216話:邪神
――私の中のロアーネが偽物であると思った根拠はまだある。私たち、女神の因子を持った天使ちゃんシリーズは女神の姿に似ている。女神は銀髪ぷにぷに幼女だ。それゆえ天使ちゃんシリーズはみんな色素が薄い。黒髪のノノンは例外であるが……モノトーンという意味では同じようなもんだろう。
しかし暫定偽ロアーネは濃い茶色の髪であった。ごく普通なのだ。天使ちゃんシリーズがごく普通なわけがない。そうだろう? しかしぐうたら気質であった。やっぱ私たちと同類だったかも。
アナンニ町のエイジス教会の広間の扉がバァンと開け放たれ、みな声を止めそちらに目を向けた。
私も振り返る。そこには逆光の中に立つ、狼男たち……つまり獣人の男たちがぞろぞろと教会へ勝手に入ってきていた。男たちはいわゆる軍服を着ていた。天然毛皮の上に。
マフィアの話の説明がないまま次の展開になりやがった。
「我が国で好き勝手しちょるようじゃのう、トカゲ」
モフモフでムキムキな腕を組みながら、大量の勲章を胸に付けた狼人の一人が天井を見上げた。その視線の先の天井に張り付いていた竜姫リズは、くるりと空中で一回転して翼を広げて着地した。竜姫リズがガンを飛ばして火花が飛んだ。強烈な閃光を放ち目が眩む。どうやら竜姫リズが放った魔法の一撃を、狼人がパンチを放って相殺したらしい。狼人の拳から煙が立っている。
竜姫リズが「ガァ」と吠え、狼人が「ガゥ」と吠える。音がぶつかり音爆弾を食らった私は、後ろ向きにひっくり返って二回転したあとノノンのケツにぶつかった。
「このままだと崩れる」
ズブズブと床に黒魔法で沼を作って逃げようとするノノンを、私は腕を掴んでにゅるんと引っ張り上げた。
「なに」
「放っておいていいのアレ」
トカゲと狼が戦闘種族頂上決戦を始めた中、教皇ちゃんはあわあわしていた。とりあえず状況の解説が欲しい。しかし頼れる者は誰もいなかった。現実には冷静に状況を判断し、解説を始める人物などいないのだ。
私に死刑判決した白いイカのおっさんが、私と教皇ちゃんの間に立った。
「かつて。ロータ国は狼人に育てられた王によって興された」
待って。今ロータ国の歴史はいらない。あと美少女の間におっさんは入りこまないで。それは罪である。私は髪の毛でイカのおっさんを掴んで狼人たちへ向けてぽいっちょした。それを見た教皇ちゃんは「はわー!?」した。
「どうするつもり?」
尋ねてきたノノンに私は「策はある」と答えた。場が混沌とした時は爆発させとけばなんとかなる。よしやれ。
「誰が?」
ノノンがそう答えた瞬間、竜姫リズと狼人の間に爆発が起きた。私はひっくり返ってゴロゴロと転がり、同じく転げた黒娘ノノンと教皇テアの間に挟まって止まった。美少女サンドイン美少女。もう一人ぷにぷにが重なったら消滅する。
「逃げよう」
同意。私はノノンと一緒に床にできた沼に沈み、教皇テアの手を掴んで引きずりこんだ。そして黒い空間の中を泳いで進むが、見えない壁に頭をゴンとぶつけ、そのまま床に転げ落ちた。ここは、私たちが先ほど捕まっていた牢屋だ。
「にゅにゅが漏らしたからセーブポイントになってた」
なんだそれ。いやそれよりも。今の発言の隅々までツッコんで問いただしたいところだが、教皇テアちゃんが始めての沼魔法で酔ってしまったようだ。教皇ちゃんはおえっぷしていた。私はそっと背中をさすった。わかるよ。辛いよね。でも吐き気は我慢するほど我慢できなくなるのだ。私は唾を吐きまくるように言った。できれば口を開き、溢れ出る唾液を垂れ流すほど、出し尽くしたほうがいい。人は嘔吐する前に胃酸から口を守るために大量の唾液が出る。唾液を出し尽くして波を超えれば嘔吐感も薄まるのだ。女の子が涎を垂れ流すのはちょっとえっちだ。
「うああ……魔素がぐりゅぐりゅしてりゅう…」
教皇テアは光が見えない代わりに魔力を見ていると言っていた。沼移動の魔法空間の中が魔力がやばいことになっていたのだろう。私には何も見えない黒い空間でしかないのが不思議である。
「落ち着いてきました。ありがとうございます。あなたは二つのロアーネです」
教皇ちゃんが意味不明なことを言っている。まだ混乱しているようだ。
「伝えておかなければなりません。どちらのロアーネも力も本物なのです」
教皇ちゃんは焦って何かを私に伝えようとしている。しかし焦りすぎて何が言いたいのかわからない。かっこを付けて(もちろんご存知でしょうが……)の部分も解説してくれないとわからない。こういう時に限って脳内ネタバレロアーネは出てこないし。
「あなたは奇跡の存在。それはついに成されました。ご存知でしょうが、それはすでに世界に知られ、あなたは全てから狙われております」
知らなかったそんなの……。いや違う。今気になってるのは二つのロアーネの方だ。
「深層へ参りましょう」
知りたいのは真相なんだが。
「ふふ。すでにお気づきでしょうが、ここがアナンニのダンジョンです。さあ行きましょう!」
吐き気が収まった教皇ちゃんはるんるんで先頭を歩き出した。どうしよう。わち、どこから誰から何を聞いたらいいかわからなくなってきたのじゃ。
ノノンも鼻をつまんで後ろを付いてきた。
「ねえノノン。二つのロアーネってなに?」
「ん。交わることのないロアーネ。血と継承。ノノンたちと女神と似ている」
不思議ちゃんキャラやめろ。わかるように話せ。私はイラだってノノンのほっぺたをつまんでむにゅんと引き伸ばした。ぷにぷにである。
まあいい。こういうものは先に進めばわかるものだ。一旦全て忘れてワクワクのダンジョン探索へ行こうじゃないか。しかし私は昔の話を思い出すこととなった。ダンジョン探索なんて面白いものではないと。アナンニのダンジョンは先へ進めどただの暗い坑道のようで、魔黒炭が床も壁も天井もこびりついていた。臭いに敏感なノノンはおええと吐いた。
「なんか……酷いね」
「はい。これが魔法結晶を取り尽くしたダンジョンの成れの果てです」
なるほどね。世界樹が枯れるとダンジョンになる。世界樹の根が消えた後にすっぽりと空間ができるのだ。そこはまだ魔力に満ちていて、魔法結晶ができる。そして盗窟者はダンジョンを汚す。
「そしてエイジス様が予言した未来の世界のすがたが――」
やっとちょっと気になる話になってきたと思ったら、教皇ちゃんが「はわーっ」と言いながらすべんとこけた。ど、ドジっ子属性じゃと……!
「申し訳ありません。ここは少し見づらいもので」
それって盲目ギャグ? ではないらしい。魔黒炭は魔力を通さない暗黒物質。ゆえに魔力探知ではダンジョンの中は真っ暗。お先真っ暗。未来も真っ暗。え? 重い話?
「これは誰にも知られてはいけない話。エイジス様は月の女神を討とうとお考えでした」
知られちゃいけない話を聞いちゃったけど。
「そして貴女が女神を目指すと聞き、思わず興奮してしまいました」
そんなこと言ったっけ……。勘違いが加速している。
「大丈夫です。ここなら月の女神の目も届きません。貴女がここに来たいとおっしゃった時、全てを察しました」
見えとるのじゃが。脳内ロアーネボックスの隙間からにゅるんと月の女神が生えてきた。待って、どういうこと!? バックアップしといたのじゃ。バックアップというかバックドアだろ。私の脳内をハッキングすんな。
「月の女神と会話をされたエイジス様はこうおっしゃったのです。『月の女神は人間が苦しむ姿を楽しんでいる』と」
うーん、邪神じゃねえか。私は脳内女神のぷにぷにほっぺをむにょーんと引っ張った。ご、語弊があるのじゃ! うるせえ! 私は邪神を滅ぼすことにした。
「月の女神は『夜を照らす慈愛の神』と言われていますが違うのです! そう広めたのは我々エイジス教ではあるのですが……それは世に混乱をもたらさぬためでした。しかし実のところ、世界樹が枯れ、人々を争わせようとしているのも月の女神の思惑なのです!」
どうなの? 私は脳内ぷにぷに女神に聞いてみた。まあそういうとこもあるかもしれんのう。自白しやがった。やはり邪神だった。私はぷにぷに邪神を箱の中に押し込めて、バックドアに鍵を閉めた。ふうやれやれ。振り返ったところで私の眼の前は真っ暗になった。脳内で私は何かに箱の中に押し込められて、蓋を閉じられたようだ。
私の意識は途切れた。




