218話:おうちかえう
アナンニ紛争は文字通り全て水に流された。結局のところ問題の根底は、私への不信感である。最近私の周りに起こる面倒事は全てこれだ。なので力を見せれば恭順する。魔法を超越した力、それはこの世界では奇跡と言う。
ウニの実が根を伸ばし早くも細木となった。その広場に並ぶ、私たちぷにぷにズの前で神官、狼人、マフィアが集った。一陣の風が吹き、私の質素なスカートの裾がぺろりとめくれた。私のつるつるがあらわとなる。安心してください。葉っぱ付いてますよ。そして彼らは平伏した。なんで?
教皇ちゃんがぷんすこした。そうだ教皇ちゃんは教皇なんだった。そりゃひれ伏すわ。しかし軍服狼人は許していいと思う。彼らの狙いは竜姫リズだった。竜姫リズは例えるならVTOL。大英的なウンブリトン竜王国だけに。魔法使いは兵器に等しい。そりゃ軍人も出てくる。
「ゆるす」
赦された。私は教皇ちゃんに赦された軍服狼人の体をよじ登った。そして肩に座る。
「な……なぜ?」
軍服狼人は困惑した。
なぜ……。なぜってそりゃあ。なんだろう? 私の中の幼女が勝手に登った。きっとおそらく熊人の肩に乗った記憶が私のオリジン幼女に影響を及ぼしたのだろう。
「なぜって、幼女だから」
それを聞いたノノンは、自らの黒ドレスをパンパンと叩いて埃を落としながら「なるほど」と頷き、私の隣の軍服狼人の体をよじ登った。きゃっきゃ。
しかし竜姫リズは致命的な一言を発した。
「もう幼女という歳ではないんじゃない?」
ガガーン。私はショックで髪がソフトクリームのようになった。
確かに私は13歳。この秋が過ぎ半年もしたら14歳だ。もう体がむちむちになってもいい歳だ。現に妹シリアナはすでに見た目は大人のレディーになっている。しかし私はいっこうに幼女だ。まさかぷにぷに幼女ズは成長しないのか。女神もぷにぷにだし。
私とノノンは狼人に乗ってるっぱるっぱとアナンニの街を観光した。アナンニは一言でいうと知らないおっさんをあちこちに飾っている田舎町である。田舎具合は私が小さい頃のオルバスタに似ていて少し懐かしい。
嵐による大水はすっかりと消えていた。水に流された物を片付ける人たちは頭に「?」を浮かべていた。嵐の雨は魔法で作られた水ではなく、魔法の水だったのだ。ややこしい。魔法学校半年課程卒業の知識では触りしか学ばなかった。さわさわ。水が細かくなって霧状になると蒸発しやすいように、魔法の水も魔素に戻りやすい。そういうことである。妹シリアナの水魔法も、大量の水としてまとめておかないとすぐ霧散するものであった。これは水魔法の特性というより、おそらく私の魔力を使った魔法の特性だと思われる。つまり、魔力による水という形状変化の固定が維持されず、魔力が漏れ出し、しゃぼん玉が割れるように消えるのじゃ。
軍服狼人の上から手を振ってかわいさアピール外交で愛想を振りまきながら街を進むと、屋台の群れが現れた。
「アイスクリームだ!」
私はアイスクリームの屋台を見つけ、んにんにと髪の毛で軍服狼人を誘導した。この世界には魔法がある。氷魔法の使い手はそこそこ貴重で商家で重宝される。しかし冷気魔法だと少し使い勝手が悪くなる。だが物を冷やす特性を活かし、観光地にはこの屋台のようにアイスクリーム屋がいる。
「レモンジェラート4つ!」
「食べすぎ」
何言ってんだ。今ここに何人いると思ってる。私の中にはオリジナル幼女と、ロアーネと、女神がいる。合わせて4人分だ。
「すぱぱっ」
レモーネなジェラートに、私とノノンの口はむにゅうになった。むにゅうとはむにゅうといった口である。
アイスクリーム頭痛を恐れてぺろぺろと食べている間に、4つのうち2つがノノンに取られた。
屋台のおばちゃんが、私たちを見守る軍服狼人に話しかけた。
「めんこい子らねえ。軍人さんの子かい?」
「要人だ。失礼のないように」
幼児の要人だ。用事はない。ようじょよろしく。
ジェラート両手にぽってぽってと幼女は征く。それにしても人が少ない。みんな窓から外を様子見て困惑している。そりゃそうか。突然街が戦火となり、嵐が来た。そりゃ逃げ帰る。突然静かになった。そりゃ様子見る。そしたらぷにぷにがぺろぺろして歩いているのだ。わけがわからないだろう。お姉さんが「何があったのですか?」と窓越しに恐る恐る尋ねてきた。私は「教皇が解決した。 月の女神のご加護よ」と両手のアイスを重ねた。お姉さんは「まあ教皇様が」と納得したようだ。私はうむうむと頷く。
2つ目のジェラートをぺろる。
細い路地に入ると、錆び猫が民家の裏口のひさしの上からにゃおんと挨拶をした。私は猫に手を伸ばすと逃げた。ねこーねこー。私は猫を追いかけた。しゅばっ。今の私は猫よりも早い。髪の毛を触手のようにわしゃしゃしゃと動かして捕まえた。
「きっしょ!」
きしょくないもん。ドン引きするノノンの隣で軍服狼人も「蜘蛛の魔物!?」と叫んだ。いつもの反応だ。
それよりも。巻き付けた髪の毛の中で「ぎゅええ」とこの世の終わりのような鳴き声をする猫をなでなでした。なんかこの猫、脚が八本ある。蜘蛛の魔物やんけ!
「きっしょ!」
私はすぐさま遠くへぽいっちょした。なにあれ!?
「ミャグナであります」
ミャグナってなんだ。説明によると猫と蜘蛛を合わせたような魔物らしい。まんまじゃん。どうやら軍服狼人の反応からして街に普通にいる魔物のようだ。まあ田舎街にはままあるよね。そういうのも。
あれじゃあ蜘蛛の魔物っていう反応はやっぱ私へ向けた反応じゃん。
「猫蜘蛛は益獣ですからね」
猫は鼠などの害獣を獲り、蜘蛛は害虫を獲る。確かに猫と蜘蛛が合わさったら最強生物かもしれん。脚が八本あるくらいなら許せるかわいさかも。いやでも複眼はきもいな。
ところで私は猫を見て、何か大事なことを忘れてるような気がしたんだ。どう思う、ノノン。
「ん。お菓子に釣られて連れてきただけだからわからないけど」
それだ!
流れで一晩泊まって観光してたけど、元々カキフライ食べに来ただけだった。無断外泊でまた叱られちゃう。急いで帰らなきゃ。
私たちが教皇ちゃんのところへ戻ると、教皇ちゃんは両手を腰に当ててぷんすこしてた。「二人だけで観光してずるい」とのことだ。いやぁ教皇テアが一緒にいるとのんきな観光にならないんじゃないかなと周囲の状況を見て思う。住民が集まって「ありがたや~」と拝んでいた。
私が「おうちかえう」と伝えると教皇テアはやだやだとわがままを言った。しょうがないにゃあ。じゃあ一緒に来る?
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「ということで、一緒に来た」
「その場の流れで教皇を連れてくるな」
私はベイリア首都リンディロンのおじいちゃん博士の家にて、いけすか義弟予定ナスナスにべちんと氷弾の魔法をぶつけられた。私の自動防御障壁魔法によってバチンと氷は霧散しキラキラと散って、床を濡らした。
良い勢いでウニの木が成長してたので試してみたら転移できたのだ。おそらく私と教皇テアの魔力相性が良かったのだろう。未来の嫁候補に入れることにする。
「いや、私のママになってくれるかもしれない」
「なんの話だ?」
呆れるいけすかナスナスの隣から、妹シリアナがぷんすこしながら子翼ライオンにゃんこを抱いて駆け寄ってきた。
「もーララったら。急にいなくなるから軍を緊急総動員して捜索してたんだからね!」
おおそれは迷惑かけたなハハハ。迷惑かけすぎだった。なんかサイレンが鳴り響いてたり外が騒がしいと思った。
ポンペンチンポーン。魔導拡声器が街に鳴り響く。
『迷子のぉ。まいごのぉ。お子様はぁ。おこさまぁ。無事ぃ。ぶじぃ。見つかりましたぁ。みつかりましたぁ』
お子様ちゃうわ。もうレディーだわ。お股に貼り付いてた葉っぱが剥がれてぺろりと落ちた。ただいまんごー!




