24話:天使の階段
私のコートに潜り込んでいたポアポアは逃げる様子がなかったので、そのまま私の部屋のペットとなった。今はソファで寝そべるロアーネの枕になっている。
そんな春になると消えてしまう毛玉はおいといて。
最近の私はクリトリ語とやらを覚えさせられている。らめぇ! こんなにいっぱいの言語を突っ込まれるだなんて、頭おかしくなっちゃうよお!
クリトリ語は南東の国のクリトリヒの言語だ。隣国の言葉だからいずれ必要になるのかもしれないけど……。なんで急に?
そんな中、タイムリーな事が起きた。宮殿の中が慌ただしくなったと思ったら、どうやらまたアスフォートが現れたらしい!
そして犠牲になったのはクリトリヒからの隊商であった。
私の出番だな! 山羊野郎を倒す! ふんす!
私は侍女リアに抱え上げられた。ぷらーん。
雪の中を行軍する討伐隊が編成された。当然その中に私は入っていない。だってお姫様だもの。
しかしこの討伐隊。中々大変なようである。まずアスフォートが現れたのがクリトリヒとの国境であった。国境といっても現代のように境がはっきりとしてなくふんわりしている。オルバスタ、クリトリヒ共に管理しきれていない空白地帯と言うべきか。距離は遠くて雪は積もっていて、兵を出したらお互いの関係に問題が出そうだけど兵を出さないのも問題になりそうという厄介案件。
そして武器をどうするか。雪のせいで大砲を運ぶのが大変だ。よっちらよっちら運んでいたら遅れてしまう。銃を構えた兵隊が縦列をなし、後ろからもっこもこに毛が生えた牛みたいな体格の馬が荷物を乗せたそりを牽く。
ちょっと思ってたファンタジーの狩りと違うぞ?
そりゃあ一狩り行こうぜという雰囲気ではないのはわかってるけど。わかってるくせに帯同しようとしたぷにぷにお姫様である。姫プされちゃう。
そもそもさあ。隊商はこんな雪が積もってる中で何を運んでいたのよ。そんな急に輸入が必要になったものなんてある? なるほど。田舎のオルバスタで顔料や絵かき道具の需要が上がっていると。ちょっと私には原因は思い当たらないですね……。
そっちの案件は私の介入する余地はないから良いとして。
そう、そっちの案件はね。
「カウテン街道にアスフォートが出現しました!」
ああそれこの前も聞いた。うん? カウテン街道は北の皇都への道と繋がる方角だ。南東の遠くにこの前いたんじゃなかったっけ? そんな高速移動するの? 山羊頭の悪魔なら空を飛ぶくらいするか。
「山羊め! 俺の右腕の借りを返してもらう!」
パパが立つ!
ふんすふんすと憤るパパを、おいおい待てよ待ちやがれくださいと側近たちが慌ててなだめた。
パパの右手はギターの弦を弾く程度はできるようになったものの、戦えるほどの完治はしていない。「戦える!」と言い張るも、銃を持つ右腕がぷるぷるしていた。
しかし、他に戦えるものがいないのも事実だ。戦力の多くは南東に出陣してしまった。もちろん街や宮殿の防備に兵は必要だし、アスフォート討伐とはいえそれを割くわけには行かない。いま動けるのはパパと近衛だけなのだ。
あれ?
「んー? りあー。最初の兵を戻せばよくない?」
「そういうわけにはいかないでしょうね」
いかないらしい。
結局パパは「追い返すだけだから安心しなさい」と私たちを一人ずつ抱いて、近衛を連れて出撃してしまった。
その時、私の直感が「泣きわめいて止めろ」と言い出した。ええ……それはちょっと恥ずかしいし……。え? パパが危険な気がするって? でもなぁ。そんなのパパもわかりきって出撃しているわけだし。「危ないから行っちゃやだよぉ」なんてそんな子どもみたいなこと……。今の私は幼女だから通じるか。だけどあのシリアナだってドレスを掴んで我慢しているのに、姉の私がわめくのは威厳を損なってしまう。幼女の前ではかっこよくありたいおっさんであった。
そわそわ。
そわそわ。
抱きかかえたポアポアを伸ばして縮める。
リアが私の腕からポアポアを取り上げた。むぅ。
「旦那様の事でしたら大丈夫ですよ。旦那様も側近の方もお強いですから」
「むー。ロアーネ、リア、馬出せる?」
「追いかけるおつもりですか?」
ベッドから立ち上がろうとした私の頭の上にポアポアが乗せられた。
ロアーネは寝たふりをしている。この後の事態に備えて先に休息しているのかもしれない。
「タルトのとこ行てくる」
頭の上のポアポアをぽいとソファのロアーネの顔の上に置いた。
毛玉を乗せられたロアーネはむすーとした顔で起き上がる。
「なんですか」
「一緒に行く」
「はいはい仰せのままに」
ロアーネがくぁっと伸びをした。その奥にはパパの肖像画がある。パパの姿が火に燃べられたかのように歪んで見えた。まだ嫌な感じがする。足りない。私は肖像画の側に置かれた、魔法結晶馬糞を懐に入れた。
「タルトー。たるとー」
「なんだよ」
私はタルトの部屋に突撃した。ふむ。男の子の部屋なのにきれいじゃない。そりゃそうだ。メイドさんが掃除しているのだから。
「タルト騎士団、出陣!」
「騎士団ごっこする状況じゃないだろばーか」
「ごっこ違う。馬乗ってパパ追いかける」
「正気かお前」
おそらく正気ではないだろう。
だが私の安寧したお姫様ライフのために、鬱展開はいらないのだ。そのためにできることはする。救援に行く。それが私の選択だ。私が動くべきだ。感情に任せた思いつきで言っているわけではない。ロアーネは言っていた。私の力で「アスフォートを倒すことは問題ない」と。
「パパいない今、タルトが代理」
「おれがティアラに戦いへ行けと言えと? やはりばかか?」
「んーん。報告に来ただけ。私たち勝手に行く」
よし急いで馬を借りに行くぜ!
「待て!」
「なに?」
「おれも行く」
まじか。まじで?
「タルト世継ぎ。何かあったら大変。家にいないと」
「何かあるのか?」
「ならないようにする」
「それなら平気だろ」
そうかな、そうかも。私はパパの元へさっそうと現れて、アスフォートに魔法をぶっ放す。勝つ。問題ないな。よし。
「タルト騎士団、アスフォート討伐隊第三軍出撃!」
タルトが出るとなると、護衛も当然付いてきて、なんだかんだで十人ほどで馬に乗って雪の街道を駆ける。
そこまでに三悶着くらいあったが「後備えが必要」で押し切った。後備えの癖に突撃する気満々である。幼女だから間違ってても仕方ないね。
最終的にはロアーネの「太陽の子、花の精霊のティアラ様は正しいのです」とゴリ押しした。裏を返すと、それを咎めるのは間違っているということになるので……それを言っているのがエイジス教の神官で……。遠回しの脅しじゃん怖い。ぷるぷる。
「見えたぞぉ!」
パパに追いついた! かと、思ったら。
「アスフォートだ!」
ボスにエンカウントした。
ついに対峙したアスフォート。どんな禍々しい姿かと思ったら、でかい山羊だ。山羊やんけ。
いや、山羊とは聞いていたけど、そのままでかい山羊だった。異形とかではなく、山羊だった。でもでっかい象くらいのサイズはあるし、頭に宝石のような角が四本伸びているので確かに普通の山羊ではない。
その姿は恐ろしいし、強大な力も感じる。でも魔王とか悪魔とか、そういったものとは違う。山羊のモンスターだ。
待てよ。よくよく考えたら誰もアスフォートを魔王だの悪魔だの言ってないぞ。私の思い込み? 私がそう言ってただけ? あらやだ恥ずかし。
だが脅威には違いない。
「ティアラ! どうするんだ!?」
「私が魔法でぶっ殺す!」
「わかった! ティアラを守れ! 陣を組め!」
タルトの号令で護衛達は下馬して、魔法で氷のバリケードを作り上げた。
アスフォートが雪煙を巻き上げ、私たち目掛けて突進してくる。
恐ろしい速さだ。だが距離はある。余裕だ。平気。あ、でもちょっと怖い。一発で倒せなかったらこれ全員ミンチになってゲームオーバーだな。ゲームじゃない現実だ。死ぬ。死ぬぞ。あ、ちょっとちびる……。ひえっ。
いざという時に竦んで動けなくなる役立たずキャラの気持ちがわかった。恐怖は思考を止め、視界を白くした。
パニック!
何をどうするんだっけ。動け動け。まず手を前に出して。なんかおっぱいが邪魔だな。くそ。こんな時に急にロリ巨乳になってしまった。おっぱいは素晴らしいものだ。それは違いない。しかし機能美という一点においては余計なものと言えるであろう。おっぱいとはタンクである。タンクは防御陣地を突破するために開発された。今の私は戦車砲である。
思考が混濁していたら、私の巨乳が動き出した。首元からポアポアがぽあっと飛び出した。おっぱいないなった。
ポアポアはその小さい手にこぶし大の宝石を抱えていた。魔法結晶馬糞だ。そういえば何かに使えるかと持ってきてたんだっけ。
そうかありがとうポアポア。これを使えって言うんだね。ちょっと離せ。こら。もういいやポアポアごとで。
アスフォートが目の前に迫っていた。目の前というほどではない。大きすぎて遠近法がおかしい。目測が付かない。魔法を撃つには余裕がある。
私はポアポアを手で掴み、深呼吸をした。ぽあぽあしてらっしゃる……。
「ティアラ! まだか!?」
タルトの叫び声が聞こえた。パニくってて声も聞こえなくなっていたようだ。
だが大丈夫。もう大丈夫。馬の上で私はリアに後ろから抱きかかえられている。
強力な魔法。強力な無属性魔法といったら。
「《てぃるとうぇ……》」
いやまてそれはまずいか。山羊どころかみんな死ぬ爆発打ち切りオチが見える。
「《まじっくあろー!》」
やはり基本に帰る。基本は大事。よく考えたらこれ以外の攻撃魔法試したことないんだった。
ポアポアを抱えた手のひらが強く光輝き、股間に温もりを感じる。やはり漏れるか……。
構わず私は放出した。
私の視界は光で包まれた。
基本魔法であるはずの【マァジルアリ シュテア】は、虹色の光を放ち、アスフォートを貫き、空へ走り、オルバスタに広がる鉛色の雲を突き破り、陽の光の光芒が私を照らしたという。めっちゃ神々しくて思わず祈りを捧げたとロアーネが言っていた。
出し切ってものすごい高揚感で放心していた私の顔を、タルトのエロ馬がべろりと舐めてきた。馬刺しにするぞ。