203話:余談の続き
日常回スローライフ
リズ竜姫に乗って首都へ向かうことは禁じられた。真面目に許可を求めたタルト兄様の元に、「頭おかしいのかおかしいんだったな、あのチビは。成長してねえのか」という内容をやんわりとビブラートの声に包んだ手紙が、いけ好かお兄さんから届いた。私に対しては罵倒しか書かれていなかったのに、なぜか妹シリアナには丁寧な気遣いで紳士的な内容だった。なぜだ。やはりロリコンだったか。
「見た目だけならあなたが年下」
がーん。シリアナと並び立つ私を見て竜姫はそう言い、ぷくすと笑った。シリアナは背も胸もお尻も大きくなっていた。畜生! 幼女が大人になってしまった! バグだバグ! そんなの絶対おかしいよ。
ぷんすこする私を見下ろしながらシリアナはトドメの一撃を放った。
「アナがエスコートしてあげるね!」
がーん。姉としての威厳が。なぜ私はぷにぷに幼女なままなのか。脳内封印ボックスの隙間からにゅるっと顔を出したロアーネが「だから魔法を使いすぎると成長止まるって言ったじゃないですか」とお節介を言ってきた。脳内封印ボックスの上に腰掛けると、ロアーネは「ぐえっ」と鳴いた。
「リズは魔法使いまくってる?」
私の隣にいるドラゴン娘も私と双子のような幼女体型である。
「うん。バリバリ」
バリバリかあ。普段はあまり使ってるように見えないのだが。しかしそうなるとネタバレロアーネの言うことはやはり真実なのだろうか。
妹シリアナはトラウマ事件から魔法暴走行為をしなくなった。オルビリアの街の人も風物詩であった空かける水流の姫の姿が見られなくなって悲しんでいる。シリアナは魔法を使うのを止めたら急成長した。
つまり、私も?
いや待てよ。そんなに魔法使ってなくなくないか? 一発はでかくても普段の生活に魔法利用は何もしていないはずだ。
解せぬ。
私は髪の毛でカップを掴み、アン・コークをちびっと飲んだ。
さて。
出立の日が近づくにつれ、宮殿内のメイドさんたちもなんだか慌ただしくなった。今回の遠征ではある程度のメイドさんも連れて行くことになる。私たちはおじいちゃん博士が住んでいた屋敷に滞在することになるのだが、今は家を管理しているおばちゃんメイドと庭師しかいないからだ。
竜姫は突然廊下で立ち止まり、目を丸くした。そんな様子の竜姫は初めて見た。目がくりっくりになり縦長の瞳孔がぐりっとなっている。
「死兵グリオグラがメイドしてる……」
廊下正面にメイドさんと共にホネ助が荷物を抱えて歩いていた。
「あれグリオグラじゃないよ。ホネ助だよ」
「回答になってない」
「えーとつまり、ホネ助は……ホネ助ってなんだ?」
ウニとかホネとか、なんだ?。
「私が作ったのか?」
「なぜ疑問形?」
月の女神は言っていた。私の特性は『生む』ことだと。私はいつの間にかウニとかホネのママになっていたようだ。
あ、今思えばあれもこれも……。
ぽぽたろうは? にゃんこは? 世界樹や百合の花の精霊ちゃんは?
そうか。そうだったのか。私の力は……。この世界に生まれた意義は……。
「おーい、聞いてる?」
竜姫に頭をぽむぽむと叩かれた。ちょっと待って今いいところ。えーっと、なんだっけ?
「汽車の中で食べるおやつの話」
「それだ」
いつの間にか、オルバスタのオルビリアの街から首都リンディロンまでは、東の元ヴァイギナル王国を経由して遠回りとなる。急ぎだが元ヴァイギナル王国のルレンシヒは、ベイリア帝国のここオルバスタの勢力下にある上で独立し直そうとしているという厄介な地域となっている。元ヴァイギナル王の姫のルアンホルレンサはタルト兄様の婚約者であり、結婚したらタルト兄様がルレンシヒ侯爵の跡を継ぐことになっている。
そんなつまらない話は置いといて。
「おやつは300円、いや300テリアまで」
「厳しすぎる。反対」
「反対に賛成」
オルビリアは人が沢山来て超発展して超好景気でインフレ中。物価は過去の4倍となり、今や1テリア約1円(前世令和時代パン価格換算)である。そしてこの世界の菓子の価格はまだ高い。300テリアだとあまり甘くないビスケットが3枚くらいである。そんなの許されるわけがない!
そんなわけでシリアナも連れてタルト兄様に抗議する!
少女抗議団体に詰め寄られたタルト兄様はぺらりと紙切れを私の顔に押し付けた。ぶぺち。ふすーっ。
「おやつは300テリアまでとか自分で要望書いてておかしいと思わなかったのか?」
「こんなインフレしてるとは知らなかったし」
「そうだろうと思ったから、こっちで300万テリアに変えておいた」
「さすがタル……そんなに?」
お菓子の家でも作る気か?
貰えるものは貰っておくが……。
さて。
刻々と迫るお姫様一行上洛に向けて、てんやわんやする宮殿御用達の商人や職人たち。その中でも比較的のんびりしていたパティシエギルドに衝撃が走る。
――『一週間で300万テリアのお菓子を作れ』
お菓子作り職人の親方たちは一同に思った。「お菓子の家でも作る気か?」
しかし汽車に乗って征くのだから、お菓子の家は運べない。
300万テリアの菓子の要望。果たしてその意図は。オルバスタ侯爵家の意図とは一体……。
一人の親方が言った。「300万テリアは開発費だ」と。
一人の親方が言った。「300万テリアの材料を使ったお菓子作りだ」と。
一人の親方が言った。「300万テリアの価値のある芸術的菓子を求めている」と。
しかし安易に要望を出したぷにぷに幼女の考えは違った。私は、いや彼女は何も考えていなかった。しいて言えば求めたのは「300万テリアの美味しさのお菓子」であろう。なので価値を上げるために金粉まみれにしたりするのは違う。
果たして出来上がるものは一体なんなのか。
そんなことになっているとはつゆ知らずなぷにぷに幼女こと私は、出立三日前の本日試作品を受け取った。
月のない森に沢山植林されている黒い木材。これで作られた小さな箱に彫刻がほどこされている。リボンを解いて蓋を開くと、中にはありふれたクッキーに刻んだヘーゼルナッツとチョコレートの粉がまぶせられた菓子が入っていた。
ふうむ。思ったよりも普通だな。そして味も甘さ控えめで思ったよりも普通。ちょっとパサパサしてる? ダイジュクッキーなのか? いや、決して不味くはなく、間違いなく美味いのだが、そう、言うならば大人向けの味だ。
なるほど。感の鋭い私は意図がすぐに読めた。
「贈答用か……」
彼らの出した答えはそれだった。そうだ。私は汽車の中で食べるおやつということも伝え忘れていた。その結果が贈答用のクッキー。彼らは300万テリアから正解を導き出したのだ。
「いいのかそれで」
そう言いながらタルト兄様が私のクッキーをひょいぱくした。隣の竜姫からも手が伸びる。こら、勝手に食うな。
「300万テリアのお菓子作りの使い道としては間違ってない、というかこれが正解だろうし」
「えー。俺はお菓子の家とか見たかったのにな」
「アナもー」
意外とまだ子どもなんだなタルト少年。いやでもわかる。わかるよ。
――私たちの預かり知らぬところで、街では猫人の手も借りたくなるほど慌ただしい日は続く。