209話:精霊姫教は新たな光
更新日未定と言ったが、更新しないとは言ってないのじゃ!
私たちは豪奢な部屋で軟禁されることになった。部屋の中に美人メイドさんとシスターがずらりと並ぶ。血筋なのか、顔や髪に南の大陸や東南アジア系の雰囲気が混じっている気がする。
部屋から出る時にはメイドさんを引き連れていかなくてはならず、窓には鉄格子などはない。逃げる積もりなら簡単に逃げられる。だがこれは罠だ。恐ろしいことに三食昼寝デザート付きの待遇だ。逃げられるわけがない。
部屋のテーブルに前菜が運ばれてきた。私たちぷにぷに幼女三人衆はスプーンを手にちんちんと鳴らしながらテーブルを囲む。
お米だ! お米のサラダだ!
「お米って野菜扱いなんだね」
「蛆虫みたい」
「ぶちころすぞ」
私はノノンに魔力を飛ばした。殺意を込めた殺人魔法だ、触れたら肉はえぐられ骨を溶かす。そのような意志を込めた。ノノンは魔力をぺちんとスプーンで跳ね返した。跳ね返した魔力は竜姫のおでこにぺちんと当たる。
「あいたっ」
「ノノンのせいじゃない。こいつが悪い」
「私のせいじゃない。避けないのが悪い」
ノノンはこくりとうなずき、「避けないのが悪い」と繰り返した。お前じゃお前。
ノノンがスプーンを振ったせいで、お米が撒き散らされた。メイドさんは床に落ちたそれを拾い集めて片付け掃除する。
「要するにだ。なぜこんなことになっているのか、だ」
私はいまだに状況を理解できないままでいた。
「はむはむほむほむ」
ノノンは口にパンを詰め込んだ状態で喋った。
「もむんぐんむもも」
竜姫は口に肉を詰め込んだ状態で喋った。
私はこくりとうなずいた。
こいつらとは会話にならん。こいつらというか主にノノンだ。私はノノンをじっと見つめた。ノノンはこくりとうなずいた。
「時期にわかる」
ほら。こういった感じではぐらかす。
そもそもすでにこいつはクッキーに釣られて私を闇魔法で呼んだことはバレてるんだ。つまり突然来た私たちに、教会は対応できていないのだろう。
なんだそういうことか。答えは出てた。のんびりしよう。
イタリアと言ったら海の幸。生牡蠣食おうぜ生牡蠣! かーき! かーき! クソガキ共がコールする。
メイドさんの中の筆頭お世話係となった、おっぱいさんが「騒がないの」とやんわりと叱って私を手を取った。この子、絶対私に気がある。
「牡蠣はまだ美味しい時期には少し早いですよ」
じゃあタコだ! たーこ! たーこ!
「蛸はもう美味しい時期が少し過ぎてますよ」
解せぬ。なんと半端な時期に呼んだんだこの漆黒ぷにぷには。
「蛸なんか食べるかこのタコー」
「悪魔の吸盤! 蛸女!」
なんだと!? 私はノノンと竜姫を髪の毛でぐるぐるにして締め上げた。ぎゅっ。ぐったりするノノンとうっとりする竜姫を、ぽいとベッドへ投げ捨てた。
「たこ焼きが! たこ焼きが食べたい!」
お米を食べたことで私の日本料理への抑えきれぬ欲が漏れ出してしまった。
そんなわけでレシピをさらさらっと書いて提出する。
小麦粉とだし汁と丸い穴で油で焼いて、中に茹でた蛸を切ったものを入れて、ころんとして、ソースをかける。完璧な記述である。青のりと鰹節の指示は妥協した。
そして出来上がったのはこちらです。うーん、どこかで見た既視感。エスカルゴ焼き?
見た目はあまり球になっていないこと以外は悪くない。蛸足のぶつ切りが大きくて盛大にはみ出てる主張は個性的だ。青のりの代わりに葉っぱが乗っており、その上にお米が乗っていた。私がお米を気に入ったからといって妙なアレンジ入れやがって。
実食。
ふむ。ちょっと出汁の味としょっぱさが足りないが、意外とありだなと思う。初めてでここまでやるとは。シェフを褒めてやってくれ。しかし米を乗っけるのはちょっと違う。
私はもぐもぐと食べ進めたが、ノノンと竜姫はフォークではみ出た蛸足をつんつんしていた。
「ゲテモノ食い」
「同族食い」
だから私の髪の毛は触手じゃないんだわ。私は髪の毛をうねうねさせた。
「別にいいけど。食べないなら私が食べるけど」
私はノノンの分をフォークでぶっ刺しひょいパクした。ノノンはそれをぐぬぬと見つめた。
「あげるとは言ってない」
「食べないんでしょ?」
「食べないとは言ってない」
食べたくないけど私に取られるのは嫌らしい。
今度は竜姫の分をひょいパクした。竜姫はそれをぐぬぬと見つめた。
「美味そうに食べられると気になる」
「食べてみれば?」
「悪魔の触手……」
私は満点笑顔でもぐもぐするところを、竜姫の目の前で見せつけた。ふふん。こんな美味しいものを食べないとはもったいないなあ! ちょっと蛸がでかすぎて噛むのが大変だけど。
竜姫は目を閉じて口を開けた。なに? 食べさせろだと? しょうがないにゃあ。フォークでブスっと刺して竜姫の口の中にイタリアンたこ焼きを突っ込んだ。蛸の足が口からにょろりとはみ出る。やっぱでかすぎだよこれ。
「んー。もむんぐんむもも」
だから食ってから喋ろと。
ノノンの方はまだ蛸の触手をふぉーくでつんつこしていた。しかし竜姫が「んまー」と感想を漏らすと、意を決してたこ焼きを口にした。やはり蛸足が口からはみ出る。
「むう。んもはふほふんぐ」
だからよく噛んでから喋ろと。
感想は?
「蛸がでかい」
でしょうね。
よーし、たこ焼きの次はカキフライだ! かっきふっらい! かっきふっらい!
しかしその前に招集された。
夜に呼び出しを食らったのだ。そして部屋に偉そうな人がいた。
蛸坊主だ。蛸坊主がいる。蛸坊主がキンキラな触手みたいな服を着て、キンキラな杖を持っている。
私はひそひそとノノンに聞いた。
「あれ、蛸の亜人?」
ノノンはぶふぉっと吹き出した。きょとんとしている竜姫にノノンが耳打ちすると、竜姫もぶぴっと吹き出した。そして私は釣られて笑う。
きゃっきゃきゃっきゃ。
しかし幼女三人衆がげらげら笑っていると、蛸坊主さんは不機嫌になり顔を赤くして茹で蛸になってしまった。
「精霊姫教は異端である」
いきなり宣言されちまった。じゃあ話は終わりじゃん。帰って良い? これからカキフライパーティーの準備に向けて忙しいのだけども。
そしてなにやら長々と話し始めた。
「だが、この地の根源たる大樹を蘇らせるというならば、その罪を許そう」
ああ、つまりそういう話ね。ノノンはぐっと親指を立てた。私はこくりとうなずいた。
「お断りします」
めんどくさいし。それに蘇らせるなんて無理だし。
私は調子の悪い世界樹に無理やり魔力を吸い取られて、それで世界樹さんは元気を取り戻しただけなのだ。なんかその、すでに死んだ伝説の世界樹を蘇らせるとかそんな大層なことができるわけではない。
つまりここで私は異端者として確定した。
「月の女神ティルミリシア様に会ったと吹聴しているようだな。女神様が何をおっしゃられたか、答えよ」
「えっちなのはだめなのじゃー! と言われた」
あれは世界の危機と言わんばかりの勢いだった。おそらくはあれが一番伝えたかったことであろう。
しかし蛸坊主は苦虫を噛みしめるような顔をした。
「ふざけとるのか?」
「ふざけてないけど」
他に何言ってたっけ?
「ならば、どうやって月の女神様を呼び寄せた」
「月の女神なんていないんだろ出てこいやー! って言ったら来た」
すると今度は蛸坊主の顔が青くなった。
「なんたる、なんたる不敬なガキよ」
そう言って蛸坊主は天窓に向かって祈った。ちょうど満月が見える。この日を待っていたのか。
「でもお月見の日だから特別って言ってたから今呼んでもきっと来ないよ」
「ふん。お月見の意味は知っとるようじゃな」
知らんけど。月の女神にお願いする日でしょ? ああ、つまり交信できる日ってことか。
「そうだ。後は私のことをぷれいやーって言ってた」
私がそういうと、蛸坊主はがたたと椅子から立ち上がり、裾を踏んづけて床をごろごろと転がった。そして何事もなかったかのように立ち上がって咳をした。
「なぜそれを知っている」
「はて?」
「待てよ。確かロアーネ様と親しいと伝え聞いている。彼女はそんなことまで……いやしかし」
蛸坊主は顎に手を当ててうろうろし始めた。
「ならば、エイジス様がプレイヤーと言われたことも知っておるな?」
「知らんけど」
蛸坊主はずこーっとこけた。その触手みたいな服は止めたほうがいいと思う。
ノノンはひそひそと、「この人なに?」と私に耳打ちした。知るか。なんでここに呼んだお前が知らないんだ。私が聞きたいわ。
竜姫はひそひそと、「私、いる必要ある?」と私に耳打ちした。知るか寝てろ。いや、月の女神の依代になったんだからいるだろ。
「そうだ。ちなみにこちらが月の女神に身体を貸した聖女です」
「聖女のリズリズでーっす。よろぴく」
リズ竜姫聖女はピースしてきゃぴっとした。お前そんなキャラちゃうやろ。中身ギャルでも入ってんのか。
蛸坊主は腰を抜かしたのか、床を這いずってきて「詳しく」と迫ってきた。ホラーかよ。
「精霊姫教は……本物?」
どうやら蛸坊主は認識を改めたらしい。あとひと押しだ。地面に這いつくばっているのもかわいそうなので、髪の毛で持ち上げて立たせてあげた。ぷらーん。
「ロアーネは言っていた」
「な、なんと?」
「精霊姫教になるのです、とロアーネは言っていた」
そもそも精霊姫教を作ったのはロアーネだ。ペタンコの聖女のロアーネだ。それをペタンコが認めないのはおかしいのじゃ。
「うぐ、だがしかし……」
まだだめか。ならば月の女神様を降臨させようじゃないか。
「そ、そんなことが!?」
「できる。私には」
私は魔力の線を天窓の先の月へ向かって伸ばした。届いていないだろうが、アンテナにはなるだろう。そして私はリズ竜姫に宣言した。
「私にめっちゃえっちなことをしてくれ」
「え? いいの?」
言うが早いか、レズ竜姫は私に抱きついてキスをして舌を入れてきた。むぐぐ。私の舌が舌でぬるるっと絡み合う。私の舌は短い。私の口の中でされるがままだ。まだだめか。
さらにレズ竜姫は私の下腹部に手を伸ばした。らめぇ。そこ敏感なところ。おしっこでちゃうよぉ! レズ竜姫の魔力によって、私のお腹の中の魔法回路の魔力がかき回された。私の空へ伸ばした魔線がぴくぴくっと反応した。あと少しだ。
そしてレズ竜姫の手が私の肌を撫でながら太ももに伸びると、私の魔線にぷにぷに幼女型の魔力がぐにゅにゅと伝わってきた。来たか!
「えっちなのはだめなのじゃー!」
竜姫の身体が私の元からばちんと弾かれた。そして「なのじゃーなのじゃー」とエコーをかけながら月へ帰っていった。ばいばーい。
「ほら、ね?」
月の女神様の魔力体を間近に見た蛸坊主は口をあんぐりさせた。よし最後のとどめだ。私は蛸坊主に有線接続した。
「精霊姫教は新たな光……」
そうそう。
「精霊姫教は世界を救う……」
そこまでは言ってないけど。
「精霊姫教バンザイ」
あ、ちょっと洗脳しすぎたかも。
私とノノンと竜姫はこくりとうなずきあった。
怖くなったので蛸坊主をぽいと捨てて私たちは逃げ出した。
乗っ取った。




