2話:ようじょよろしく
誰か助けてくれ……。救いを求めたいが言葉がわからない。
私はふかふか絨毯を内股でよちよち歩きさまよう。
幼女の膀胱は小さい。それは意識すればするほど、お股がじんじんと痛くなってくる。湿った感じがするのは冷や汗だと思いたい。
助けた幼女が家でお漏らしをしたらどうなるか。
優しい人なら許してくれるだろう。変態なら喜ぶだろう。貴族ならば体面というもので首を落とすかもしれない。主が良くても周りが許さないということは多々ある。ぶるり。
かくなる上は。
私は、前世の建造物に劣らない廊下に並んだ窓の板ガラスを仰ぎ見た。開けて外に向かってすればあるいは……。
余裕がなくなってきたのか思考がおかしくなっている。
決壊する前に運良くメイドさんが様子のおかしい私を見つけてくれた。お股に手を当ててむずむずしてアピールしたらすぐに理解してくれたようで、手を引いてトイレに連れて行ってくれた。ふぅ。
すげえ……水洗だ……。それっぽいレバーを引いたら水が流れた。もちろん二十一世紀とは別物すぎるトイレではあるけれど、十分文明レベル高い。あれ、でも古代ローマでも水洗トイレだっけ。漫画知識だからわからん。
私もう宮殿から出たくない。ここで暮らす。だってさ。あれでしょ。ここが特殊なだけでしょ。二十一世紀の日本だってクソど田舎は汲み取り式トイレだったんだぞ。ならばこの世界が環境の良い異世界ファンタジーだとしても、間違いなく下界は汚い穢らわしい。いやじゃ……わちそんな世界で暮らしとうない……。
想像するだけで精神的ダメージが大きすぎて思わず思考がのじゃロリになってしまった。
さて。またおべべを着せ替えられた。昨日も着たきらきらふわふわドレスを着て、髭おじさまの部屋へ向かった。髭おじさまの隣にはおっぱいおねえさんもいた。髭おじさまの妻だろうか。緊張が二倍になる。奥方が私に向ける視線は優しくはなかった。
だけど私は負けない。あわよくば髭おじさまを寝取るつもりまでもある。側室でも良い。髭おじさまは私のものだ! キッ!
アホな思考は早々に放棄し、昨日と同じようにカーテシーをしてみせた。昨日よりは上手くできた。その代わりお腹が鳴った。
そのせいでその場から緊張感が消えてしまう。綺麗なドレスを着た天使のようなジト目無表情無口ロリが、カーテシーをしてみせながらお腹をぐぅと鳴らすのである。
奥方に笑われながら抱きしめられた。
どうやら許されたようだ。側室の座はまだ目指せるようだぜ。
お腹を鳴らしたせいかどうか知らないけど、朝食が用意された。
そしてその場には旦那様と奥方の他に、生意気そうな少年が座っていた。お互いがお互いなんだこいつという視線を交わす。
まあ食事の場に同席しているので息子だろうことはわかる。私がこの場にいる方が変だ。
食事をしながら彼らが何かを言うと、少年は驚愕し、私を指差した。
私はナプキンで口を拭きながら、静かに頷いた。私は無口無表情キャラを貫いた。だって何言ってるかわからないもの。せめてグーグル翻訳くれ。
なるほどわかった。少年は私の手にした甘辛ソースをかけた肉と野菜を挟んだパンが気になっているのだな? ふふっ。男の子だな。
私は幼女の身にしては高い椅子から飛び降りて少年に近づき、口元にバーガー風サンドイッチを突き出した。
ほれ食え。にこっ。
戸惑う少年はそれを口にしたあと、自分でも真似してサンドイッチを作り始めた。
旦那様もそれを真似をした。奥方はさすがにしなかったが。
数日経ってもなぜか私は変わらず宮殿で暮らしていた。
宮殿の中での私の立場は「変な奴」であった。私でもそう思う。
変な奴扱いされてるのはなんとなくわかった。言葉はわからなくても雰囲気で何を伝えたいのかくらいはわかるので、無口キャラながらも「頷き」と「首を振る」と「首を傾げる」で意思表示をしていた。
それが変な奴扱いを加速させていたと気づいたのはしばらく経ってからのことであった。
どうやら私は、話しかければ反応するので言葉がわかっていると思われていたようだ。「こいつもしや言葉がわからないんじゃね?」と気づいたのは少年だった。
少年は私に向かって何かを話しかけてきた。
「お前、俺が何を言っているかわかるか?」
そのようなことを言っているように感じた。周りもそれに対する私の反応に集中していたからだ。
なので私は首を横に振った。
少年は「ほらー!」と言った感じでドヤ顔をしたが、旦那様が口を出して顔を歪ませた。
これはあれだな。「なんで言葉がわからないはずなのに、首を横に振ったんだ?」とか言っているような気がする。
私はうんうんと頷いた。
「おめえ本当はわかってんのか!?」
と少年が言ってきた気がするので、私は首を横に振った。
少年は思わず拳を握りしめた。
ちゃうねん。ふざけてるわけじゃないのじゃ。からかってるわけじゃないのじゃ。本当に言葉はわからないのじゃ。許してほしいのじゃ……。
そうそう。例えばペットだってお互い言葉が通じなくても意思の疎通はできるじゃん? あんな感じさ。
そしてそれを伝える術を私は持たないので、無口ロリになってしまう。
無口ロリキャラはかわいいからな。実態は若者の会話についていけず無表情になるおっさんのそれと同じようなものであった。
今度は旦那様が何か質問をしてきた。
私は周りの様子をうかがってみる。ふむ、わからん。私は首をかしげた。
いくつか質問してきたけどどれもわからなかった。
少年と旦那様が向かい合って言葉を交わし、少年は頭を指でとんとんと叩いた。
私はうんうんと頷いた。
きっと「頭おかしい」とか言ったんでしょ。
私がうなずくと、二人して可哀想な子を見る目で見てきた。そ、そんな目で見ないで。
あ、でも、頭おかしいと自覚する幼女か。可哀想な子かもしれん。頭おかしいというか、頭おっさんなんだけど。
もう一つ気づいたことがある。
私、いつの間にかこの家族の一員になってない? 一体いつの間に……。
暮らすことが許された私は、最初は使用人になるのかと思った。だが一向に教育が始められない。私が言葉がわからないと気づかれなかったのはそのせいもある。
ならば下女にでもなるのかと思ったが、初日と同じようにお姫様扱いのままだ。食事も貴族一家と一緒に食べている。
つまりこれは、そういうことなのだろう。私、養女になってない?
幼女の養女である。妖女っぽくもある。拾われて養生されている。ようじょよろしく。
だが突然売られるかもしれない。油断できない。
教育が始まらないままぐーたら生活が許されてるのがかえって不安である。
貴族の娘といったら他所にお嫁さんになるのが役目なのではないか? 私自身そのつもりがないから助かるが。
ということは、旦那様は私を外に出す気はない? 私を側室にするつもり? 最低! ロリコン! カイゼル髭!
私、大きくなったらパパのお嫁さんになるんだ……。