222話:美少女の筋トレ配信なら需要が高いはず
秋も深まるが木々の葉はまだ青々としている。今年は暖冬になりそうだ。そもそもベイリア帝国の冬は本来は意外とそんなに寒くないらしい。緯度が高くても暖流の風がどうのこうののあれだ。それとは別に日光を遮るネコラルの霧を私が晴らしたのもある。魔力は日光によって分解される。つまり、魔力の霧は日光を遮るのだ。
私はおじいちゃん博士の邸宅であったかぬくぬくしている。元来私は猫タイプの引きこもりだ。それになるべく外に出るなと言われている。ナスナスは過保護だ。私が苦情を入れると彼は「お前が外を歩くと問題が10倍に増える」と言ってきた。なんということだ。こう見えて私は鈍感ではないので黙ってこくりと頷いた。タルト兄様にも同じことをよく言われるので自覚はしている。
なので大人しく家でにゃんじろうと戯れていたのに、にゃんじろうは突然動きをピタリと止めて壁の一点を見つめた。この行動、猫は幽霊を見ていると言われている。そこには若干透けて見えるぷにぷに女神がいた。面倒事を起こすなと言われて何もしてないのに女神来ちゃった。
「暇なのじゃ」
暇だからって軽い理由で顕現すんな。お月見の日に聖女を介してお告げをするとか細かく条件あったはずだろ。設定無視すんな。
銀髪赤眼の色白女神は庭を指さした。
「ここにはアンテナがあるじゃろ」
アンテナ……。世界樹のことか。世界樹は月からの魔力を地上に還元している。なるほど、アンテナか。
「何かお告げがあるとかじゃないの」
「あることはあるのじゃ」
女神様はにゃんじろうの頭を撫でようと手を伸ばした。にゃんじろうは女神の指にがぶぅと被り付いた。ホログラムのような半透明な女神の指がちぎれた。にゃんじろうは指をごくりと飲み込み、べろりと口の周りを舐めた。
「てぃるちーチャンネルの同接が減っておる」
しらんがな。私はにゃんじろうを抱きかかえて女神ティルなんとかをしっしと追い払った。にゃんじろうは私の指をがぶぅと噛んだ。
ホログラム女神は構わずごろりとソファに寝転んだ。
「日常回もいいのじゃがのう。それも続くとダレるじゃろ?」
ふむ? ふむ……。
あ! こいつ私の生活をライブ配信してやがるな!?
私は『この世界は女神の劇場だ』という言葉を思い出した。くそ、なぜ今まで気づかなかった。女神の因子を持った天使というぷにぷに幼女シリーズの存在。それは女神の端末であり、ライブカメラであった。それがこの世界の真相。そういうことだな!?
「うむ」
合ってた……。合ってるんかい……。だとするとトゥルーマンショーしてた私に「視聴率悪いから面白いことして」と急にネタバレしに来たんかい。
あのさあ。そういうのは私が月に着いて女神を倒すってところで明かすものでしょ?
「そんなつもりないじゃろ?」
ないけど……。私はちょっと変な美少女ライフを満喫しているので女神様に逆らう理由は何一つない。いや、私生活を勝手に配信されているというプライバシー皆無なのは逆らう理由になるかもしれん。
それで、ぷにぷに美少女の私生活ライブしてる目的は何よ。私の生活観ててもそんな楽しくないだろ。だから直々に運営クレーム入ったんだった。面白くしろと言われても、そう意識させられるとねえ?
きゅるん。私はかわいこぶった。
「銀河42種族は暇を持て余しておっての」
待って。なんか思ったよりスケールでかすぎな話が漏れ出てきた。それ聞かされて面白い反応できる自信ない。驚きよりも困惑が先にくるわ。
つまりあれか。女神が強い兵士を求めてるのもその暇つぶしのためなのか。
「うむ」
合ってた……。合ってるんかい……。私は勘が良すぎたようだ。同じく勘が良いにゃんじろうは私の腕の中からさっさと逃げ出し、猫砂トイレの中で尻尾を立ててうんちをぷりりとひねり出していた。私がそれを観ているということは、宇宙規模でにゃんじろうのうんちシーンがライブされているということだ。そして暇を持て余した宇宙人がそれを観て楽しんでいる。楽しめるか。猫のうんちだぞ。
「チャット欄は盛り上がっておる」
盛り上がってるかぁ。宇宙人の感性はわからん。
待てよ……。私はゾッとした。私は美少女だからうんちしないが、もしうんちするタイプの美少女だったら、美少女うんちシーンが宇宙配信されてたというわけか。なんてことだ。いや、だからこそその規制のために私はうんちしないのか。納得した。
「違うのじゃ」
合ってない……。合ってないんかい……。じゃあ私が食べたものどこいってるの……。認めたくないが、本来は美少女だってうんちする。というより万物はエネルギーを取り出したら廃棄物が生まれる。それに例外はない。つまり宇宙とはうんちなのだ。
「うんちの話はやめんかのう……」
それもそうだ。なんで女神が降臨してうんちの話をしてるんだ。恥をしれ。
「わちに言うな」
ソファに寝転んだホログラム女神はのそりと体を起こして脚を組んだ。丈の短いワンピースの裾から白いおぱんつがちら見えした。こ、こいつできる……! 今の女神おぱんつでいいねが1万回くらい押されたはずだ。
私はノーおぱんつなので同じことはできない。規制が入ってしまう。私は家の中ではフリーおぱんつ派なのだ。そもそも女性の下着文化は近代に入ってからだ。中世異世界ファンタジーでおぱんつ穿いてるのは大人の事情である。
「にゅにゅちゃーん。どなたと話しているの?」
同級生侍女ソルティアちゃんがひょこっと顔を出した。そしてざっざと砂をかくにゃんじろうを見て「あら、大きいのが」と呟いた。
「女神が降臨してるんだけど、お茶出せる?」
ソルティアちゃんは「はて」と頬に人差し指を当てた。ホログラム女神は私の前から消えていた。夢? 幻覚? 女神がいると聞いたソルティアちゃんは両手の指を合わせてお祈りした。それが普通の反応か。
「それでなんとおっしゃっていたのです?」
「だらだら生活するなと」
それを聞いたソルティアちゃんはうんうんと頷いた。
いや、今は自宅待機守ってるだけだからね? 褒めてほしいところである。
「家でも運動はできますよ~」
山育ちで狩人なソルティアちゃんは体を動かしていないと落ち着かないタイプだ。お腹がすっきりして運動会を始めた子翼ライオンのにゃんじろうの背中を、ソルティアちゃんは追いかけ始めた。
私も小さい頃は、今も小さいが、筋トレをして体を鍛えていた。しかしそれは長く続かず、体はすっかりなまってしまった。たまには髪の毛を使わずに体を動かすか。よっこいせっと。
ぞくり。私はソファから立ち上がるのですらおっさんのようになってしまった事実に驚愕した。私の体はそんなにも衰えて……?
んにっんにっ。私の脚は二回のスクワットでぷるぷるした。私はうんちをしない代わりにお腹に魔法結晶を溜め込む体質なので、見た目以上の重量級美少女だ。しかしそれにしても、私の筋肉はサボりすぎてもうだめだ。
「筋トレがんばる」
私はソルティアちゃんに宣言した。こういう決意は口に出すのが重要だ。私は床に仰向けになって腹筋を始めた。んにっんにっ。やる気を出したせいか意外といける。軽い軽い。
そう思っていたのに「ずるはダメですよ~」とソルティアちゃんに指摘された。か、髪の毛が無意識に体を持ち上げていたじゃと……?
私は年甲斐もなく泣いた。かくなる上はもう髪の毛を切るしかない。床を引きずるような超ロング虹色つるつるヘアは私のアイデンティティであるが、このままでは二足歩行もできなくなってしまう。しかし私の髪の毛は強靭で、ハサミが負けるのであった。
「にゅにゅちゃん。筋肉は裏切らないよ!」
そうだ。筋肉は裏切らない。だがその筋肉がない。マッスルメモリーを信じるしかない。取り戻せ筋肉を。取り戻せ視聴者を。美少女の筋トレ配信なら需要が高いはず。んにっんにっ。私はランジ(足を踏み出して腰を沈める運動)をしながら、スレンダータイプのソルティアちゃんのモデル映えする太ももを凝視した。むろん、ワンピースドレスを着ているソルティアちゃんの太ももがそのまま見えるわけではない。私は心の目で見ている。私は教皇テアから学んだ。人は光が見えなくとも魔力は見える。開眼。今の私にはスカートが透けて見えている。
だがその精度は低い。違法赤外線カメラレベルだ。くそっ。世界が、宇宙が求めているのはこんな透け感ではない! もっと……もっとだ!
ソルティアちゃんの応援する声が聴こえる。
「がんばれ♡ がんばれ♡」
だめだ。それはえっちすぎる。私は集中力が途切れて倒れた。




