが駆け寄って、ルー坊の頬にビンタした。べちぃん!
「うぎゃあ!」
「姉さまを虐める子は嫌い!」
ええん。私はリルフィに泣きついた。
ふふん。リルフィはお姉ちゃんっ子なのだ。残念だったな!
リルフィに嫌われたルー坊はタルト兄様に慰められた。そこへルー坊の尻に蹴りを入れたのは妹シリアナだ。
「うぎゃあ!」
「ティアラのかたきー!」
空気とタイミングを読まない純幼女が最強かもしれん。
まあそんなクソガキルー坊とも、お外で男の子な遊びをしてれば自然と仲良くなれた。布を巻いた木の棒と木の盾という刺激の強すぎるチャンバラ遊びだ。
シリアナもやりたがったけど、危ないからリルフィとね。そっちに気に取られたルー坊の脇腹に私の剣が刺さる。
「うぎゃあ!」
「いっぽぉーん」
ぴょいんぴょいんと跳ねて回る。どんな気持ちー? ねえねえお姫様に負けるってどんな気持ちー?
「くそう! 女じゃねえなお前ー!」
ドキン! 大人げないおっさんな事がバレてしまった!?
「もう俺はお前のことを女だと思わないぞ!」
「ふふーん。そんなの言い訳だね」
ひょひょいのひょいと剣を交わし、盾に打ち込む。剣術は習ってないけれど、お坊ちゃまとは基礎体力が違うのだガハハ!
一合二合。打って打たれて、身体に当たることはない。容赦のない攻撃も、お互い盾で受け止める。反則行為はなしだ。
肩で息をし始めたルー坊は、バタンと仰向けで大の字に倒れた。
私はそれを腰に手を当て見下ろした。
「あーダメだぁ! 俺の負けだぁ!」
「おぬしにはリルフィは任せられん! 女の子を守れるように強くなるのじゃな! がははーっ!」
リルフィは男だけど。
私はルー坊に手を差し伸べ、ルー坊は剣を置き、私の手を掴んだ。
「隙ありぃ!」
「にょわぁ!」
ごろごろごろ。寝技に引きずり込まれた。え、えっちーっ!
髪の毛が土まみれになって叱られた。わ、私のせいじゃないもん……。
そして暴れすぎて一日部屋に謹慎となったルー坊を、謹慎明けに誘いに行った。
「ルー坊! 暇かー!? 街行くぞー」
「おうよ変髪!」
二人きり……なんてことはもちろんなく、ロアーネやリアや護衛を引き連れて行く。徒歩で。
「馬車は使わないのか? 庶民みたいだな」
「ふふん。これがオルビリア貴族の街歩きスタイルよ」
もちろんそんな訳はない。ルー坊は信じ込んで「やっぱ変な奴だな!」と言ってきた。あえ? 嘘とバレてる?
こんなガキンチョがぶらりと街中歩けるのもマジスタン厳戒態勢のおかげだ。まあ何かあっても「アスフォート倒すような幼女だから大丈夫だろ」と信頼もされている。ルー坊のお付きは気が気じゃなさそうだが。油断し過ぎだろうというのは確かにその通りなのだが。
私はとっくに顔が知れ渡っているので、私たちが通るとみんな道を開けて頭を下げる。大名行列状態。道行く馬車も止まってしまう。すまないね。道を遮ったら無礼討ちなんてことはないが、何か事があっては大変なので仕方がない。
そんな中、頭に毛玉を乗せた男が前を横切った。
「ああ! なんか変なのがいるぞ!」
「変なの? あっ、カルラス。おーい! さぼり?」
「姫様か。サボりじゃねえよ。買い出しだ」
カルラスが私に自由に発言する権利は続いたままだ。そのせいで最近では貴族か何かと勘違いされているカルラスであった。魔法も使えるしね。街中で使うことは許されないが、調理場で風魔法を調理に使うのは許されている。
「このチビはクリトリヒ帝国の私のいとこ。ルー坊でいい」
「よくねえよ! 偉いんだぞおれは!」
「この男はカルラス。マジスタンの悪人」
「おい! 平然と嘘付くな!」
ルー坊のお付きの警戒態勢が上がった。
カルラスは帽子を取るような仕草で頭のぽぽじろうを胸に抱き、ガッツポーズをした。ガッツポーズにしか見えないがこれが彼の敬礼らしい。
「お初にお目にかかりますルー様。私はカルラス。ティアラ嬢よりマヨ使者の称号を承り、木札工場の調理場を任されております」
「カルラスがきれいなルイン語喋っとるぅー!」
「これだけは覚えさせられたんだ。他はわかんねえ」
カルラスは西方なまりが大分取れてきた。しかし、帝国宮廷語を暗記とはいえきれいに喋れるとは知らなんだ!
「わちもまだちゃんと宮廷語はしゃべれにゃいのでございますのにぃ!」
私がルイン語を喋ったら、ルー坊に笑われた。にゃにおー!
「急に女みたいな喋り方するなよ受けるー」
「わちはおにゃのこなんですじゃがー?」
私はこんなムキムキ幼女なのにこのガキめ……。ふむ。ちょっと身体を鍛えすぎたかもしれん……。
「もう普通に喋れよ。この店はなんだ? 工芸品か?」
「ふつうなんじゃが」
私たちはアポなしで店に突撃した。
お付きが私たちの素性を伝えると、店主は大慌てである。応接間へどうぞお茶とお菓子をどうぞと奨められる。ふむ。ちょっとショッピングをするつもりだっただけなのだが。まあでもお菓子と聞くと我慢できない幼女とガキンチョなのであった。ぽりぽり。
こうして街に迷惑をかけるルー坊なのであった。私は大人幼女なのでわきまえてるし? ぽりぽり。
しばらく騒がしい日々が続き、そして春が終わりになる頃に別れの時が来た。
私たちにしめじめとした別れなどないが。
「いつかお前を倒して、リルフィを貰いに来るからな!」
「ふふーん。私はまだ本当の力を出していないぞルー坊よ。アスフォートを倒した魔法の力をな!」
「けっ。そんな嘘誰が信じるかよぉ」
タルト兄様が「本当だぞ」と横から口を挟んだ。
ルー坊は「ははっ。タルト兄まで」と笑った。
「それなら俺はドルゴンを倒してやる! じゃあな!」
ルー坊を乗せた馬車が動き出す。
ど、ドルゴン? もしかしてドラゴンか? 一体何者だドルゴンとは!?
「ちょっ。ドルゴンってなんじゃー!?」
異世界モンスター図鑑が欲しいのじゃが!?




