22話:テリカルタリ
なんだか寒い日が続く。雪がちらつくことも多く、なんだか一瞬で秋が終わってしまった感じだ。
そして今日はパパとお忍び街デートの日だ。私はもこもこのコートを羽織る。もうどう見ても旅芸人の連れている娘ではない。こんなものを着ているのは、大商家の娘かお姫様くらいだろう。そしてお姫様と答えた人は大当たりである。しかしそれを口に出す人はいない。前世の史実からすると、そんなことはとっくに周知の事実だからである。もはや「あ、今日も諸侯様の演奏会やってるね」くらいの日常会話レベルである。
いつものように私は帽子を持ってちょこちょことおひねりを受け取って回っていたら、その中の一人の男から腕を突然掴まれた。そして男はバチィと発光し、身体をピンと伸ばしたまま仰向けでばたりと石畳に倒れた。
ち、ちが……私なにもしてなっ……!
心臓がばくんばくん鳴っている。死んでないよね? 後頭部思いっきり打ってそうだけど。
パパは私に抱きつき、コートの中に忍ばせた短剣を引き抜いた。この光景、なんだかパパが私を人質にした誘拐犯みたいじゃない?
人垣が後退り、そして割れる。その間から衛兵が駆けつけてきた。
どう見ても悪者はパパである。しかし衛兵はパパに敬礼をした。うん。みんなにバレてるからね。パパが疑われるようなことはないね。
感電したかのように失神してる男を縄でぐるぐる巻きにされていった。その時に、男の袖が少しめくれ、手首に入れ墨が入っているのが見えた。入れ墨は罪人の証だ。それとこの世界はもう一つ意味がある。後天的に魔法が使えるように施されたマジスタンだ。
パパはマジスタンをあぶり出すために私を囮として連れてギター演奏していたのかと一瞬考えたが、それはないだろう。パパはそんなことはしないし、男が倒れる瞬間に動揺を見せていたからだ。事前に予測していたならば、迅速に捕らえていたはずだ。
さてそうなるとこれはどういうことか。
パパの近衛兵と衛兵が広場に集結し、広場が重々しい雰囲気となってきた。空もどんよりと鉛色で、私の虹色に輝く髪もなんだか薄暗い。
不穏な空気から、活気のある広場から人けが消えていく。
なんだか寂しいので、一人ぽつんと残された私は、パパのギターを担いだ。でかい。
ぺろんぽろん。ふむ。だいたい前世のギターと同じだな。
「てぃんこーてぃんこーりーとすたー」
指がぷにぷにすぎて弦が押さえられん! 手がちっこくてEコード届きゃん!
酷い演奏でThe Starを歌った。
そしたら意外と人が集まってきた。マジスタンの男は衛兵に担がれていったようだ。混乱が治まってきた。
注目を浴びてるけど、これしか弾けないんだよなぁ。三つのコードだけで初めてでも弾けるということで教えてもらったのを覚えていただけなので。
なのでパパにギターを返した。簡単なので私が弾いていた曲をパパは一回で覚えたようだ。若干アレンジしながら、きらきら星を弾き始めた。
「はうあーわんだーわっちゅーあー」
それに合わせて私も歌う。
だけどこれ英語だから何言ってるかわからないな。
なんか演奏は続いてるし、異世界語で歌ってみるか?
「テリステラ テリステラ テリカルタリ タラマスラフリスダ
バルカルラエンテダ ラヌメリカアステラ
テリステラ テリステラ テリカルタリ リアポルロクルネス」
どやっ。
即興で翻訳とかできんかった。なのでこの前教えてもらったエイジス教教典の一節を借りた。
おかしいな……。盛り上がると思ったらしーんとなってしまった。しかもみんな跪き、両手の指を合わせる祈りのポーズを取っていた。おかしいな……。
宮殿に帰ってロアーネに聴かせたら「素晴らしい賛美歌ですね!」と言われてしまった。ち、ちが……私そんなつもりじゃ……。
さて。
マジスタンが突然倒れたのは、何か魔法で私に害を為そうとしたのであろう。久々のカウンター魔法発動である。魔法と言っても、魔力をそのままぶつける脳筋魔法だが。
お忍びのお姫様が狙われたのだから大事になるかと思ったが、私の耳に入らないので静かに処理されたらしい。それよりもむしろ私の即興の歌の方が大きな話題になってしまった。し、知らないもん……。
なぜ私がマジスタンに狙われたのか。これは想像だが、誘拐して人質に取ろうとしたのではないだろうか。最終的な目標は男の娘リルフィことリーンアリフだろう。
こんなことがあったので、私とパパのお忍びデートはこれっきりになってしまった。
とはいえ、要因はこれだけではない。冬がきたのだ。
寒い寒いと思ったら、今年は冬が来るのが早かった。
盛大に雪が降ったのだ。
魔法のある世界でも雪は人類の敵だった。ファンタジーのように火の魔法で雪が消えるような事はない。雪は空気を含んだ氷だから断熱が高い上に、溶けたら水の膜ができる。火炎放射したところで全く溶けないのだ。水魔法ももちろんダメだし、土魔法は論外だ。土魔法は良さそうに思えるのだが、雪は大地から月の光を遮り魔力が通らなくなる。さらに雪は魔力を吸収し放出拡散するという。
なので、のんきな幼女ズ以外の全国民が雪に嘆いているのだった。
だって雪かきにしてもシャベルが鉄製の時代だぜ?
「雪巨人つくるー!」
雪はもうまとめて端に除けておくのが正解だ。そういうわけで私たちは裏庭でころころ転がし雪玉を大きく成長させていく。主に侍女の力で。
防水加工なんてないので、手足がクソみたいに冷えてくる。リアに泣きついて手足を温めてもらう。ほかりんこ。これはもう一家に一台ではない。ドライヤーメイドは一人一台の時代がくるだろう。
ちなみに裏庭の畑はとうに更地に戻されている。だって土作りなんてしていない、掘り返しただけのなんちゃって畑だったのだから。
「てりすてらーてりすてらーてりかるたりー」
いつの間にかエイジス教の新しい賛美歌がシリアナに伝わっていた。シリアナは歌いながら侍女と共に雪玉を転がし終え、ふひーと額の汗を拭った。
雪玉をみんなで持ち上げ、三つ重ねて雪巨人だ。
雪巨人は花の神を潰してしまった魔物だ。雪巨人は悲しみの涙で溶け、花の神は復活する。
雪巨人を作り、春の到来を祈る。
「あー! ポアポアきた! ぽあぽあー!」
雪に混じって白い毛玉がふわふわと飛んでいる。前世でいうケサランパサランのような魔物だ。
雪が放出した魔力によって生まれた生物。綿を丸めたような形にうさぎのしっぽのようなものがちょこんとついている。そして風に乗ってぽあぽあと浮かんでいるのだ。
「ぽあぽあ待てー!」
ポアポアを追いかけ、ポアポア狩りが始まった。
ポアポアは悪さをするような魔物ではないが、潰すと魔力の光が辺りに散らばるのだ。ゆえに、ポアポアを沢山潰すと春が早く訪れると言われている。かわいそうだが仕方がない。
だけど、子どもたちに簡単に捕まるほどポアポアはのろまではなかった。手で掴もうとすると、するりとすり抜け飛び上がってしまうのだ。
「魔法使うのは無しだかんな!」
タルト兄様が枝を剣にしポアポアを追いかける。
シリアナは飛び上がったポアポアに向かってぴょんぴょんと跳ねている。
リルフィは侍女と一緒に挟み込むようにポアポアに迫っている。
子どもは元気じゃのう。
「お嬢様は追いかけないのですか?」
「んむー」
ポアポアはどう見ても気流に乗って動いているから、追いかけ回しても捕まえられる気がしないんだよなぁ。最初から勝てないゲームはやる気が起きないのだ。
「あら?」
「ぬ?」
リアが私の頭に指さして、何やらくすくすと笑っている。なんか帽子を被った頭の上がもぞもぞする。もしかしてポアポアが乗ってる?
ふうむなるほど。追いかければ逃げるのだから、動かなければ乗ってくることもあるか。
私の頭に乗っているポアポアを見て、タルト兄様は駆け寄ってきて、木の棒を振り下ろした。まじか。
「ちょわっ!」
体術やっててよかった。私は半身でそれを回避した。
「ちっ。仕留めそこなった!」
それって私のことじゃないよね!? ポアポアのことだよね!?
タルト兄様は「ティアラも来い!」と私の手を掴んで引っ張り、子どもたち四人でポアポアを挟み込む作戦を立てた。だが、タルト騎士団の成果はいまいちであった。
※英語詩The Starの著作権の保護期間は過ぎています。