199話:帰宅
麦も刈り入れの時期。私は実家に帰ることにした。友達と愛する人の新婚イチャイチャを見せつけられたくないもんね。ふんっ! 待てよ、なんで私がシュランドを愛してることになってるんだ? むかついたので机に鼻くそ付けとこ。
それはそうとして、やはり竜姫が私に付いてくるようだ。困った。困ったなあ。
「背中に乗る?」
乗るぅ! 私は、竜化したリズの背中に髪の毛を使ってしゅしゅんと登った。
もう馬車や汽車の乗り物酔いに悩まなくて済む! 空を飛ぶのは翼ライオンで慣れてるので酔わないのだ。
「帰る前に一度寄りたいところがある」
「いいよ。あなたとなら一緒に。どこへでも」
駆け落ちみたいに言うな。重い女だなあ。ドラゴン並の質量だ。
雪巨人の眠る町へ寄る。精霊姫教徒の聖地キャンプは町になった。自治体として認められたのだ。
そこへ私たちは町の中心のダンジョンに降り立った。ずしぃん。
その前に町の人たちが慌てて逃げ出していくのが見えたが、まあなんとかなるだろう。
「なんかここ、あなたのお股の匂いがする」
嫌な表現すんな。花畑の香りじゃい。
「汗とにょう――」
「やめやめい!」
私はリズ竜姫の口を髪の毛で塞いだ。こいつは放っておくと際限なく危険な言動を続ける。
リズ竜姫は口を塞いだ髪の毛をはむはむしてきた。ううん。気色悪いなあ!
とりま。中心に降り立ったので、目の前に氷の間欠泉がある。ウニ助の種は無事に発芽して苗が育っていた。
髪の毛をはむはむして口の拘束を解いたリズ竜姫は、「これ、なに?」と私に尋ねた。
「なにこれって、リズが求めてた世界樹の種から発芽した世界樹の苗だよ」
これで私自身が世界樹の種説は否定できる。そしてウニの実をあげれば竜王国へ行かなくても済むのだ。
「世界樹? これが?」
え? 世界樹じゃないの?
よく考えたらウニの樹から取れたウニの実から生えたものだった。だとするとウニの樹だ。
ウニの樹……ウニの樹ってなんだ?
「んんん?」
リズは氷の上のウニの樹の苗をぺたぺたと触った。ウニの樹は若葉をかさかさと揺らした。お、お前、感じているのか? 私以外の女に?
「これ、なに?」
ふふ。竜姫でもわからんか。私もわからん。ウニ助、お前……世界樹じゃなかったのか? 私が尋ねてもウニの樹はただ葉っぱをゆらゆらと揺らすばかり。
「まあいいや。私は世界樹……じゃなかったこの謎の木から木へと別の場所にワープできる」
「マ?」
「マ」
さっそく手をかざして試す。ぬぬぬ、ぬんっ。よし。ぬるっとオルビリアの森の泉へ帰ってきた。これで行き来が簡単になったぞ。
「すごいね」
ふふーん。まあね。世界中にこのウニの実を植えればどこへでも行けるようになっちゃうんだ。じゃあ宮殿まで案内するよ。ぽってぽってぽって。
リズが付いてきてるぅ!?
「付いてきちゃった」
えええ? 私のアイデンティティーが削られていく。
しかしリズは立派に育ったウニの樹に手を当ててんにににと唸るが「やり方わかんない」と振り返った。良かった……。ゲートを開けるのは私だけか。面目は保たれた。
待てよ。こいつ、ワープに付いてこれるくらい、いつの間にか私の魔力を吸い取ってたってことなのか? 吸われまくってた? このサキュバスドラゴン娘め! エッチ!
「この森、あなたのおへその匂いがする」
だから変な表現やめろ。
しかし歩いて帰るにしても森から宮殿まで結構あるんだよな。ドラゴっちゃう? みんなに見せつけてやろうぜ!
私を背中に乗せた竜化したリズがぶわりと風を湧き起こしで飛び立つ。そしてあっという間に宮殿に付いた。裏庭に着地、と。町は緊急警報の鐘とサイレンが鳴り響く。
この後、タルト兄様にめちゃくちゃ叱られた。
「それで、何を連れてきたんだ?」
「この男、臭い」
「すっげえ失礼な奴だなあ!?」
私が隣のぷにぷに銀髪金色眼少女を竜王国の姫だと紹介すると、タルトは頭を抱えた。
「まあいい。とりあえず中へ入ってくれ。もう二度と外へ出ないでくれ」
「わかった」
集結した騎士たちは「なんだまたぷにぷに姫の騒ぎか」と笑いながら解散していった。平和やなあ。
ここで一つ問題が起きた。
リズ竜姫がオルビリア宮殿に住むのは良いとして、リルフィをどうしよう。リルフィは国家機密である。ノノンはまあ無口系不思議ちゃんだから口が堅いとして、なんかこいつは軽そうな気がする。
「リズ、おまえ、口は堅いか?」
「まかせて」
絶対軽い奴の返答だ! 信用できねえ!
しかしエントランスでリルフィとエンカウントしてしまった。なんでこんなところにいるんだ。私が緊急警報を鳴らしたせいらしい。誰だよ、竜を見せつけようぜとか言った奴。
「この男、良い香りがする」
竜姫はリルフィを指差して言った。その途端に、リルフィにいつも付いている元暗殺者メイドが勢いよくナイフを竜姫に突きつけた。突きつけたというか、突き刺した。竜姫の胸に、肋骨に刃を止められないように横に寝かせて、確実な致命傷を与えんとする、心臓への一突きだった。
しかし、ナイフはばちぃんと魔力で弾かれた。
元暗殺者メイドは弾かれたナイフに目もくれず、最短で喉を締め付けようと左手を伸ばした。その手が触れる直前、私は髪の毛で竜姫を縛り上げて、天井近くまで持ち上げた。
「リズ竜姫はアホなんです。許してあげて」
「……精霊姫がそうおっしゃるのでしたら」
元暗殺者メイドはナイフを拾ってリルフィの側へ戻っていった。こっわー。狂犬じゃん。
私はしゅるしゅると吊り上げた竜姫を地面に下ろした。
「内緒だったの?」
「内緒というか、リルフィは女の子だよ?」
ちんちんが付いてるだけだよ?
「そうなの。間違えちゃったみたい」
竜姫はリルフィに近づいていく。狂犬メイドはそれを睨みつける。がんばれ! 耐えろ!
竜姫はリルフィにおもむろに抱きつき、首筋をぺろりと舐めた。
「なにしとんじゃワレぇ!」
私と狂犬メイドが動いたのは同時だった。私の髪の毛と、狂犬メイドの拳が竜姫に迫る。
しかし竜姫は背中からばさりと竜の翼を生やし、しゅばっと回避した。
私の髪の毛はぐねりとホーミングして、竜姫を捕らえた。ぷらーん。
「……離して。気持ちよくなっちゃう」
次の手はないんかい! そして気色悪い! 私は竜姫をぺいっと離し、代わりに殺意をビンビンに飛ばして駆ける狂犬メイドを捕らえた。
周りはみんなおろおろしている。そりゃそうだろう。私がなんとかするしかない。
「者どもひかえよ! ウンブルトン竜王国竜姫の御前であるぞ!」
黄門様方式でなんとかしようとした。しかしみんな「へへー」と平伏しなかった。
リルフィはおずおずと、「あの、姉さまが竜姫と呼んでいたのでわかっております」と答えた。ふむなるほど。
そして、竜姫はむんと腰に両手を当てて胸をそらした。ぺたんこだなこいつ。
「オルビリアの者たちよ! 私は精霊姫のお付きになることとあいなった! よろしくたのむ!」
やたら通る澄んだ声で竜姫がそう宣言すると、「おおー」と感嘆が上がった。
なんだこいつ、キャラ変した?
私だってそのくらいできる!
「おにゅにゅにゅ! 竜姫は共にくらしゅ! なかよくしてね!」
やたら舌っ足らずの声で私がそう宣言すると、「くすくす」と笑いが広がった。
それはさておき。
久しぶりに家に帰ってきたのだ。まずはパパンに挨拶にいかねばならない。先にタルトとリルフィに会ってしまったが、それはまあ置いといて。
パパンは緊急竜対策で会議室にいるようだ。パパー!
「おおティアラ! 良かった無事であったか!」
「おひさしー! ぎゅー!」
「ぎゅー」
再会のハグ。ひげがちくちく刺さる。
「こっちの子が今オルビリアを騒がせてる竜」
「はじめまして。お騒がせした竜でございます」
「そうかそうか君が!」
パパは竜姫に向かって両手を広げた。しかし竜姫はカーテシーしたまま三歩下がった。
「悪いねえ。こっちは田舎だから、竜一頭で大騒ぎになってしまうのだ」
「事前報告を怠ったことをお許しください」
「もちろんだとも。ゆっくりしていって、うちの子と仲良くしてほしい」
これだけ騒がせたのにパパンは寛大だった。さすがパパンだ。
「ティアラはもう少し考えて行動するように。どうせみんなを驚かせてやろうとか考えたのだろう?」
あ! 代わりに私が叱られた! なんで私のせいになるんだ! ぷんすこ!
パパンから竜姫住んでええよとお墨付きを貰ったところで、妹シリアナに会いにいく。
おーいシリアナ! げんきかー!?
「なによララ。もう帰ってきたの? いきなり部屋に入ってこないで」
がーん! 数ヶ月会わないだけでシリアナが皇女みたいなツンツン娘になってしまった! こ、これが反抗期……。もう両手を取り合ってくるくる回ってダンスする幼女ではなくなってしまったというのか……。
「それでお土産は?」
ふふん。その辺は抜かりはない。私はでーんとティンクス帝国製のチーズを差し出した。
しかしシリアナは「えーただのチーズぅ?」と渋い顔をした。
「ティンクス帝国のチーズは美味しいんだぞ! さらにこれに蜂蜜をかける!」
「え、やめてよぉ」
どぷぷぷ。蜂蜜かけチーズだ。それにアーモンドも添えちゃう。
恐る恐るそれを食べたシリアナは、口元をぷんすこさせたまま目を輝かせた。どうやら美味しかったらしい。
「なんで不機嫌なの?」
「……アナも竜を見たかった。でも窓に近づいちゃダメって」
ああそういう。
「こちらにおわすは竜王国の竜姫です」
「はじめましてお嬢様。竜姫です」
「竜姫? あなたが竜なの? ちっちゃい。うそつき」
私と竜姫は顔を見合わせた。そしてシリアナの手を引いて、廊下からぴょぴょんと裏庭に飛び出した。
そして竜姫は光り輝き竜化する。
「わー! 背中乗る!」
シリアナは水魔法を使って竜姫の背中に飛び乗った。
そして竜姫は宮殿を、そしてオルビリアの街の空をぐるりと回る。
私は翼ライオンに乗ってそれを追いかけた。