221話:無軌道日常ダブルデート回
作中魔蒼炭と蒼石炭の表記揺れがあることに気づきましたが、同じものです。
不精(不肖ではない)、私は教祖エイジス様の意志を継ぎ、月の女神ティルミリシアを討つこととなった。その打ち合わせを始めようとしたら妹シリアナが「まだー?」と扉から顔を覗かせてきたので、空気を変えるために外へ出かけることにした。つまりデートである。そう、そもそも皇女テアはアナンニの町の観光に置いていかれたので拗ねて、ベイリア首都リンディロンへの私と手を繋いで世界樹テレポートに付いてきたのだ。
私と皇女とシリアナとナスナスのダブルデートである。私が真ん中で左に皇女、右にシリアナで手を繋がれいる。ナスナスは後ろから私たちの一人で付いてくるぼっちである。ざまあ。ロリックス叔父はナスナスの氷の檻が直撃したので自宅待機だ。
「リンディロンの空は常に曇っていると聞いておりましたが、噂とは違うものですね」
本日は晴天なり。先日私が魔蒼炭の霧を魔力霧散させたのできれいな青空である。そんな青空に向けて街中ではカァンカァンと甲高い金属音を響かせ、煙突から可燃性ガスの碧い蒸気を放出している。
ベイリアの国から地方まで繋がる鉄道網が敷かれたため、首都リンディロンの大通りはますます混沌としていた。今エイジス歴1704年の秋だから、初めて来た時から3年半経った。変わったところと言えば、馬車が減りネコラル車が増えていた。一般富裕層にも普及してきたのだろう。そのせいですごくやかましい。人々は魔蒼炭の灰を被らないように深く幅広の帽子を被り、帽子のリボンの先を耳に差し込んでいる。リンディロンで流行中の耳栓付き帽子だ。ネコラル騒音のために耳栓をしているので、行き交う人たちがぶつかりまくる。それが当然になりすぎてぶつかっても誰も気にならない。スリに取っちゃ天国な街だ。
そんなところへ高貴なぷにぷに美少女ズが三人並んで歩いていくことはできない。二人とも「迷子になりそうだから」と手を離さないので縦列にもなれない。土地勘がない皇女ちゃんはともかく、私より大人びてしまった妹シリアナも迷子の心配だなんて、まだまだ子どものようだ。
しょうがない。私は後ろから保護者のように見守るナスナスを呼びつけ、私たちの前を進むように言いつけた。ナスナスは渋々と私の前に立つ。すると流氷が割れるように三人が横に並んで歩ける道が空いた。さすが顰め面軍人パワーである。しかしナスナスが前に立ったせいでナスナスの尻しか見えない。まあそもそも人混みの中では周囲は見えないか。
しょうがない。私は左右の腰に髪の毛を回して抱え、髪の毛を使ってナスナスの肩へしゅるりとよじ登った。ナスナスは重みで潰れた。
「何をしている」
「ロータ帝国の狼人の軍人は平気だったのに、鍛え方が足りなくない?」
「何を言っている」
潰れてしまったナスナスへ「大丈夫ですか、軍人さん」とゆるふわカールの少女が手を差し伸べた。その腕から魔術師の証である墨が入っていた。
もちろんナスナスはそんな少女の手を取るような迂闊なことはしない。代わりに私がその手を取り、耳打ちした。
「お前、隣のティンクス帝国のスパイだろ」
デジャヴすぎる光景に私は一目で見抜いた。
少女はひゅーひゅー口笛を吹き、足をもつれさせつつ人混みの中へ逃げていった。スパイメイドテーナの後釜もポンコツそうだ。
急に現れた新しいポンコツのことはさておいといて。このままでは人波にさらわれて迷子になりそうなので、急ぎ近くのカフェに退避した。こんな都会のカフェだ。時代的に煙草の煙がもくもくもっくりしていてもおかしくないが、誰も煙草を吸っている者はいない。子どもに優しい世界。しかし煙なんか街中ネコラル排気がもくもくもっくりしてるから、そちらを吸いまくり肺が冒されまくりなのだが。魔力排出障害を持っているママンが首都に来たらすぐに倒れるだろうな。魔蒼炭は燃やすと
魔力阻害の魔黒炭 ( ネクラタル ) になるが、真鍮で衝撃を与えることで発生した碧い蒸気は魔力を含んでいる。
大人用の高めの椅子に「んしょ」と皇女テアはよじ登るように座った。かわいい。少女体型あるあるである。とはいえ、ぷにぷにズにしては皇女は背は高い。ちんちくりんすぎる私は髪の毛を動かして椅子を引き、すたっと座った。
座ったところで疲れが急に出てきた。人混みに酔ったのもある。私の体は激甘コーヒーを求めていた。子どもみたいなオーダーだが、見た目子どもなので問題ない。ちょっと背伸びでコーヒーを頼んだものの、甘くしないと飲めない幼女にしか見えないだろう。だがこの際、体裁は気にしない。ミルクも砂糖もどばどば入れちゃう。――こうして激甘カフェラテは『姫ちゃんスタイル』と呼ばれるようになった。
疲れた上に甘い物に夢中になった私は、妹シリアナと皇女テアの会話に「うんうん」言うだけのぷにぷにになった。こんなところで意識を切らすわけにはいかない。しかし私に高血糖からのインスリン分泌の眠気が襲いかかる。うとうとこっくり。頭の中に光が溢れ出す……。
危ない! また脳内ロアーネに体を乗っ取られるところであった。
「ララ聞いてる?」
「寝てた」
家族の妹シリアナに嘘付いてもバレバレなので私は正直に答えた。で、何の話?
「結婚式にテアちゃんを呼ぼうよって話」
うーん……本人はいいの? いいのか……。教皇づかい荒くない? ナスナスはどう思う? 私はまるで他人事のような顔で妹シリアナの隣に座っている、当事者のナスナスに尋ねた。
「叶うならば、自分は良いと思う」
なんか奥歯にレモンの皮が挟まったような言い方してるのは、皇女に配慮しているのだろう。自分たちの結婚式に今日会ったばかりの皇女を呼ぶ。ありえんだろう。むしろナスナスなら丁重に断ると思っていた。
「本当ならばロアーネ様を呼ぶべきだが、月に召されたしな」
それを聞いた皇女テアは私の腕をつんつんした。違うから。私ロアーネ違うから。
ナスナスは政治的な話をしているのだろう。シリアナとの結婚も政略結婚だしな。ベイリア南部がごっそり独立しないようにするための婚約だ。精霊姫教とか作り出してますます独自文化になってきたしな。ああ、それでエイジス教の教皇を呼んだ方が良いと……。つまり私が混乱の元のわけだ。いや違う、精霊姫教とか作り出したロアーネが悪い。今の世の中の混乱はだいたいロアーネが悪い。ロアーネ株大暴落。
ナスナスは続けた。
「先のことはわからない。今、そういう話をしたという事実を公言して良いと許してくださることがありがたい」
つまり、女の子同士キャッキャでやり取りを政治に使おうというわけだ。汚いナスナス汚い。いけすかない。そんなこと考えてるからしかめ面なんだぞ。眉間のしわが取れなくなるぞ。
突然来店したこの喫茶店は当然貸し切りではない。私たちの会話も耳を潜めれば聞こえているだろう。普段ならば女の子同士の会話を盗み聞きするなんてサイテーと思うところだが、今だけは許す。教皇が後押ししてるという風な噂が流れれば、二人の婚約を邪魔すると考えるような者は消え去るだろう。
どんどん聞き耳を立てて噂を流すといいぞ。そう考えていたのに、私たちの会話を打ち消すかのように、店内でギャーギャー騒ぐ一団がいた。やかましいな何してんだ? 私は髪の毛をにゅっと伸ばして高い位置から騒音の席の方を盗み見た。ふむ、戦争トレーディングカードゲームをしていらっしゃる。我が社フロレンシアCO製品のお客様じゃ叱れないな。
他の席を覗いていたら店員さんに「お客様、店内で魔法を使わないでください」と叱られてしまった。魔法じゃないもん。髪の毛伸ばしただけだもん。
「何事でしょう。喧嘩でしょうか」
教皇ちゃんは頬に手を当てておっとりと尋ねた。私は答えに奥歯にレモンの皮が挟まった。ううむ答えづらい。うちのゲーマーが「擲弾兵で殴る!」とか店内で叫んで迷惑をかけている。しかし店員も注意しないのはどういうことかね。私はうにょんと髪の毛を伸ばして高い位置から店内を様子見た。
なんか戦争トレーディングカードゲーム売ってるな……。
つまりこの店はデュエルスペースのある喫茶店であった。遮音の魔道具を使っていないのも、これも店内の活気として許しているのだろう。いや許してなかった。さすがに騒ぎすぎて店員も注意に行ったわ。それが普通だよな。
ついでにさっきのスパテーナの後釜も店内でコソコソしてるのも見かけた。私たちの会話が聞き取りにくいのか眉間にしわが寄っている。しかたない。私はちょいちょいと手招きして私たちの席へ呼びつけた。ぱっと笑顔を見せて椅子に座ったままスライドしてきた。
「名は?」
「テリーヌと申します」
なんか美味そうな名だな。テーナの後釜の偽名がテリーヌっていうのも雑だな。なんか突っ込むのも面倒なので私はこくりと頷いた。
魔術師の紋を墨を腕に入れてる怪しい少女をチラ見して、ナスナスは顔をしかめた。
私は構わず、髪の毛数本の先をオーディオケーブルのように捻り、テリーヌの頭に突き刺した。有線接続をして『エイジス教教皇は精霊姫の妹の婚約を祝福している』と伝えた。テリーヌの頭の上にピコンと電球が跳ね、「美味しそうなクッキーね!」と私の皿の上のクッキーを一枚手に取り、そそくさと去っていった。
突然クッキーを奪っていった謎の少女に、妹シリアナは「なにあの子」とぷんすこした。私もクッキーを奪われてぷんすこした。
話が逸れた。なんだっけ。カードゲームの話だ。いや違う。違くもない。皇女がキラキラした瞳で戦争カードゲームの最新弾拡張パックを見ていた。いや彼女は盲目だ、光は見えてはいない。だが魔力は見える。つまり……。
私は皇女テアが見つめていたパックを購入し、彼女にプレゼントした。彼女はわあと喜んだ。彼女はそれを何だか理解していない。ただ魔力を感じたのだろう。中に入っているのは希少なFOILカード。私がカードにうにゅっと魔力を注入して魔法結晶化した物が混じっているのだろう。
彼女は「ベイリアでは街中で魔法結晶が売られているのですね。不思議です」と言った。うむ。不思議だね。
パックをサーチ(未開封高額レア特定)された。FOIL入りパックは生産工場が違うため、比較すると他と微細な点で異なる。しかしそれは詳細に比較すると気付けるレベルなので、まだインターネットがないこの世界ではサーチングは広まっていない。だが気付ける人は気づいているだろう。実際ナスナスも手にすることもなく「他と違うな」と呟いた。くそっ。なぜ誰も気づかなかった。気づいていたが、高度な魔法が使える貴族優遇と思い、指摘しなかったのかもしれない。そう考えるのが当然の世界だ。なんてこった。私は魔力を感じることが苦手だ。常に自ら漏れ出しているからな。前世チキューの新造された鉄がX線検査されているため放射線測定器に使えないのと同じだ。違うかもしれない。とにかく、魔力スキャン防止が必要だ。サーチングなんて許さん!
私はナプキンに、『魔力スキャン防止にパックに魔黒炭を利用』とメモをした。
……で、何の話だっけ?
「ペットの翼ライオンがアナをかばって小さくなった話」
そうだっけ? 女子の会話は無軌道で、少し耳を離すと話題が変わっていた。特に妹シリアナは新しいお友達に夢中で最近の出来事を私を絡めてあれやこれやと口にしている。
そんな妹シリアナはドレスの胸元に手を突っ込んだと思うと、にゅぽっと子猫になったにゃんこを取り出した。え? 連れ歩いてたの? どこに入ってたのそれ?
「見てー。にゃんじろーっていうの」
妹シリアナに抱えられぷらーんとなったにゃんじろうを、教皇テアがかわいいかわいいと頭を撫でた。うむ。女の子と猫っていいよね。私も手を伸ばした。がぶぅ。なんで噛むの?




