198話:精霊姫教になるのです
精霊姫教になるのです
――幼い頃。何もわからない世界に生まれた私を世話してくれた侍女、リアンホルレンサが綺麗で素敵な幻想的な月明かりの夜に教えてくれた。「精体は魔力が形を成したもの」と。あれは綺麗な嘘だったのか。それとも竜姫の表現が最悪なだけなのか……。彼女の言う事が本当であるならば、それは大変なことになる。私は、髪から魔力のうんこを垂れ流していたことになるのだ――
木々のざわめき。夏の太陽は世界樹の葉で遮られ、風は木々の発する水分でひんやりと心地よい。様々な色の精体は世界樹の周りを瞬きながらふわりふわりと漂う。
世界樹を見上げていたリズ竜姫が私に振り返る。
「私にはわかる。あなたは気ままに生きているだけということを」
なん……だと……?
そんなことは自覚があった。しかし誰にもバレていな……いや地元だと結構バレてそうな気がする。しかしここで暮らしていると一挙一動をシュランドに観察されているようで息苦しい。奴は私から発する何かしらのサインを見逃さないようにしている。そんなものは出していないのに。
ある意味で、私のことを最大のライバルだと評価しているのだろう。お互いの目標は世界平和。しかしお互いの我がぶつかり合う日は必ずくる。いや、すでにティックティン派から私、リルフィ、シリアナが狙われた時点で許せないのだが。やはり、シュランドを殺すか?
「怖い顔をしている。まるで世界が自分の思い通りになると信じてるみたい」
「そう、見えるか?」
「ええ。だって私もそう、同類だもの」
竜姫は私に抱きつき、お尻に手を回した。そして遠慮なく撫でてくる。
私は一つ思い違いをしていたかもしれない。こいつ、やっぱ私のことを性的な目で見てるかもしれん……。やはりクレイジーサイコレズ……。私はぺちっといやらしい手を叩き、仕返しにお尻を揉み返した。むにゅ。ふむ。思ったよりぷにぷにだ。
竜姫はこくりとうなずいた。
「気づいたのね」
「ああ。ぷにぷにだ」
まるで私のお尻みたいだ。仕方がない。だってまだ身体は幼女だもの。
「次はあなたの力を見せてほしい」
何が?
竜姫は世界樹の幹からにょっきり生えている胴吹き枝をめきりと折って、私に渡した。
どうしろと?
「魔力を注ぎ込むところが観たい」
「ふむ。まあいいけど」
私はドレススカートをたくし上げて手を入れて、おぱんつをするりと下ろし、脱ぎ去った。開放感。森の風も私を祝福してくれている。
「なぜ脱ぐ」
竜姫は知らないから当然の疑問だ。それに私はこくりとうなずき返す。
私は左手におぱんつを、右手に世界樹の枝を持ち、両手を合わせて魔力を込め始める。むにゅにゅにゅにゅ。
周囲の不規則に揺れ動いていた精体が意思を得たかのように渦巻き始める。そして光を失い、私の体内を流れ、そして再び手の中で光を放つ。ふんっ!
しょわわわわ。
美少女である竜姫の前だが、彼女は変態痴女なので恥ずかしさは感じなかった。
内ももに温かいものが溢れ、そして地面に滴る。
私は今回、お漏らし対策の最終手段を使ってみることにした。
それは、髪の毛で足元をカバーすること。
できれば使いたくなかったが、やむを得ない。そしてこれは両手が塞がっていても、髪の毛でスカートをたくし上げることができる。
完璧である……。丸見えであることを除けば。
「な、なぜお漏らしあそばれたの……」
「それは私は泉の精霊だから」
髪の毛をしゅぱっと払う。飛沫がぴぴっと辺りに飛び散り、木漏れ日できらめいた。
そして私の手の中の枝も、虹色の魔法結晶と化す。ついでにおぱんつも。虹色おぱんつをいそいそと履く。
竜姫は魔法結晶化した世界樹の枝を受け取り、それを信じられないという目で見つめた。
「これ……やはりあなたは……」
竜姫は言いよどみ、首を横に振った。
ふうむ。漆黒幼女ノノンといい、変人美少女シリーズはもったいぶった言い方をするのだろうか。ネタバレロアーネを見習ってほしい。呼びました? 呼んでないけど……。すぐ脳内ロアーネが脳内収納ボックスからぽふんと飛び出してくる。彼女はティアラ様が世界樹の種ということに気が付いたようですね。おい、なに勝手に……なんだって? そんな話は聞いてないぞ!? 脳内ロアーネは自ら収納ボックスににゅるりと戻っていった。
「精霊姫、あなたが世界樹の種だったのね」
私はこくりとうなずいた。
ほらー。ネタバレロアーネが先にネタバレしたせいでリアクションに困る感じになっちゃったじゃん……。
「そうみたい」
「やはり、あなたに竜王国に来てもらうしかないわ」
「それは嫌だけど」
竜姫はこくりとうなずいた。
「でも私はあなたを連れていかないと帰れない」
「つまり?」
「お世話になります」
ぺこり。竜姫は私にカーテシーした。
つまり、一生付いてくるってこと?
宮殿へばさりと帰った私たちは、ソファーでぐでーっとした。私と竜姫はぐちゃぐちゃに重なりあった。どうやら竜姫もお出かけが苦手なインドア派らしい。ぐちゃぐちゃに絡まりすぎて、どこまでが自分の手足か髪かわからなくなった。
「なにしてるの。眠いならベッド行きなさいよ」
「だるい。運んで」
「あなた。まだ私の侍女の立場なこと忘れてないかしら?」
別にいいじゃん。侍女をベッドに運ぶ主人がいたって。エッチな意味じゃなくて。
「下着見えてるわよ。はしたない。ずいぶん派手な下着を履いてるのね」
やん。えっち。
私は髪の毛でおぱんつを隠した。そしたら竜姫と絡まったのが取れてバランスを崩し、私は床にごろんちょした。ふむ。皇女の下着は白。
「皇女。これあげる」
ソファに寝転がったままの竜姫は、ポケットから魔法結晶化した世界樹の枝を取り出して無造作に皇女へ放った。……いや待て。ポケットにどうやって入ってた? 魔法のポケットか?
「なにこれ」
「婚約祝い」
「ありがとう。え? 変な形の魔法結晶?」
長さにして30センチほど。体積的には大きくないが、国宝級には間違いないだろう。
驚きで思考停止していた皇女はその価値に気づき、はわわわわとなった。
「どうしましょうマアフル! これ! アクセサリになるかしら!」
子供のようにはしゃいでお宝を抱えた皇女は、興奮しながらおばちゃん侍女にそう尋ねた。おばちゃん侍女も目を丸くしながら、冷静を装いつつうんうんとうなずいた。
「その形だとワンドにするのがよろしいのでは?」
「ワンド! ワンドね! うんうん! すぐに作りなさい! パレードに間に合うように!」
「かしこまりました。そう手配いたします」
皇女の無茶振りを受けたマアフルは、少し足取りを見出した早歩きで部屋から出ていった。それもそのはず。
「パレードは来週って言ってなかった?」
「そうよ。竜姫がいる間に行おうってことになったの」
婚姻は最初から決まっていたことなので準備はできているようだ。しかし急にパレードをすると言い始めて街はてんやわんやになった。ティックティンの過激派を一掃して安全になったアピールでもある。
一週間後、凱旋パレードはつつがなく終わった。
無事に終わったパレードの裏では、きっと色々な人物が暗躍していたのであろうことが、終わったあとにテーナがげっそりしていたことからうかがえた。
皇女の手には国宝になるであろうワンドが握られていた。どうやら無事に加工は間に合ったらしい。
そしてパレードが終わった翌日、私はおうちに帰る宣言をした。
皇女は「話し相手がいなくなるのは寂しいわね」と言った。しかし引き止めるようなことはしなかった。今となっては私がこの国に長くいることの方がリスクが高い。それとなく、魔法結晶でできた杖の原料は精霊姫経由ということがバレてしまったからだ。
現在この近隣の多くの貨幣制度は魔石本位性。魔石・魔法結晶の量がそのまま国力に直結する。そんなものが実際にぶりっと生み出せてホイと渡されたのを目の前で見たら、そりゃあ囲い込みするだろう。された。
皇女には引き止められなかったが、シュランドにもう少しいろと言われてしまった。新婚のくせによお。
私は夜に部屋に一人で来いと呼び出されてしまった。
「それで、何の話?」
私はどかっとソファに座った。髪の毛をうねうねとさせて臨戦態勢である。しゅっしゅ。
「錬金術師は無事か?」
「なに?」
思っていた話と違って、私は虚を突かれた。
「我のやり方は間違っていたと思うか」
「森を燃やした話?」
人生お悩み相談? そういうのは受け付けてないけど。答えられるほど人生経験ないけど。
「そうだ。我は世界のためだと信じ、錬金術師を消し去ろうとした。しかしそこへ私怨が入っていたことは、認めざるを得ない」
「事情は知らないけど感情が入るのは仕方ないんじゃない? 私もお前を殴りたいと思ってるし」
「ならば殴ってくれ」
うわぁ……。なんだよこいつ。いまさら罪悪感にさいなまれているのか? ならむしろ殴ってやらない!
「なんでティックティンが錬金術師を……。あっ、魔術符の元は錬金術の技術だっけか」
確かロアーネが門外不出の魔導具技術を盗んで外の世界に広めたやつ……。おい脳内ロアーネ! 出てきて釈明しろ! くそ、こういう時だけ引きこもって出てこねえなあいつ。
「そうだ。それは魔法を使えない者にも代わりの魔術を行使できるようにするもの。しかし一部の平民は増長した。そしてこの国は皇帝を失った」
「失う?」
「そのままの意味だ」
あれでもティンクス帝国なんだから、いるよね、皇帝?
待てよ。皇女と結婚してシュランドが皇帝になる……?
「いなかったのだ皇帝は。しかし世界樹の管理を知らぬティンクス共和国は皇帝を求め、すぐに終わりを迎えた」
ああ、昔の話だったのね。
「しかし歴史は繰り返した」
今の話でもあったか。
待てよ。話の要領がつかない。さてはこいつ、私がすでに全てを知ってる前提で話してるな? どうやら私は叡智の精霊姫らしいからな。
私はこくりをうなずいた。
「我は魔術師を道具だと思っている。それは間違ってるのだろうか」
なんとも反応しづらい。おトイレ行っていいかな。
「貴族と平民の魔法格差を無くそうとしていたロアーネは我になんと言うだろうか」
そんなこと思ってたのあいつ!? それで魔術師になる技術を広めたの!? 全ての元凶はあいつじゃねえか! おい出てこいラスボス! 脳内に引きこもってるんじゃねえ! なんとか言え! バンバン!!
ぱかり。脳内ロアーネ収納ボックスが壊れ、金色の陽光が脳内に溢れ出す。その光は私の脳内を侵食していった。全て……最初からここまで計算ずくだったのか……。
「精霊姫教になるのです」
「は?」
「精霊姫教になるのです、とロアーネは言っているのです」
「は?」
おいロアーネ。私の身体で何をしている! やめろ!
「世界が精霊姫教になれば、人類みな三食昼寝デザート付きになるのです」
「は? ははっ」
ロアーネがそう言うと、シュランドは顔に手を当てて壊れたかのように笑い出した。そしてぴたりと笑いを止めた。
「それは無理だ。そんなことは精霊姫だってわかっているはず」
「ロアーネはそうは思いませんが?」
「ああ。聖女ロアーネならそう言うかもしれん」
せ、聖女!? うぷぷっ。私はお腹がよじれるほど笑い狂った。お腹痛すぎて漏れた。
「くくくっ。精霊姫でも冗談を言うのだな。人間味があって安心した」
「待って! 聖女って! 待って!」
いつの間にか脳内ロアーネは再び脳内箱の中に引きこもり、私は身体の主導権を得ていた。
いまさらながらあいつが過去のこと話さなかった理由がわかってきた気がするぞ。
「はー……。ごめん。笑いすぎておしっこ漏らした」
「それは、笑えん冗談だ」
「冗談じゃないけど」
シュランドは私の顔を見つめた。
私はこくりとうなずいた。
精霊姫教になるのです