205話:夜会
今日は一日お休みだ。「街を探索する!」と真っ先に飛び出ていきそうな妹シリアナも、今日は大人しくしていた。もしかしたら、まだ刺されたトラウマが残っているのかもしれない。常にシリアナの侍女か、私と一緒にいる。
私は翼ライオンにシリアナを護るように命じた。にゃんこは「がう」とうなずき、ぬっこぬっことシリアナの足元へ寄って、匂いを嗅いで、頭を擦り付け、ぺたんと箱座りした。
そんなにゃんこにシリアナはもふっと抱きついた。毛が付くぞ。
「あったかーい。いいなー。ララ、にゃんこ頂戴」
「ええ……」
にゃんこも思わず私と同じように「ええ……」という顔をして首を上げた。しかし「まあいっか」という様子で目を閉じてごろんとしてゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
ええ……。
「とりあえず、にゃんこをアナのぼでぃーがーど、ええと、護衛にするから」
「やったあ! にゃんこー。かわいくするー?」
にゃんこのたてがみにリボンを付けようとするな。にゃんこは猫科だから元々かわいいだろ。
しかしにゃんこはされるがままだ。まあ大人しくにゃんこドレスアップで暇つぶししてるならいいか。
そしてその日は一日暇で過ごした。
汽車の長旅で疲れてるし、休むのは重要だからだ。とはいえ、私は乗り物酔いをロアーネに押し付けたので元気ではあった。
大変なのは引率のメイドさんたちである。スケジュール管理やら手配やらでわちゃわちゃしていた。
オルバスタの姫シリアナの、リンディロンでの夜会デビューは絶対に失敗があってはならない。確か公爵家だかなんだかのいけ好か男アルダナスコとの面会に問題が発生したら大変なことになるからだ。どんな大変なことになるのかはわからんが。ちょっと考えてみた。ふうむ。正直よくわからない。
竜姫はなんかわかるー?
「うーん?」
竜姫はかわいらしくこてんと首をかしげた。私も鏡合わせでこてんとした。こてん。
「なんでわからないのかわからないわ」
「今、私のことを馬鹿って言った?」
「言った」
おらっ! 喧嘩じゃ!
私は竜姫の顎を狙って猫パンチを繰り出した。竜姫はぺしっとパリィして、彼女の猫の爪のように曲げた指の右手が私の腰を狙う。しまった。私は腰をくすぐられた。ひゃあん! にゃふぅん! ごろごろ。
「おりゃりゃりゃ」
「くぁっ! こぁっ! くふぅ!」
くすぐりにもだえていると、「アナも混ぜてー!」と恐怖が近づいてきた。ダブルこちょこちょ。髪の毛も笑いもだえてくちゃくちゃウェーブになっている。もう無理。私は漏らした。
くすん。
絨毯を汚した私はソルティアちゃんに叱られた。元同級生メイドさんにガチトーンで叱られる悲しみがわかるか。しかも私が悪いわけじゃないのに。
「あ、反省してない顔してるぅ~。竜姫ちゃんは先ににゅにゅちゃんが手を出したって言ってましたよ~?」
そういえばそうだった。いやその前に竜姫が私を馬鹿にしてきたのが悪い。
で、ソルティアちゃんはどう思う?
「殴りかかるなら確実に、最短でしゅっと」
そうじゃなくて。喧嘩の仕方じゃなくて。
「ほら。オルバスタって急成長してるじゃないですか~」
うむ。
「だからですよ~」
ふむ。
ソルティアちゃんはにこにこしている。どうやら解説終了のようだ。
なるほど。それだけ。それだけなのか。答えはシンプルだった。
元々はベイリア帝国は私との関係を深めたかったのだろう。それが私とナスナスの婚約だった。しかしそれはお互いの合意の元で破棄、じゃなかった婚約解消された。そして次は妹シリアナに矢が立った。戸籍上私は妾の子であり、シリアナは本妻の子である。しかもオルバスタ公爵の妻は急成長するオルビリアの事業を総括するような凄腕だ。私が稼いだお金で街に投資して、さらに資産が増えるお金増殖バグモードに入ってる。
それはそうとして、つまり、オルバスタ自体が捨て置け無い地域になってしまったようだ。
近年ではルレンシヒ地方、元ヴァイギナル王国が再び独立しようと活発化した。しかもその運動はまだ完全には止んでいないようだ。そしてルレンシヒ地方を今管轄しているのはオルバスタ。そう。ベイリア帝国は元ヴァイギナル王国を復活させようとしている黒幕がオルバスタに見えないこともないのだ。きっとそういうことだろう。
まあ簡単に言うと、びびったベイリア帝国政府が、婚姻関係でオルバスタに紐付けようってことだ。
「シリアナはそれでいいの?」
「えー? いいよー?」
いいのか。でもなあ。ナスナスは初対面で不機嫌顔で氷魔法で閉じ込めてくるような男だからなあ。そんな奴に妹は任せられん! 私は夜会をめちゃくちゃにする決意をした。
「あー、ララまた悪い顔してるー。アナの邪魔しないでよね」
「む。むう……」
妹にそう言われたら仕方がない。私は大人しく見守る決意をした。
「お互い満足できる方法があります」
【混ざる】能力持ちらしい竜姫が話を混ぜ返してきた。
「首都リンディロンに竜化で入ることは禁じられましたけど、それで夜会に行ってはいけないとは言われておりませんわ」
「やったー!」
「よっしゃー!」
夜会がめちゃくちゃになり、シリアナも喜ぶ! 完璧な計画だ!
しかし耳をぴくぴくさせて寝転んで会話を聞いていたにゃんこがくわわと起き上がり、竜姫をぺちんと猫パンチして、シリアナにくっついて座った。
「にゃんこが妬いてるからダメだって」
それじゃあしょうがないな。計画は破棄された。
ところで夜会ににゃんこって連れて行っていいのか?
そして当日。
私たちはキラキラドレスに着替えた。色とりどりの魔法結晶が織り込まれたキンキラ刺繍が施されたシルクのようでさらに軽く厚くつやつやドレスだ。
シリアナ姫の頭に虹色魔法結晶でできたティアラが煌めく。私がんにゅにゅとまるごと魔法結晶化させた一品だ。
それは会場の魔法灯に負けずにキラキラに輝く。
私は姉として、シリアナのエスコートをして会場入りした。私に腕を組ませて行こうと思ったが、身長差が合わなすぎてお手々を繋いで行くことになった。
夜会はフォーマルではないのだが、みんなバッチリ決めていた。みんながリンディロン、または首都周辺のおえらいさん方なので知った顔はいない。私たちは外様である。シリアナも緊張している。
しかしみんな笑顔で歓迎ムードなのはわかった。ちらほらと声が聴こえてくる。「あらかわいらしいお嬢さんだこと」「お姉さんに手を繋がれて来たのね」「翼ライオンがいるぞ」「妹君がマンクエラス家に嫁ぐのでしょう?」「ぷにぷにっとしていらっしゃる」「ずいぶんと小さい子ね大丈夫かしら」「おい翼ライオンを追い出せ」「やはりわたくしの方がアルダナスコ様にふさわしいですわ」
おっと、最後に婚約に嫉妬している令嬢も混じったが、おおむね好印象のようだ。
しかしおかしい。私の方へ生暖かい視線が向けられている。いやまあ、私は妹の婚約相手の元婚約者だから、私に好奇な目で見る人がいるのもわからんではないが。「姉の方はお相手はいないのだろう?」「美しい」「お近づきになれるだろうか。あわよくば……」。ふふん。私も人気なようだ。
私たちの前にいけ好かナスナスが現れた。こんなところでも勲章じゃらじゃら付けた軍服か。これだからナスナスは。
「本日は遠くからお越し頂きありがとうございます。オルバスタの姫様」
「お初にお目にかかります。シリアナ・フロレンシアでございます」
シリアナはきれいなカーテシーをした。おーすごい。お姫様みたいだ。お姫様だった。
しかし周りはざわついた。どうした。「妹の方と結婚するのではなかったのか?」「姉とは婚約解消したと聞いていたが」どうやら私が妹だと思われていたようだ。ここにいる全員が、以前私がナスナスと婚約解消宣言したダンスパーティーにいたわけではないしな。事情を知っている者が「あの虹色のぷにぷにの方が姉だ」と説明していた。
そしてナスナスはシリアナに手を取り、連れて行ってしまった。にゃんこもそれに連れ添っていく。
ぽつねん。
私はソルティアちゃんとともに残されてしまった。そして私は幼女体型であるからして、私にナンパしてこようとする大人はいなかった。悲しい。私の相手は竜姫だけ。ぷにぷに幼女部隊はお菓子に夢中である。
そんな私の元に、皇子様が現れた。
「よお、久しぶり」
誰、誰だ。くすんだ金髪をぴっちりセットした少年と青年の合間のような、私に馴れ馴れしく話しかけてきた、高貴そうな身なりの良い男。
「エイドルフだよ。忘れちまったのか?」
ふむ……。誰? 誰なの?
「そうか、ヴァイフ、って言ったらわかるか? ほら魔法学校の」
あーヴァイフ少年! よう元気かー! なんでこんなとこに? その格好は?
「実は俺、ベイリア皇帝の孫だったんだ」
「そんなわけあるか」
ヴァイフ少年の冗談に私はげらげら笑った。やばいお腹いたい。漏れる。ちょろっと漏れたが、察したソルティアちゃんが土魔法吸収ポリマーでなんとかしてくれた。
「いや本当! 本当なんだって!」
「うーん、あまり擦り続けると面白くない」
「ほらこの格好! 見ろよ! ただの地方の役人の息子が、こんな場所でこんな服を用意できると思うか?」
「うーん。騙されてるだけでしょ」
だってヴァイフ少年はヴァイフ少年だもの。絵がちょっと上手い、カードゲーム好きの、ふわっとした子どもだもの。皇家なわけがない。
「騙されてなどいないッ!」
ヴァイフ少年は激昂し、その大声で会場はしぃんとなった。
ほら、そういうとこだぞ?
「ヴァイフくん落ち着いて。わかった外でゆっくり話そう」
「ああすまない。つい、平民の頃の名残でな。皆の者すまなかった」
私とヴァイフは会場から出て、夜の庭園に出た。
彼は何を話すんだろうと思ったら、私に告白してきた。きゅん。ヴァイフくんは私を結婚したいらしい。
「どうだろう。俺と結婚すれば、君はオルバスタからベイリア帝国のお姫様だ。きっと凄い国になるぞ!」
「わかった。結婚するー」
私はヴァイフ少年と婚約した。




