193話:しらんけど
関係者の一部が集められ、街のレストランで祝勝会がひっそりと行われた。
敵同士だったシュランドとテーナも同席している。シュランドがレストランにいるんど。
そして今回の作戦の立案者は私らしい。
「精霊姫の敵を釣り出す策略は見事であった。我は意図を読み、それに乗らせていただいた」
つまりは、そういうことだった。
私と皇女が堂々と公の場でシュランドへの復讐計画を立てていたため、シュランドにも、暗殺者にもその動きがバレバレであった。
そしてバレバレすぎる計画を知ったシュランドは、当然こう考えた。「これは叡智の精霊姫による策略だ」と。どちらかというとえっちの精霊姫である私はきょとんとした。
結果的に両陣営はお互いこう考えた。「目標を釣り出せるんじゃね?」と。そして一大決戦となった。
「わたくしだって知らなかったのよ。騙したわけじゃないわ。悪いのはこの男よ」
そうシュランドに悪態尽きながらも、皇女は笑顔である。この皇女、本当にシュランドの事は嫌いだったようだが、先の一戦で本当に惚れてしまったらしい。どうやらティンクス帝国の未来は明るいようだ。
「しかしこれで本当に精霊姫とは敵になってしまうな。恐ろしいことだ」
シュランドはワインを片手にふふふと笑う。そのむかつく顔に熱々のチーズをぶっかけたい。
さて。話を戻そう。
私が危惧していた通り、両陣営はスパイを送り込んでいた。両陣営はそれを見過ごす。これはどちらが情報をより上手く使えるかの戦いだったらしい。しらんけど。
しかし有利だったのはシュランドだった。まず私の取っていた不可解な行動。穴を掘って埋め続ける作業。皇女に言われたと言っていたが、何か意図があるに違いないとシュランドは考えた。そして部屋でみた穴掘りのレポートログ。すり鉢状の穴を掘って埋めたというもの。これは何かをひっそりと伝えようとしているに違いない。この時点ではまだ答えが出せなかった。
精霊姫は大胆にも街のこのレストランで皇女と共にシュランドに対する復讐計画を立て始めた。これは敵側を動かすための精霊姫の陽動だった。しらんけど。
なんやかんやあって、精霊姫のすり鉢状の穴の意味を理解し、そこで決戦すると理解したシュラウドは、マアフルに骨の森の話題を出すように言う。これは、精霊姫からマアフルに骨の森の話題を出すと敵に不自然と気取られる可能性を、精霊姫が全て最初から考え、シュランドをそう導いた結果だ。しらんけど。
そしてシュランド、敵の首謀者に決戦地が骨の森と伝わったところで、すでに戦いは決していた。シュランドはテーナを敵側にすでに送り込んでいたのだ。
「一ヶ月で掌握するの大変だったんですからねえ!?」
皇女暗殺計画のリーダーとなったテーナはあれやこれやと、暗殺者集団が不利になるように仕込みを入れておく。しかし、シュランドの策略の(テーナからすると全てシュランドの策略だったように見える)、決行日がわからない。
「突然ニュニュが魔力を失ったと聞いた時は、もうほんと、ほんとですねえ!」
決行日のチャンスが突然訪れてしまった。それはシュランドもテーナも焦らせた。もっと長期的な計画だと見込んでいたからだ。
皇女の護衛をしている、隣国の叡智と呼ばれる姫が魔力を喪失するという一大チャンス。あからさますぎて罠と考えるが、どうやら本当の事だと伝えられると、お互いに計略が半端なまま推し進められた。そのため、若干穴があってもしょうがない! いけるいける! ついでに宿敵の精霊姫もやっちまおうぜ! というノリで暗殺者の魔術師たちはひゃっほーしたのであった。
宮殿への襲撃は当然のごとく、ただの脅しと釣り出しだ。しかもお互いにそんなことはわかっているので茶番だ。しかしやってる魔術師は本気である。それゆえ宮殿にも多少の被害は出た。シュラウド副官のアフォリアを指揮して宮殿を守りきった。
御者に姫騎士を据えたのはテーナの采配だ。グッジョブである。
こうしてテーナにかどわかされた、シュラウドの言う愚民どもは一掃されたのであった。
一体どの時点からこの策略を立てていたのだ精霊姫は。恐ろしいやつめ。えへへ。しらんけど。
「この指輪も、私を護るためだったのね」
皇女の指が黄金色に輝く。しらんけど。
一部始終を静かに聞いていたテーナは、顔の横に控えめに手を挙げて発言した。
「いや、何も考えてないと思いますよ、ニュニュは」
なんだとこいつ! 裏切りやがった! しかし事実だったし、そろそろ持ち上げされすぎて辛くなってきたので助かった。
「ふふん。レポートにもそう書いていたな、しかしそう思わせるところがまた恐ろしいのだ」
くそう。敵から賛辞されてるはずなのに、ものすごくバカにされてる気がしてならない。
こうなったら賢い不利をしてデタラメ言って不安がらせてやる。これが私の復讐だ。
「まだこれは始まりにすぎない」
私がそう言うと、みなが耳を傾けた。
「ここからだ。いや、今すでに危機は迫っている」
「わかっている。まだ過激派の一部を片付けただけだ」
「そうではない! 世界の危機、その、あの、あれ、危機だ!」
私がそう言うと、シュランドはくくくっと笑った。わらうにゃ!
「さすがだな。精霊姫も知っていたか。世界の魔素が減っていることを」
しらんけど。
「まだ公になっていないことだが、世界樹は魔力不足になり機能を失いかけている。知っての通り、世界樹は月からの魔力を吸収し周囲に魔素を撒いている。一部では寿命という話が出ているが、それにしても急すぎる。主に考えられる要因は三つ。魔力の使いすぎによる枯渇。魔力の循環が不全を起こしている。そして」
言いよどむシュランドに、副官ちゃんが「ここにはうるさい教会関係者はいません」と告げる。
脳内の箱が光とともにパカーンと開かれて「ここにおりますが?」と教会関係者が現れるが、私はそっと扉を閉じた。
続けて?
「月から供給される魔力が弱くなっている、だ」
なるほど。絶対な月信仰が揺らぐわけだな。そんなわけないんですけど! 私はそっと扉を閉じて鍵をかけた。
皇女が「神話では、「世界樹は死ぬ前に種を生む」、とあるけど」と尋ねると、シュランドはうなずいた。
「種のようなものはまだ確認されていない」
シュランドは天井を仰いだ。
「精霊姫が骨の森の世界樹を回復させたが、一時的なものだ。水量が少なくなり回らなくなった水車を手で押したにすぎない」
シュラウドは「辛気臭い話をしたな」、と、手を叩いて追加の料理を持ってこさせた。おにきゅ!
しかし種か。ううむ。思い当たりすぎる……。私はそっとバッグに手を添えた。