197話:またうんこかぁ……。
リズ竜姫がねっとり迫ってくる。いつの間にかベッドの中に奴がいた。まあかわいいからいいけど。かわいければ大抵のことは許される。私の少し尖った耳をはむはむしてくるけど。そして頭の角がげしげしとおでこに刺さる。
めっちゃ手足を絡ませてきて暑い。そしてそのまま寝てしまったようで、うみゅうみゅ寝言を言っている。ううん寝づらい。
わかることは、彼女の言動は性的欲求ではないということだ。しいて言えば魔力欲求? 今も私の魔力をじわじわと吸い取っている。しかも自分の魔力を混ぜながら。
これはあれだな。蚊だ。神経毒の唾液を注入して、それと一緒に血を吸い取るのと同じだ。そして痒くなる代わりにむずむずする。耐えられないくすぐったさではないが、もぞもぞする。つまりそういう感じである。
とりあえずこのままでは眠れないので髪の毛で縛り付ける。きゅきゅっとな。そして竜姫は気持ちよがる。これも今なら理由がわかった。私の髪の毛は魔力お漏らし状態だ。その髪の毛で身体を縛り上げると私が魔力を注入している状態になってしまっているのだろう。
髪の毛ぐるぐるで拘束した竜姫を抱きまくらにしてみる。ふうむ。中身はアレだけど見た目は良いからいっか。拘束美少女いいよね。
しかし私はふと思ったのだ。蜘蛛が糸で獲物をぐるぐる巻きにして捕食している図みたいになってないこれ……。
朝チュン。私は目覚めると竜の翼に包まれていた。そして隣の竜姫にもちもちほっぺを吸われていた。んんんんっ。すごい吸引力だ。ちゅぽん。
しかし困ったことに目覚めの気分は良く、爽やかだ。デトックス? 魔力デトックスされた? 竜姫の髪も私の魔力を吸って、白く煌めいている。
すぽーんと着替えさせられて朝食を取る。
ここでも隣の席に竜姫がきた。こら。私のハムを取るな。ブロッコリーをこっちに入れるな。しかしブロッコリーは栄養満点だ。野菜界のSSRだ。もぐもぐ。
美少女三人寄ればかしましい。皇女も加わり、三国美姫会談が行われた。虹色に輝く髪と、白く煌めく髪と、背後に黄色いひまわりのエフェクトを放つ姫の三人だ。とても眩しい。2000ルーメンほど高まる。
「わたくしとシュランド婚約パレードを行うことになったわ」
私はかちゃりとフォークを皿に落とした。な、なんじゃと? 私が愛するシュランドが友人に奪われてしまいましたわ! ガッデム! いや、元々婚約者だから私が奪う側だった。キー! 婚約破棄させてやりますわ!
私が怒りでステーキをナイフで切り刻んでいると、隣の竜姫がひょいぱくとお肉を次々に食べていく。このやろ! お肉返せ! 私は竜姫のお肉を髪の毛で掴んで奪い、そのまま齧り付いた。
「あなた方にもパレードに参加して頂くわ」
なにぃ!? 目の前で見せつけられるだと!?
あれ? なんで私がシュランドに惚れてることになってるんだ? どうでもよくないあんな奴。私の恋は醒めた。
それはさておき、隙あらば竜姫は私の太ももをさわさわしてくる。あっちにも女の子いるでしょ! 向こうにもセクハラしてきなさい!
「私にそういう趣味はないけど」
そう言って竜姫は私の言葉にドン引きした。いやなんでだよ。
「二人はもう仲良しなのね」
「仲良くないけど」
なんだか皇女の背後のひまわりが揺らぐ。なんでここで機嫌が悪くなる? 私と竜姫は顔を見合わせた。
そして竜姫は私の耳に顔を近づけた。ひそひそ。
「あの女めんどくさい」
「私は二人ともめんどくさい」
私たちがひそひそすると、皇女はますます不機嫌になる。なによ。なんだよ。あっわかった。
「ブロッコリーあげる」
「いらないわよ!」
違った。しょうがない、人参もあげよう。
いくらティンクス帝国の作物がおいしいからといっても、品種改良されまくった前世とは違う。平成初期頃でさえまだ野菜は青臭くてえぐかったのだ。それはそうとして元から人参きらい。ぽいっ。
「二人して野菜をわたくしの皿に入れるのはやめなさい!」
皇女の怒りの炎で野菜はグリルされた。ほかほか。
そして竜姫は不敵に笑う。
「ふふ。精霊姫は人の心の機微がわからないのね」
おまいう? 身内から性格破綻だと捨てられたくせに。
「テンクスとウンブルトンは仲良くなったの。そこで私とあなたが仲良くしているのを見たら、彼女はどう思うかしら?」
なるほど。彼女の怒りは嫉妬か。いや不安?
よし。皇女をよちよちしてあげよう。よちよち。
「きたない! 脂まみれの手で触らないでよ」
があん。私と竜姫はテーブル上の争いで脂まみれになっていた。
あ、もしかして怒りの原因こっちじゃね? テーブルが姫にあるまじきぐちゃぐちゃ具合である。
さてはて無事に会食は終わった。リズ竜姫と共に骨の森へ視察に行くことになった。護衛はいらないと言い放つと、竜姫は庭で白く光って竜化した。私はその背中に髪の毛を使ってしゅしゅんと乗った。
もう地上でちんたら旅行する時代は終わりだ! これからは空輸よ空輸!
馬車で一時間の距離だから、飛んでいけばあっという間だ。そして森の中のちょうどよく開けた場所に竜姫は着地した。
ふむ。ここってその……あれだな?
くぼみでばさりと翼を畳んだ竜姫から、私は髪の毛で飛んで降りる。私も翼を広げて滑空して、くぼみの縁に着地した。
竜姫の立ってる地面がうんこの塊なことは黙っとこ……。
「ここからまだ結構歩くから、今度は代わって私が運ぼうか?」
私がそう言うと、竜姫はこてんと首をかしげた。あざとい。
私は髪の毛で竜姫の身体を縛り、蜘蛛モードへ変形する。そして森を駆ける。到着。ぽいっ。ごろごろ。竜姫は地面で頭を抱えた。
「あなた、蜘蛛人だったの」
「違うけど」
しゅるんと蜘蛛モードを解いて私は人型に戻った。
そして世界樹くんは、ふむ、元気そうだ。
「これが復活したテンクスの世界樹……。元気そうね」
竜姫は世界樹をいやらしく撫でた。
「私の国の世界樹のこと聞いてくれる?」
「え? 嫌だけど」
竜姫はうんとうなずいた。
「人が魔素から魔力を作るのに自身の魔力が必要なように、世界樹もそれが必要なの」
勝手に何か語りだしたが、重要イベントっぽいので私は世界樹の根に座って黙って聞いた。
「世界樹は魔力を作って放出し続ける。だけど寿命が近くなると魔力が作れなくなる」
うん。そのまんまじゃな。
「すると、魔素を吸収するも魔力にできず、精体を漏らし始める」
漏らす……?
「そう。あなたのように」
私のように……?
私はお股を押さえた。まだ漏らしてないのじゃが。
「精体は魔力のぴーしー」
ぴーしー……? ぱしょこん?
「つまりうんこよ」
またうんこかぁ……。
「魔力のうんこは適度なら肥料になり、様々な生物、そして魔物を生む。しかし過度になると――」
なると?
「世界樹は枯れ、ダンジョンとなる」
竜姫はくるりと私に背中を向けて、目の前の世界樹を見上げた。
銀色の髪が風に流されふわりとなびく。キラキラした光が彼女の周りに舞う。あれも魔力のうんこなのだろうか。綺麗なのに台無しだなあ。