章末話:アルテイルと姉ティアラ
精霊の瞳と呼ばれる魔法器官を額に持つアルテイルは今年で七歳になった。兄が一人。姉が三人いる。しかし兄は東の地に、二女の姉は首都へ行ってしまった。三女の姉は外で少し話すくらい。何かと目立ち話題となる長女には近づいてはいけないと言われていた。そして母はその長女のせいで日々忙しくしており、アルテイルは愛情に飢えていた。
そしてそれは反抗的な態度として現れた。
「ぷんすこ」
アルテイルはぷんすこしていた。虹色の髪を持つ長女のティアラが口にする謎の言葉はメイドたちが広めていた。ぷんすことはこの世界への憤りを表すらしい。アルテイルがぷんすこをすると侍女が困った顔をして、メイドへ伝えた。すると母親が休憩時間を作り、ソファで隣に座らせてくれる。そして母は額の魔法器官に触れないように頭を撫でてくれた。
アルテイルはなぜ自分の額に他の人とは違うモノが付いているのか尋ねた。母はティアラのおかげよと答える。
アルテイルは自分は普通の方が良かったが、それを言うと母を困らせてしまうので口にはしなかった。
アルテイルには魔法の才があった。母や兄と違って。
アルテイルにとってそれは望んだものではなかった。母は魔法がなくても仕事をしているし、兄も東の地を治める領主になると聞いた。アルテイルは魔法の才能が無ければ兄のように仕事の手伝いで一緒にいられると思っていた。
オルバスタのオルビリア砦はシビアン山脈の強力な魔物が降りてきた時に対処できるように作られた。そのため魔法が使える男児が跡を継ぐ。アルテイルは決められた将来が面白くなかった。まだ幼い少年は自身が恵まれた環境にいることを知らない。
アルテイルは勉強時間を盗んで外へ遊びに出た。アルテイルには秘密の友達がいる。骨だけで動いているメイドだ。長女ティアラが生み出したとされている骨助である。アルテイルは秘密だと思っていたが、別に秘密でもなんでもなかった。アルテイルの遊び相手をすることが今の骨助の仕事になっていた。
アルテイルは骨助に電撃の魔法を放った。隠れて遊んでいるつもりだが、電撃の爆音で周囲にはバレバレである。人に向かって攻撃魔法を放つとはお尻ぺんぺんな遊びだが、骨助は骨なので問題はなかった。
骨助は電撃を食らって平然としながら、電撃魔法で髪の毛が逆立ったアルテイルにピシピシと骨拍手をした。アルテイルは「へへへ」と鼻を掻いた。
「みんなはまだこんなに魔法が使えることは知らない。おれ達の秘密だからね!」
みんな知っている。
一般的に子どもの頃から魔法を使うことは、体の成長阻害があったり、魔力臓器に負荷がかかるために止められている。だが額に魔法器官を持つアルテイルはある程度魔法を放つことが必要と思われていた。長女のティアラも髪から常時虹色の魔力を垂れ流しているのに、魔力を溜め込んでお太りになられたことがあった。アルテイルも溜め込むと同じように額の魔法器官が大きくなると思われていた。
アルテイルの後ろからぺちぺちぺちと貧弱な拍手が聞こえ、アルテイルは振り返った。
そう、拍手の主は姫ちゃんの愛称を持つ長女のティアラであった。
「すごいすごい」
ティアラは素直に関心して拍手をしたのだが、アルテイルは「なんですか」とぶっきらぼうに返した。
「しゅてあは。しゅてあはどう」
「なんですかそれは」
ティアラは手を上げて振り下ろしながら骨助に向かって「魔力弾射出」と唱えた。こぶし大の魔力弾が骨助に放たれ、骨助は大きくよろめいた。
ティアラはふふんと薄い胸を張った。虹色の髪がふわふわっとたなびく。
「魔法学校で習う」
「基礎魔法ですか」
「うむ。じゃが基礎が重要なのじゃよ」
なぜ重要なのかティアラは知らなかったが、おじいちゃん教師が言ってた気がするのでそれを真似た。実際は戦闘では何も役立たなかったことは知っている。
「今から練習すれば魔法学校で自慢できる」
アルテイルは目を輝かせた。魔法学校でこぶし大の魔力弾を放ち、大人から一目置かれる光景が頭に浮かんでいる。
「姉さま。おれも魔法学校に行きたい」
「行けるさ。パパは甘いからね」
アルテイルは父とあまり会ったことがなかった。父は長男と仕事にかかりきりで、遠い存在で、言えば会えるものだと思っていなかった。
「魔法学校のこと教えて」
「いいよ。私が行ったところは街に魔道具がいっぱいで……」
ティアラは髪の毛を椅子にして座って語り始めた。アルテイルも骨助を椅子にして話を聞いた。
北の空から錆色飛竜が襲ってきたクライマックスが終わり、アルテイルはハッと離れの屋敷を見た。かなりの時間を姉のティアラと話していて焦る。
「おれ、ティアラ姉さまと会っちゃいけないって言われてたんだ」
「え!? なんで!?」
言われてみればティアラも弟アルテイルくんと会えないなぁと思っていた。今日は空は明るいのに近くで雷音がして「なにごと?」と様子を見に来てたまたま会ったのであった。
「変なこと教えるからって」
「むっ」
ティアラはぷんすこした。誰だそんなこと言ったのは。不敬罪だ。ママだった。ママかぁ。それじゃしょうがないな。
ママはティアラの起こした適当な商売をまとめてフロレンシアコーポレーションとして財源をまとめている。ティアラはママに頭が上がらないのだ。
アルテイルは姉ティアラにバイバイをして家へ駆けた。
目標ができたアルテイルは目も額も輝いていた。




