20話:馬ムスコ
宮殿の離れには馬がいる。森から離れた牧草地に厩舎があり、運動をさせるダートトラックが併設されていた。
タルト兄様が真っ白い馬の手綱を引っ張ってきて、「おれの馬だ」と見せつけてきた。
う、羨ましくなんか……ちょっとしかないもん!
しかし、芦毛の白い馬ということはかなり歳の馬だ。タルトを振り落とさないような、歳がいって落ち着いたおとなしい大人の馬で練習しているのだろう。ん? 本当に馬か? 頭に小さい角みたいなのが見える気がするし。
「どうだ! でかいだろう! おれはこれに乗れるんだぜ!」
ちんぽでけえな……。私は別のところに釘付けになった。なんかこいつ私を見て興奮してるような気がする。前髪齧られる前に逃げとこ。
「はは! そんなにビビらなくてもへーきだぞ! どうだ? 一緒に乗るか!?」
「ご遠慮いなりわん」
いや怖いよ。こちとら美幼女お姫様だぞ。もしそいつが私を傷つけるようなことがあったら馬刺しになるぞ。
それに私は馬から飛んだ恐怖がある。それは前世の子どもの頃の話だ。夏休みの三日間の乗馬体験教室のことである。歩かせ、軽速歩に慣れ、最終日にはトレーナーの紐付きで走らせることとなった。馬を走らせるにはお尻をかかとで蹴るのだが、これが意外と思いっきり蹴らないと反応してくれない。本当に大丈夫かという強さで蹴らないと、「上に乗ってるのがなんかしてんな?」って思う程度なのだ。そして思いっきり蹴ったところ、鐙から足がずれた。そして駆け出す馬。慌てて手綱を引っ張る私。「なんや? 止まるんかいな」とお馬さんは足を止め、慣性で飛ぶ私。そこから見える街の夜景はきれいだった。
もう一つある。それは初めて府中競馬場へ行った、秋の天皇賞のことであった。確か、殿下が来賓なされていた年だったと思う。とあるわがままお嬢様な馬が、返し馬でいきなり騎手を落っことした。そして外ラチの一番前で見ていた私の目の前まで突っ込んできて、前足を上げ立ち上がった。その後、お嬢様はターフを走り去り一人で返し馬を始め、騎手はその後ろを走って追いかけていったのであった。
あ、パパと一緒に馬に乗れるくらいだからトラウマなわけではない。別に平気。
でも目の前に顔が迫ってきて、しかもその手綱を掴んでいるのがタルト少年であり、私はかよわいぷにぷに幼女という今の状況は別だ。
しかも奴は私に大きなイチモツを見せつけてくる。こいつ、幼女に興奮するタイプか!
ぷるり。
そんな話は置いといて、私はタルトの様子を観たかったから、授業に休みを入れて幼女ズはやってきたのだ。
タルト兄様は勃起馬にまたがり、「ライラー!」と掛け声を上げ、反転させて駆けていった。
それを見たシリアナは「アナもお馬さんに乗るー!」と言い出した。言い出すと思った。だがダメだ。危ないからな。いやダメだ。パパがすでにシリアナを担ぎ上げてしまっている。一緒に乗る気満々だ。私は遠慮しておく。私は姉だし、森へ行く時にいつも一緒に乗ってるからな。ふふん。
しかし「ティアラも一緒に乗ろー!」と誘われてしまった。誘われてしまったならしょうがないな。しかしそれだとリルフィが一人残されてしまう。
「大丈夫です。ぼくは一人で乗れますよ」
なにそのエリート。まだ五歳になったばかりだよね?
でも流石に乗ったことがあるのは小さいポニーだったようだ。結局一人ずつパパだっこの順番待ちだ。
てこてことパパの馬がしっぽを振ってぷりんぷりんぼとんぼとんしながら歩いていく。シリアナはパパの腕の中で大興奮だ。
その時の私は完全に油断していた。制御不能となったタルトの馬が私に近づいて来ていたのだ!
「ちょっ! 止まれ! 言うことを聞けぇ!」
「にょわぁ!?」
いつの間にか戻ってきていたタルトの馬が、私の首元の襟を頭の角で引っ掛け、そして首を持ち上げるその力で私を空中へ放ったのであった。
あ、こいつただの馬じゃねえわ。やっぱ角生えてるし。最近なんだか異世界感薄れてきて忘れてたわ。
宙に飛ばされた私は、馬のお尻にぽふんとまたがるように着地した。
馬は満足そうに「ブルァ!」といななき、タルトと私を乗せたまま駆け出した。
「のぉ!?」
「ティアラ! 腰に掴まれ!」
「うぁい!」
私はがっちりとタルトにしがみつき、馬の暴走が止むのを待った。
馬による私への拉致は、トレーナーや、侍女や、色々いるなかでの犯行であった。現行犯である。だが誰もが止める間もない、華麗なる誘拐であった。こいつそんなに私を乗せたかったのか。エロ馬め。
えろ! えろうま! わるいこ!
私が背中に乗ったままぺしぺしとお尻をかかとで叩くと、エロ馬はより興奮しだした。
さて、満足そうに汗をかいたところで取り囲まれるエロ馬。謹慎処分は免れそうもない。だが怪我も何もなかったのだ。全ては私がかわいすぎたのが悪い。馬をも魅了するぷにぷにぼでーが罪なのだ。
そこで私はみんなにこう言った。「私も乗りたい」と言ったら、馬が乗せてくれた、と。
そんなわけあるかという話だが、みんな察してくれたようで、それならしょうがないなという話になった。タルト兄様は「なんだやっぱり乗りたかったのか」と言った。
まあね。
私がエロ馬から降りようとしたら、エロ馬は座ってくれた。なんだ、紳士じゃん。
私が降りたら大きくなってた。なんだ、やっぱりエロ馬じゃん。
一角馬ってまさか前世でいうユニコーンなんじゃねえの?
エロ馬には子どもがいた。エロ馬が引退したら、次にタルトはエロ馬の息子に乗るのだろう。その頃になったら立派なパパの右腕として活躍しているだろう。魔法が使えるとか使えないとか気にしなくていいのにな。
もし、タルトが魔法を使えないままだったとしても、その時は私が代わりに使ってやろう。タルトの義母としてな!
リルフィ。その時はお前も私をママと呼んでもいいのだぞ!
「《ママ》ってなんですか?」
「……ご飯のこと。お腹すいたね?」
「そうですか?」
ふう。なんとかごまかせたぜ……。
なるほど。こうして私の日本語が漏れていたというわけか。思考と口が直結してる幼女は恐ろしいぜ。
シリアナが戻ってくると、今度はパパの馬にリルフィが乗せられた。
リルフィは恥ずかしがっていたが、パパの抱っこは心地よいから大丈夫だぞ。すぐ慣れる。私も男だからわかる。心をな、メスにするんだ。
「ララー! うまーのったー! うまぁー! うままぁ! うー……まぁ!」
うまうま。
うまうま。
私とシリアナはお互いに手を掴んで「うまうま」歌いながらくるくる回った。うまうまいぇい。
なんだかんだ言って、タルト兄様も元気そうでよかった。良い方向に吹っ切れた顔をしていた。リルフィを抱いて乗馬しているパパに並んで馬を歩かせていた。
まあ大人になるまでの多感な時期ってやつだ。悩んでいても先のことはわからない。男子三日会わざればメス堕ちすとも言うしな。世の中のTS話の9割は嘘だと言うが、急におっさんが幼女になったりすることもあるのだ。
ところで、いつまで手を取り合ってぐるぐると回っているんだろう。バターになるぞ。純正幼女というものは目が回らないらしい。私はまがい物なので、世界がぐわんぐわん歪んできた。
そして遠心力に負け、私はずべしぃと砂に転がった。そこにはちょうど肥料の元になりそうなぷりんぷりんぼとんぼとんが落ちていた。
ぷるぷる。
私の感情が昂る。
怒りと悲しみが魔力となって彷彿する。
うんこを握りしめた私の身体から、白い光が立ち昇った。
「お嬢様!?」
側にいるはずのリアの声が遠くに感じる。
ど、どうする。力の暴走を。前のように地面を殴る。だめだ、地震が。他の案を。
手のひらの中で炸裂させるしかない……!
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ことり。リアが机に魔法結晶を置き、ロアーネに見せた。
「そして出来上がったものがこちらとなります」
「馬糞じゃないですか……」
馬糞じゃないよ。宝石みたいになったうんこだよ。
「やっぱり馬糞じゃないですか……」
ちなみにこれを作り上げたあと、タルトに「そうかティアラも苦労してるんだな」と言われてしまった。うむ。勢い余ってなんとも言えないバフンウニみたいな結晶を作り出してしまったりとかな……。
これは私の部屋のパパの肖像画の近くにでも飾っておくか。




