210話:預言の石版
イタリア語、じゃなかったローター語は巻き舌が多い。暇を持て余した私はリズ竜姫からローター語講座を受けていた。
「うにゅにゅ」
舌が短い私はどうしてもにゅにゅってしまう。そう言い訳したが巻き舌は舌の長さは関係なく、舌の筋肉のせいと言われた。しかしできないものはできないのだ。
「それがローター語のうんちの意味」
「なんで最初に教える言葉がそれなの?」
クソガキなの?
とりあえず、私がローター語を喋らなくても困ってはいない。上流階級の方々は多言語を話せることが普通らしく、私がベイリア語しか話せないうにゅうにゅ幼女だとわかると、それに対応してくれるからだ。そして聞き取りの方は竜姫に有線接続すれば翻訳が得られるので困ってはいない。
まずそもそも、ローター語はベイリア語と大きく違っていなかった。しいて言えば、ベイリア語とティンクス語を合わせた感じのようだ。どちらかというと、ローター語が派生して伝わったに違いない。だってエイジス教の総本山だし。そもそも、エイジス宗教語として伝わる古語のクルネス語に近いので、それでなんとなく会話は伝わった。つまりのじゃロリなのじゃ。
それはさておき、私たちは観光に出かけた。観光に出かけるとみんなローター語である。私は話せない。悲しい。私はにゅにゅり続けた。
屋台飯で謎の肉を売っていた。直訳すると「海の肉」と書かれていた。とても怪しい。食べてみたらすごくしょっぱくて硬かった。お嬢様向けじゃない。塩分摂取の労働者向けの味。なんだろう。鯨肉かな?
そして街中の観光スポットの広場。そこにそびえ立つ巨大な黒い石版。これがディルエンガラムだと言う。なにこれ。
「月の女神様が地上に伝えた預言を書き記したもの、と伝わっております」
ガイド役を買って出たおっぱいメイド、マルタアナさんが教えてくれた。
その言い方だと確かではないのか。どれどれ?
「わからん」
今に伝わるクルネス語よりさらに近い古代語のようだ。魔法語のラヌ語も混じっている感じがする。これを解読するのはロマンを感じる。ローマンじゃなくてロータンか。そんなことは良いとして。
「ふむふむなるほど」
「世界はこうして作られた」
うむうむと唸る私とノノンに「読めるの?」と竜姫が尋ねてきた。私とノノンは当然「わからん」と答えた。
その間におっぱいメイドお姉さんが、「ローターの神秘の石版! ディルエンガラムの全て」という冊子を持ってきた。それを開くと色んな言葉の翻訳が書かれていた。うーむ。解読済……。そこに浪漫はなかった。
ええと、なになに?
「この惑星はチキューの複製である」
私は冊子をぱたりと閉じて、その場に座って頭を抱えた。そんな予感はしてたけど! そんな言葉残すなや!
「これ、最初の一文知ってる」
「有名」
ノノンと竜姫が歌うように冒頭を読み上げた。
「でもこのチキューってわからないわ」
「原初の世界のこと」
「月の女神の住む月の国とは違うの?」
「原初の世界は太陽の中にある」
「それがあなたの国の、正フロイン教会の教えだっけ」
「ん。だから月の女神より太陽神フロインの方が上」
「むっ」
私をよそに、ノノンと竜姫がバチバチと視線から魔力を飛ばした。それから発する火花のような精体が、うずくまる私の髪に降ってはパチンと跳ねる。
「待って、精霊姫の様子がおかしい」
「なになに? もしかしてチキューのこと知ってる感じ?」
ちょっと待って。落ち着かせて。次を読んでから考える。
「チキューはダンジョンに呑み込まれた」
私は地面に頭を打ち付けた。あー! あー!
「どうしたの? 頭大丈夫?」
「精霊姫は狂った。世界の終わり」
そうだよ終わってたんだよ! チキューは終わってたらしい。
そもそもである。この世界のダンジョンがダンジョンという言葉で存在しているのが、何かおかしいと薄々感じていた。
あーあーしてる間にも、竜姫とノノンの会話が聞こえてくる。
「この部分は有名?」
「ん……、多くは原初の世界は滅びたと訳されてるはず」
「私もそれで習った。これが原文だったのね。一文目を合わせると、原初の世界が壊れたので月の女神はこの世界を作られた、だったっけ」
石文は直訳よりも意味を伝えるための意訳されて広まっていたようだ。言われてみれば、神話として習った覚えがぼんやりとある。
正気を取り戻した私はよろよろと立ち上がった。
「ああ、だからあちこちで世界樹が枯れて世界が滅びると騒いでるのか」
「しっ。それ機密事項」
「んもー。お漏らし精霊姫はすぐお漏らしするー」
おっぱいメイドお姉さんマルタアナさんは「しーっ」としていた。良かった。この人はすでに知ってる教会側の人だった。
……しかし、この文何か変だな? なんだ?
「ん? 待てよ。なんでチキューにダンジョンがあるんだ?」
「チキューにダンジョンないの?」
竜姫はきょとんとして尋ねた。ノノンも首を傾げる。
「月の女神が間違いを言う?」
「あるいは、書き残した人が間違えたとか」
「ありえる」
何しろ大昔の話だ。チキューが何のことかわからないまま伝わっているし、本当のことはもう誰もわからない……。いやわかるのいるな。おーいロアーネ。私は脳内ロアーネボックスをバンバンと叩いた。ロアーネはふわわと伸びをして「それエイジス様の言葉も混じってますよ」と答えて眠りに付いた。いやちょっと待て。ここで余計に混乱させる情報混ぜんな。
「一旦落ち着こう」
一旦落ち着いて、先を読み進めてみた。しかし先ほどと違って衝撃的な展開はなかった。聖書にもある内容だ。魔力は月から送られてくるとか、それを世界樹が受け取っているとか。火薬が人類を苦しめるなんてことも書かれていた。
なんとなくこれはチキューからの転生者であるエイジス様の言葉な気がする。そう、そして私はエイジス様のことを私と同じ転生者ではないかと予感していた。私と同じくぷれいやーと月の女神に言われた預言者だから。そしてダンジョンという言葉と、先ほどの二文からして確信する。
この世界、ゲームだろ。
私は右手に魔力を込めて突き出した。
「すてーたすおーぷん!」
きらーん。しかし何も起こらなかった。やっぱ何も出ないかー。ゲームじゃなかった。
「なにしてんの?」
「ててーらすぷぷん!」
ノノンが私の真似をした。真似すんな。てか、そんな舌っ足らずの発声してないし。してない。してないよね?
「私はこの世界の謎を完全に理解した」
「なんと」
「気になる聞かせて」
ノノンと竜姫は目をキラキラさせた。おっぱいメイドお姉さんもしれっとした顔をしながらぐっと耳を近づけた。近い近い。
「この世界は月の女神の遊び場だ」
月の女神は私に、この世界を楽しめと言った。つまり、そういうことなのだろう。
「それ、ここに書かれてる」
「え?」
「ここ、ここ」
ノノンの指差した一文には「この世界は月の女神の劇場だ」と書かれていた。
「ちょ、ちょっと違うもん!」
「大体一緒」
「私もそう思う。これって人には役割が与えられているから精一杯生きなさいっていう言葉でしょ」
ぐぬぬ……。ちあう、ちあうもん……。あのぷにぷに幼女女神は絶対もっと適当だもん。
「だって私は直々に役割とかないって言われたもん!」
「役割、ある。世界樹復活」
「はやく龍王国に来て世界樹作ってー」
くそー、こいつら。やったる。やったるわい!
「もうここでいいよね!」
「いや、よくないでしょー」
「もっと考えて」
うるちゃいうるちゃい!
私は立入禁止のロープを髪の毛でぴょいっと跨ぎ、警備員の静止を無視して、黒く巨大な預言の石版に手を添えた。
すると、私の魔力がびゅるると吸われ始めた。こいつ、生きて――!? 負けるか! 魔力の奔流が私を中心に渦を巻く。
ぐっ! しかしここで邪魔が入った。ノノンの黒い魔力が預言の石版を挟んでぶつかる。こっこいつ……!
「一人で目立つのは許さない」
なんて身勝手な! このままでは私の魔力が先に尽きてしまう。もはや太ももに流れる尿もちょろちょろだ。
「加勢するわ」
竜姫、お前もか!
しかし竜姫は私とノノンの魔力の間に挟まった。そして顔を快楽に歪める。やっぱこいつが一番やべえ!
私の虹色キラキラ魔力と、ノノンの黒色ヤミヤミ魔力が竜姫を中心に混ざり合う。竜姫が「ヴォオオオッ!」と叫びながら興奮のあまり竜化した。
もうなんなのこれ。私はおっぱいメイドお姉さんから水筒を受け取り、水分補給した。
ただでさえ騒ぎとなっていた広場が竜でパニック状態となり、ノノンが闇魔法で竜化リズを地面に落とした。ナイスノノン。
「しばらくあのまま沈めておく」
「ところでアレってなんなの? すごい勢いで魔力吸われたんだけど」
「どっちのこと?」
どっちも。
私たちの魔力を受けて、預言の石版はマーブル模様のキラキラ魔法結晶化して、さらににょきにょきと黒い棘を生やしていた。




