27話:マヨ使者の称号
長い冬が明けて、雪解けの頃となった。この時期になると流星が増える。流星の月とも言われる。黄色いアヤメが咲く頃、この国では新年を迎える。
「あけおめー!」
「あけおめー!」
私と妹シリアナは手を取り合ってあけおめダンスを踊る。あけおめは新年を祝う太陽の国の言葉らしい。虹色の髪のぷにぷに幼女がそう言っていた。私だが。
「ぽてさらー!」
「ぽれさらー!」
新年のお祝いにポテトサラダ。マヨネーズはすっかり定着した。冷蔵庫もあるので三日くらいは持つ。冷蔵庫はもちろん電気製ではない。大昔の氷を入れておくタイプだ。この世界は魔法があるので、氷を仕入れてくる必要はない。氷魔法使いは高給取りだ。
「あいすー!」
「あいちゅー!」
風魔法がミキサーになるなら牛乳冷やしてかき混ぜればアイスクリームが作れるんじゃねと思った。氷と風が使えるリルフィの侍女に頼み込んだらできた。暖炉の前で食べるアイスは最高だぜ!
さて。
新年で浮かれてるうちは良いが、しばらくは草が増える。シリアナは春の野草が苦手らしい。まあ幼女だし。私はそれなりに好きだったはずなのだが、どうも幼女舌には青苦さが「んぐっ」とくる。マヨネーズがなかったら危なかった。春の野草の天ぷら食べてるとやっぱ醤油が欲しくなるなぁ。
「ぽぽたろーもあいすー!」
シリアナがアイスを乗せたスプーンをポアポアぽぽたろうにぐいぐいと押し付けた。ぽぽたろうには口ないよ……。
春になったのにぽぽたろうは消えなかった。多分私やロアーネから魔力を吸ってるのではないかと思われる。部屋でクッションにしてるし。
「リルフィもあいす!」
「ちょっと姉さま。自分で食べられます……」
私もリルフィの口にスプーンをぐりぐり押し付けた。リルフィは負けて、ぱくって食べた。男の娘間接キスよし!
リルフィとは部屋が壊れた時からずっと一緒にベッドで寝ている。男の娘抱き枕いいよね。
さて。そんな幼女話は置いといて。
カードコンペの準備は進む。クリトリヒのお貴族の方々は、やってきてすぐ帰る日帰り旅行なわけがないので、しばらく離宮に泊まられる。招待するのも大変だ。これ赤字じゃね? 幼女ながらなんだか財源が不安になってきた。
よし。新しい金儲けでもいっちょ考えますか!
何も思いつかねえや。
だってしょうがないだろう。ぷにぷに幼女におっさんをインストールしてもロートルなんだよ! むしろ性能下がってるまである。
最近はマヨネーズで満足してるからいいのだ。ますますぷにぷにになってきた。
マヨネーズと言えば、例のマジスタンの男。真面目に働いているようだ。
侯爵の娘に手を出してそんな簡単に許されていいのかというと、まあ良いんじゃないかなということになった。まずそもそも私は何もされてないのだ。される前にカウンターしてしまったので。
こんな状況で侯爵の娘に手を出そうとした。絶対何か裏があるはずだ! そもそもこの前提が間違いだったようだ。男は稼いでる旅芸人にちょっかいかけようとしただけだった。まあそれもどうかと思うが、風魔法で私が手にした帽子の中の小銭をちょっとばらまいて、拾い集めるふりをして少しちょろまかすつもりだったらしい。単なる小悪党だな。
そんなことを衛兵が信じるわけがない。だけどまあ、それが事実で全てであったようだ。
「運わるいなーお前ー」
「全く勘弁してくだせえよお嬢。人を騙すたぁなんていけないことっすぜ」
「お忍びなだけだもん。しかしあの服で騙される奴がいるとはね」
「流れ者にはわからんすから。一張羅を借りてるだけとぉ思ったんでさあ」
私は木札工場に遊びに来て、マジスタンの男と話していた。男の名はカルラスといった。
カルラスの作る西の方の珍しい料理を作るのでちょくちょくつまみ食いに来ている。
まあ本題は別にあるんだけど。
「それじゃあカルラスは、宮殿を襲ったマジスタンとは関係ないの?」
「当たり前じゃあねえか。この俺はそんな悪者たあ関係ない流れ者さあ。月の女神に誓いますぜ」
それを聞いたロアーネがカルラスにガンを飛ばした。
「マジスタンが……その汚い口を塞ぎますよ」
「ひっ」
横から口を挟んだロアーネの顔に、私はぽぽたろうを押し付けて口を塞ぐ。
ロアーネ的にはマジスタンは悪い奴。それはわかる。私もリルフィが襲われたからマジスタンに良い感情は持っていない。
「カルラスはマヨネーズを教えてくれた。良い奴。マヨ使者の称号を与える」
「あんがとよ。称号はいらんが」
いらんのか……。どうして……。
「カルラスはなんでマジスタンになった?」
「ああ……」
カルラスは眉を寄せ、迷った後にコック帽を脱いだ。そして頭の左側頭部を私たちに向けた。そこには引きつった縫い跡があった。
「俺は元軍人だ」
「ほー」
単なる小悪党チンピラじゃなかったのか。でも軍人ってほどムキムキしてない。ああ、だからもしかして魔術師になったのか。
ロアーネはぽぽたろうを私の頭の上に乗せた。
「マジスタンの軍事利用ですか」
「そうだとも。少しは同情してくれたけぇ、小さい神官さん」
小さいと言われたロアーネは、ぽぽたろうをカルラスの顔に投げつけた。ぽぽたろー!
「それで、元軍人のマジスタンはこんな田舎へ休暇ですか」
ぽぽたろうを掴んだカルラスは、視線を落とした。
「国で革命があったけ。軍人だった俺の居場所は無くなりこんな田舎まで流れて来たんでさ」
おおう……。一概にマジスタンと言っても色々あるんだな。
カルラスは望んで身体に墨を入れたわけではなかった。軍人となり、多少の魔法の素質があった彼は魔術師にさせられた。そして敵に使うはずのその力は、革命を止めるため民に使うことになった。そして革命が成された後、彼の居場所は国にはなかった。
こういう人らは前世の日本にもいた。90年代、職を求めて国を出たイラン人は、日本まで来たが職はなかった。銀色のシールが貼られた偽装テレホンカードを売っていたのが彼らだ。
カルラスも私に手を出したのは、行き着くとこまで来てしまったからなのだろう。
「汚れます!」
ロアーネがカルラスが掴んでいたぽぽたろうを引っ張った。ぽぽたろうはちぎれた。
「ぽぽたろー!」
「何をするんですか! これだからマジスタンは信用なりません!」
「い、いや……え? 俺のせいか?」
ぽぽたろうはちぎれたけど生きていた。二匹になった。一匹はカルラスにあげた。
「何か遭ったらぽぽじろうを見せること。私からの贈り物、信頼の証」
「これが?」
カルラスはぽぽじろうをもみゅもみゅした。
「それがあればエイジス教の神官も手が出せない」
「本当か?」
カルラスはぽぽじろうをロアーネの顔にぽむぽむと押し付けた。
ロアーネはグーでカルラスの腹を殴った。カルラスはくの字にその場に倒れた。カルラス……良いやつだったよ……。
「う、うそじゃねえか……」
「ロアーネは別」
ロアーネは半泣きで手のひらサイズに戻ったぽぽたろうをぎゅっと抱きしめた。いつの間にかめちゃくちゃ愛着湧いてるじゃん……。