215話:判決。死刑
床に倒れた私のドレススカートを、ノノンはがばっとめくり上げた。
「にゅにゅ、大変。お腹に穴が」
ノノンが私のおへそを指でくちゅくちゅした。あっあっ。ぴゅるっ。私はすっきり出し切った。拳銃の音にビビって完全に漏らした。
拳銃は確かに私に向けられ、そして弾は発射された。しかし痛みはない。弾は外れたのか。いや、丸い鉛の弾丸は石の床にぶつかり、溝の中でキュルルンと音を立てて独楽のように回転していた。
前に立つ竜姫リズは人型のままながら竜の尻尾が生えていた。どうやら尻尾で弾丸を叩き落としたらしい。
その先の男は、拳銃の撃鉄に指をかけた。リボルバー式だ。
瞬間、竜姫リズは「ゥガッ!」と吠えた。拳銃の爆発音よりでかい音が反響し、私の耳はキーンとなった。私の隣で今度はノノンがひっくり返った。
男は口撃で吹っ飛び、全身を壁に打ち付け、白目を向いた。膝を折って床に倒れ、がしゃりと拳銃が転がる。
「あっあっあっ」
ノノンが珍しく羞恥で顔を手を当て赤くした。体を震わせている。漏らしたな。ふっお漏らし初心者が。お漏らし上級者の私はノノンに手を伸ばして、ぽんぽんとお腹を叩いて励ました。
「さて」
竜姫の爬虫類な刃のような瞳孔が暗闇の廊下の奥を見据える。足音が響いてくる。しかも複数人。敵か味方か。
現れたのは、教皇アンシェンテアだ。
「無事で良かったです」
教皇ちゃんは私たちの様子を見てにこりと微笑んでみせた。白か黒か、どっちだ?
少なくとも、私とノノンのドレスは無事ではない。
教皇ちゃんの連れが気絶した拳銃男を拘束し、もう一人は鍵を取り出し、ガチャガチャと錠を開けた。
それでそのマフィアみたいな男はなんなんだ。私の思考を読み取ったのか竜姫リズが答えた。
「マフィアよ」
マフィアだった。
牢が開けられた。やれやれ助かった。私は聖職者の男二人に両脇から持ち上げられた。ふむ。くるしゅうない。
「ティアラ・フロレンシア確保ォ!」
「確保ォ!」
ぷらーん。私は宇宙人グレイのように両腕を捕まれ、宙に浮かされた。なんで?
さてはて。宇宙人として捕まった私は、シスターたちに体を清められ、質素な白い服に着替えさせられた。本当に質素だ。生地の質が悪い、ガサガサだ。つるつる卵お肌にダメージ受けちゃう。
そして私は再び両脇を固められ、講堂へ連れられた。ノノンとリズは別室だ。彼女らが暴れていないということは、この状況に問題はないということだろう。そろそろお昼寝の時間なのでベッドに潜り込みたいところである。
講堂の中心の壇上に私は立たされた。エイジス教の教徒たちが私を取り囲んでいる。正面には教皇アンシェンテアが椅子に座っており、隣にイカみたいな偉そうなおっさんが立っていた。
白いイカみたいなおっさんは「異端審問を始める」と言った。
「判決。死刑」
死刑!? コメディ番組の早さであった。さもありなん。異端の疑いをかけられた時点で詰みなのであった。罪だけに。
動揺しながら話の流れと単語を捉えていくに、どうやら私は教皇ちゃんを誑かしたらしい。つまり精霊姫教なるものを勝手に作り、教皇に改宗に迫ったと言う。精霊姫教作ったのは、あんたらの元教皇のロアーネなのじゃが?
しかし私に発言は許されていない。私は立ちながら眠くなり、ふらりと体の力が抜け、膝が崩れた。うとうと。すやぁ。
なんだか面倒くさくなってきた。結局私を襲ってきたマフィアはなんだったのかわからんし。裏でこいつらと何のやり取りがあったのだろうか。もしこれが物語だったら途中で解説編が挟まるはずだが、なんだか端折られたまま異端審問編始まってるし。わけわからんし。
寝転んで天井を見上げたら、竜姫リズが張り付いていた。ビクン! 驚かせるなよ。彼女があそこで張ってるということは、何があっても私は助かるということだ。もはや緊張感も皆無である。――竜姫リズは怪物だ。イギリス……じゃなかったウンブリトン竜王国の暴力兵器。彼女は私と同じように世界樹を復活させるほどの力を持つにも関わらず、その役目をせずに、本国では扱いきれず半ば追放のように私に世界樹を復活させるために付きまとっている。ん? なんか今ちょっとおかしいことを言ったな?
私が目を開けると、天井の竜姫リズと目が合った。
「あいつ、私を頼る必要なくね?」
いつから私は騙されていた? 竜姫リズは自らを溶岩の精霊だと言った。溶岩は混ざるモノではない。全てを呑み込むモノ。つまり彼女の本質は調和とはほど遠い場所にある。
まだ教皇ちゃんはどの立場でそこにいるのかわからない。しかし私はこのままではマズイと感じた。竜と烏賊が争うのは勝手だが、私を巻き込まないでほしい。
私はおもむろに立ち上がった。すごいおもむろだ。なぜなら私は髪の毛を操れる。床に仰向けに寝た状態から、ぴょいんと跳ねるように立ち上がることができるのだ。その人間にはできない動きに、私を取り囲む聖職者たちは動揺した。どうよ?
「おなかすいた」
私は馬鹿を演じることにした。なぜなら状況を把握しない馬鹿の幼女はかわいい。かわいいなら無罪だ。かわいいからゆるしてー。
私は髪の毛をしならせて、反動でぴょいんと教皇テアへ向かって跳んだ。そして飛翔魔法で背中に擬似の翼を生やし、滑空する。数あるロアーネの二つ名の中の一つの”光翼”。この魔法は彼女の得意魔法の一つだ。私の中にロアーネが寄生してから、彼女の魔法が使えるようになっていた。私は魔法が一切使えないからこの点だけは感謝している。
私は拳を握り、魔力を込める。魔力を込め、何かに変換しようとする。魔力はショートし、大気中に放魔した。空気は魔力抵抗値が高い。なので無理やり魔力を通そうとすると発光する。雷と同じだ。魔力が光を放ち、私は発光した。ピカーン。光のティアラ。目潰しである。
私は翼で滑空し、髪の毛で教皇ちゃんを捕まえた。そのまま少し飛び、人垣を抜け、すたりと降り立った。
「ぽまえら動くな。教皇は捕まえた!」
「捕まっちゃいました。抵抗はしてはいけません」
教皇ちゃんは私に誑かされていたようだ。素直に私に捕まり、みんなに動かないように命令した。ううむ。この様子だとどうやら私の仲間だったようだ。信じてたよ。
「今の光翼。それこそ精霊姫こそ真のロアーネの証。疑うことは私が許しません」
真のロアーネって。偽もいるのか。そうか。偽物と疑われていたわけだな。私は話の流れが読めた。話の流れが読めたので、ふふんと胸を反らせた。頭の中のロアーネが箱の隙間からにゅるんと溢れてピカーンと輝いた。お前は引っ込んでろ。
足元の影からノノンがにゅるんと生えてきた。お前は、まあいいや。
「宗派は違えど、月の女神の下に違いありません。世界の危機はロアーネの手に委ねられているのです」
だからロアーネってなんなんだよ。と昔から思っていた。しかし少しわかった気がする。救世主的な意味なのではないだろうか。精霊姫ってなんなんだよと言われたらぷにぷに幼女としか答えられないような、そういう概念的なもの。メタバースみたいな。なんだよメタバースって。
でもうちにいたロアーネってぐうたらシスターだったんだよな。救世主って感じじゃない。やっぱあいつ偽物なんじゃね。
私がぼーっとしてる間に、教皇ちゃんの演説は終わったらしい。私に急に一言求められる状況になっていた。私はこくりと頷いた。
「ロアーネは偽物だ」
再び場は騒然となった。
私の中のロアーネは偽物だ。私の結論はこうだ。ポアーネとなり私の中に入り込んだロアーネは偽物だ。だってあいつの光翼みたことないし。それがロアーネの証明というなら、見たこと無いから本物じゃなくグレーだし。そもそも私はロアーネに寄生される前から滑空魔法は使えたのだ。ロアーネ関係なかった。また、ロアーネが救世主というなら、それっぽいことしてなかったし。平民にも魔術を使えるように広めたが、その結果はテロリストを生み出しただけだし。私の体を乗っ取ろうと企んでたし。ろくなことしてねえなあいつ。




