207話:めちゃくちゃだね
にゃんじろーにゃんじろー。
子猫はかわいい。なんでこんなにかわいいんだろう。三人で絨毯に寝転んで子猫を見つめる。普通の子猫は新しい環境、新しい人に怯えるはずなのに、にゃんじろーは知らない部屋で活発に跳ね回り、抱っこされても爪を出さない良い子だった。もしかしたらにゃんこの頃の記憶が残っているのかもしれない。
ほーらにゃんじろーおいでー。がぶぅ。私が手を出すと指を噛まれた。ひぎゃあ!
子猫は顎の力はまだ弱いが、小さいゆえに牙は刺さり、甘噛みの力加減ができない。私の中指の真ん中に穴が空いた。
でも子猫はかわいいから許す。しかしシリアナには普通に甘えて噛みつかないのは解せぬ。
シリアナの膝の上のにゃん次郎をぐぬぬと見ていたら、竜姫が私の膝の上に乗ってきた。なに?
竜姫は額を私の胸元に擦り付けてきた。そして「にゃあん」と鳴く。媚びてもかわいくないけど。
そのまま私は絨毯に押し倒された。そして竜姫は私の首筋をぺろぺろし始める。どきっ。見た目はかわいいのに中身は残念なんだよなあ。ロアーネも、ノノンも、アイシアも、こいつも――あっ。私は気づいてしまった。月の女神の因子が濃そうなぷにぷに美少女シリーズはみんな残念娘ということを。もちろん私は除いて。つまり月の女神はぽんこつ残念娘……。
美少女三人かしまし娘。暇を持て余してごろごろしていたら、いけ好かナスナスから妹シリアナにラブレターが届いたようだ。
デートのお誘い? なになに? 私も来いって? どゆこと?
さて。何か怪しい建物に連れられたと思ったら、Uの字型の机にずらりとおじさん達が座る部屋へ入れられた。あらやだ。私たちどうなっちゃうの?
一番偉そうな席に座ったおじいさんが始めようと声を上げると、ナスナスが昨日の襲撃のことを話し始めた。なるほど。そういう会か。楽しくない感じね。
そこのメイドさん。甘いミルクティー二つ。ビスケット付きね。
ナスナスが語っている間、暇なので私とシリアナと竜姫はティータイムをした。ずずず。
そんな美少女ズにおじさんたちは怪訝そうな顔で見てきた。なんだよ。
ナスナスの話がおわり、議長おじいさんが私に尋ねた。
「それで今の話は本当ですか、精霊姫」
私はこくりとうなずいた。
「聞いてなかった」
「おい」
なんだよナスナス怒るなよ。そういうとこだぞ。幼女に難しい話はわからねえんだ。ほら、シリアナは半分目が閉じておねむだし、竜姫はそわそわしてもう帰ろうとしてるし。
おじさんの中の一人が「子どもの話は信じられん」と言い出した。ざわざわざわとそれに同調する者が増え始める。
議長がかぁんとハンマーを打ち鳴らし、「静粛に」と低い声で場を静めた。
「精霊姫の噂はこちらまで届いているが、どこまで本当のことだか真偽がわからないのだよ」
「ララは嘘付きじゃないもん」
シリアナが助け舟を出すが、議長の言いたいことはそういうことじゃない。それに私は結構嘘を付く。騙されてはいけないぞ妹よ。
「空飛ぶ魚の逆立ちな話にしか思えないのだよ、我々には」
どんな話が届いているのか聞いてみた。うむ。大体合っていた。
肥溜めが爆発してうんちまみれになった話は事実だが否定した。精霊姫伝には無かったことにする。
先ほどのいちゃもんを付けたのと同じおじさんが、「やはり子どもの話は信じられん」と言い出した。ざわざわざわとそれに同調する者が増え始める。
さもありなん。改めて第三者として聞いてみると、私の功績は嘘くさい。なんだよ、恐れられてる魔獣を倒したり、ものすごい栄養価の巨大作物を作ったり、通貨代わりになるカード作ったり、世界樹を作り出したり、ネコラル排煙問題を解決したり。
議長がかぁんとハンマーを打ち鳴らし、「静粛に」と低い声で場を静めた。
「とまあ、精霊姫が化け者を捕らえたという証明してほしくてな」
そういうことなら髪の毛で誰か殴りつければいいのだろうか。ナスナスでいい?
私が立ち上がる前に、シリアナが先に立ち上がった。
「ララは凄いんだもん! 月の女神様にも会ったんだもん!」
場がしぃんとなった。
そしてまたもややはり、いちゃもんおじさんが笑い始めた。「子どもの妄想にもはなはだしい」と言い出した。ざわざわざわとそれに同調する者が増え始める。
議長がかぁんとハンマーを打ち鳴らし、「静粛に」と低い声で場を静めた。
「いま話す議題ではないが、それは本当かね?」
「本当だもん!」
どうどう。シリアナ落ち着いて。
「月の女神と会ったというか、少しお話しただけだけど」
「嘘だ!」
またあのおじさんか。やれやれ。ヤジるのが仕事か。実際そうなのかもしれない。場を引っ掻き回すために?
結局話が反れて収拾が付かなくなって、その場は一旦お開きとなった。
そして私はナスナスから叱られた。
私のせいじゃないもん。
さてはて。
魔術師の問題は再び私の手から離れた。そもそも被害者だし。
シリアナはナスナスとデートに行って、私は一人、いや竜姫と二人屋敷で暇ごろんちょしていた。にゃん次郎もシリアナに連れて行かれた。竜姫は私に抱きついてちゅうちゅうと魔力をつまみ食いしている。君太り始めてない?
害虫のような魔術師と関わって気分も晴れない。空も晴れない。相変わらずリンディロンの空はネコラル排煙の青い霧に覆われている。そんな場所だからか、ウニスケの実を庭に植えようとしてもウニの実はいやいやした。ウニ樹を植えて魔力の地にしてババ・ブリッシュで排煙を魔法結晶化できれば良いと思ったのだが、そうは上手くいかないみたいだ。
一度きれいにしたのになあと、青い曇天の空を窓から見上げる。
蒼石炭は叩くと蒸気を発生する。その蒸気を利用した蒸気機関で機械文明が発達している。魔導機関は一般人には取り扱いにくいためだ。
その蒸気は可燃性のガスなため、それも利用できるが、どうやら燃やすと例の魔黒炭の灰になるようだ。
「つまり、蒼石炭のうんこね」
うんこ言うな。それならあの空は蒼石炭のおならかよ。
ソルティアちゃんが「どうしたんです~?」と屈んで私の顔を覗いてきた。ちゅってしたくなる。
「空が暗いから気分が晴れない」
「わかる~」
ねー。
女の子の会話は共感だ。だからどうしようという話に繋がらない。あのガスった空をどうするべきか、などと考えない。しかし私はおっさんだし、暇なのでつい考えちゃう。
そういや以前にあの霧を集めて魔力にしたことあったな。
私は空に向かって手を伸ばす。私の股にしゅばっと土魔法おパンツが装着された。まだ魔力込めてないけど。
「今漏らそうとしましたよね~?」
「漏らそうとして漏らしてるわけじゃないけど……」
「おしっこ飲みたい」
ぞわわっ。それはライン越えだぞ竜姫。私はげしげしと竜姫を踏みつけた。なぜか竜姫は喜んだ。だめだこいつ。私は竜姫を窓からぽいっと捨てた。思わず不法投棄してしまったので窓から追いかけ飛び降りた。
髪の毛で着地成功。竜姫も翼をばさりと広げて軟着陸していた。
私は両手を空に掲げた。
「なにしてるの?」
「空をきれいにしようと思って」
「ふうん。めちゃくちゃだね」
はふぅん!
私は空に向かってびゅいっと魔力を伸ばし、ネコラル排煙の霧に魔線接続した。
「魔力霧散」
氷が割れるかのように、青い霧に魔線の亀裂が入った。そしてぱりぃんと霧は砂糖細工のかけらのように飛び散り、きらきらと瞬きながら霧散した。空が晴れ渡る。よし。お日様良好。
「すっご」
竜姫はちっちゃなおててでぺちぺちと拍手した。えへへ。
せっかくの妹のデートの日だ。このくらいのサービスしても良いだろう。
ポケットの中のウニの実がぷるると震えて喜んだ。




