25話:身分違いの結婚
侍女リアに顔をハンカチーフで拭き取られ正気に戻った。
やった。やったらしい。やってなかったら死んでるよな。視界が開ける。
首の無くなったクソデカ山羊のアスフォートの身体は、護衛達たちが作り上げたバリケードの前に倒れていた。雪が赤く川のように染まっている。
あれを私がやったのか……。おえっぷ。じっと手を見る。手にしていたポアポアも、魔法結晶も消えていた。
ポアポアの命も魔法の足しになってくれたのか。短い間だったけどありがとう。君がいなかったら魔法結晶の事を忘れていたよ。名前くらい付けてやればよかったな。
「ポアポア……良い奴だったよ……」
「頭の上に乗ってますよ」
なんか首が重いと思ったら、私の帽子の上に乗っていた。しかもなんか少しサイズが大きくなり、毛並みがよりさらさらふかふかになっていた。
「ぽぽたろー!」
ポアポアをむぎゅっと抱きしめたらにゅるんと手から逃れ、私のお股に収まった。
だめだそこは汚れてしまう!
リアがすでに私の股間にドライヤー魔法をかけていたので、温かったのだろう。
「すっげえ魔法だったな!」
股間のぽぽたろをもみゅもみゅしてたら、タルト兄様が目を輝かせて私を見ていた。
えへん。
「馬の時に作った魔法結晶使った」
「なるほどなぁ。この時のために用意したのか!」
タルト兄様は興奮している自分に気づいて恥ずかしそうに一度顔を背けた。そして私を見て、私の頭に手を乗せた。
「変なこと言うけど、おれは人ではない何かだと思ってたんだ。だけど、やっぱりおれの妹だったんだな」
「んあ?」
なんでタルトがそういう結論に達したのかわからないけど、幼女ではない何かなのは合ってる。黙って頷いておくけど……。
「頼んだぞ、リア」
「はい。坊ちゃま」
タルトは護衛達にアスフォートの解体を命じていく。巨体ゆえに全てを一度にバラすのは不可能だろうが、いかにも貴重素材な感じの頭の四本の角を剥ぎ取るのだろう。
……ところでパパは?
街道を東に向かっているところ、アスフォートは南から現れた。最初の報告があった位置から随分とオルバスタの都オルビリアに近いところにいた。パパ一行はアスフォートとすれ違ったということか。
角の剥ぎ取りが終わった頃に、パパ一行が街道の先から現れた。天を貫く虹色の光を見て戻ってきたようだ。
「そうかお前達がやったのか」
「えへん」
パパは叱るか褒めるか迷った顔をしていたが、「よくやった」と褒めてくれた。
だけどタルト兄様には「家を守れと言ったはずだ」と叱った。
それに対しタルトはパパに「家を守るために来ました」と答え、パパはきょとんとした後、タルトの頭をぐりぐりと撫でてガハハと笑った。
パパの部隊から十人を残し、私たちは帰途へつく。
のんびりしていたら日が暮れそうなので、馬が足を滑らせない程度の速度で駆ける。
宮殿に着いたら、一室に大穴が開いていた。リルフィの部屋だ。
一体何があったんだ。大した事じゃないだろうけど。
「申し訳ございません。リルフィ様がマジスタンに襲われました」
大した事だった!?
「無事なのか!?」
パパの言葉にリルフィの侍女が「はい」答えた。
「旦那様が授けた魔除けが守ってくださいました」
「そうか。それは良かった」
お? 私がパパのために作った魔除け大活躍じゃん!
マジスタンの魔法を反射して、壁に大穴が開いたそうな。
え? そんなマジな効果あったの?
だからパパはリルフィにお守りをあげたのか。
「お姉さま!」
男の娘リルフィが駆け寄り私に抱きついた。よしよし怖かったのう。漏らしてないか? 私は漏らした。お風呂入りたい。
「お姉さまのお守りがぼくを守ってくださいました!」
うむうむ。だけどちょっと反射の威力が強すぎた。これじゃあしばらくはこの部屋は使えないだろう。
そういうことで、今夜はリルフィと一緒に寝ることにした。またロアーネとサンドイッチに挟み込んでダブル抱き枕だ。今日は私が真ん中だった。ぐふふ。美少女神官と男の娘の添い寝。にゅふふ。暑い。
目を瞑ると、アスフォートを目の前にした光景が蘇ってきた。
でかい山羊が迫ってくる様子は、まるでダンプトラックの暴走のようであった。
思い出し恐怖にぶるりと震える。
「漏らしました?」
「ち、違うし……」
ロアーネの脇腹をつねった。
リルフィとは手を繋いだ。ぎゅっ。手が温かい。なんか布団が光ってない?
「魔力漏れてます!」
「なぬ!?」
おしっこ漏らしてないぞ!
布団をめくったら、光っているのはリルフィの手だった。
「わわわわっ! どうしましょう姉さま!」
「しらない! ロアーネ!」
「こう唱えてください。トルテネーレ」
リルフィが同じように唱えると、手の光は霧のように消えて室内は再び小さく輝く魔法灯の明かりだけとなった。
「ぼく、魔法初めて使いました!」
「すごい!」
「はしゃぎすぎないように。今夜はもう遅いですから、眠れなくても静かに目をつむりましょう」
ロアーネは「リアポルロクルネス」と小さく祈りの言葉を唱え、私たちも続いて唱えた。
目を閉じると、再び恐怖が蘇る。
もしものことを考えても仕方がないが、もし私がパパを追いかけなかった時のことを考えてしまう。
もし、私がアスフォートと対峙しなかったら、アスフォートはどうしていただろうか。アスフォートは予想よりも南にいた。もしかすると、街まで迫っていたかもしれない。あるいは、パパの部隊を後ろから襲いかかっていたかもしれない。どちらにせよ被害は大きかっただろう。
もしもは続く。
もし、魔法結晶がなかったら。
もし、ぽぽたろうがいなかったら。
もし、タルトがいなかったら。
火力不足で倒せなかったかもしれないし、魔法結晶を忘れていたかもしれないし、慣性で滑ってきたアスフォートの死体にぷちっと潰されていたかもしれない。
うん。
私って運が良いなぁ。何か忘れてる気がするけど寝よ。つかれたぁ。すやぁ。
ん。
んー。
やっぱりアスフォートの襲撃ってこれ、マジスタンの計画的犯行じゃね?
リルフィの襲撃者は魔法反射によって落下して死んだらしい。直接見たり聞いたわけじゃないけど。
前世の細い知識を使ってみよう。帝国がジャーマニーでハイルカイザーディーな国だと仮定する。ドイツ帝国の前はプロイセンであり、プロテスタントの彼らは民族で国家統一するためにカトリックの地域に武力行使した。
この世界だとエイジス教のキョヌウとペタンコである。似たような世界だが、この南部地域のオルバストは未だ自治権を持っているから完全に統一仕切っていないと言えるだろう。いや待て、地球でも完全統一の前にドイツ帝国はできたんだっけか。ううむ?
そうそう。地球だとここは、ドイツ、フランス、オーストリアに囲まれ、どこの帝国に付くか最後まで残っていたはずだ。この世界だと、すでに所属している北のベイリア帝国と、西のティンクス帝国、南のクリトリヒ帝国に当たる。
その上で、マジスタンを使い、パパを怒らせて得をするのは誰か……。
だけどそもそも他国のせいじゃないかもしれないし。ロアーネの感じだとエイジス教ペタンコだとマジスタンは迫害されているようだしな。恨みかなんかで侯爵の娘を狙っただけかもしれん。
わかんね。幼女の情報だけでわかるものなら、パパもとっくにわかってるよなぁ。
幼女が考えても仕方がないことか。
ただ、これだけは言える。世界大戦だけはまずい。
貴賤結婚により継承権失った皇太子が、民族なにやらでちょうど具合の良いターゲットになってしまい、さらに戦争介入数珠つなぎコンボとかやめろよな!
「ぱぱー。ぱぱー」
翌日。パパに、前の世界にあった身分違いの結婚から命を狙われ、世界中を巻き込んだ戦争に発展した出来事を伝えた。この世界に似たような事がなければいいのだが。あれば事前に潰すしかない! 悪役令嬢に私はなる!
「身分違いの結婚か……」
うん? 心当たりある感じ?
「パパとママは恋愛結婚でな。ママはクリトリヒの伯爵家だ」
すでにややこしいことになってるぅ!? 思わず私は漏らした。じょばあ。
ママは伯爵家の娘であったが月の民ではなかった。エイジス教において月の民かどうかは重要なことなので……侯爵の次男であるパパとは釣り合わない。だが惚れちゃったらしい。惚れちゃったかぁ。
クリトリ語の勉強も加わったのは、ママの故郷だからかぁ。
オルバスタとクリトリヒの国境に向かった兵たちは、私がぶっ殺したアスフォートと別のアスフォートを無事撃退したらしい。クリトリヒからの商隊と共に帰ってきた。
黒い石のようなものが献上されて、お茶の時間にお茶請けとしてそれは出された。
この香ばしい香りは!
「ちょこだー!」
「ちょこー?」
チョコをちょこっと齧って目を輝かせる幼女ズ。
「ちょこーちょこー」
「ちょこうまうまー」
シリアナと手を取り合ってくるくる回る。
クリトリヒいい国じゃん! 褒めてつかわす! 私、もっとクリトリヒとお付き合いしたい!
チョコレートにキャッキャウフフしていたら、ママに呼び出された。
「春が来たら継承権ゲームカードのコンペを、クリトリヒの貴族を賓客として呼んで行います。あなたは挨拶の準備をしておきなさい」
んんんんん!?
得体の知れないぷにぷに幼女を表舞台に出すだと?
また新たな問題が起こりそうな気がしてならなかった。無表情無口キャラで乗り切るしかない……!




