191話:私はこの国を滅ぼすことにした
髪の毛が銀髪のまま戻らなくなってしまった。大変不便である。まあ元からティンクス帝国首都ラパームの宮殿では髪の毛動かせることがバレないように自重していたのだが。しかし、宮殿のメイドさん方から「あれ? にゅにゅちゃんどうしたの!?」とか「虹色のキラキラやめちゃったの!? 綺麗だったのに!」とか「髪の毛動かせなくなっちゃったの!?」と心配されてしまった。どうやら知らずに動いていたらしいこの髪の毛。
ちなみに今の宮殿生活。なんと一人で寝起きできるようになった。私は自立したのだ。今ではリルフィやソルティアを抱きまくらにしなくても寝られるし、おねしょする前に起きることができる。これが環境の変化の力か。
さて翌日。寝起きで髪の毛がボサボサになった。これも髪の毛がただの銀色になったせいだ。いつもはキラキラとぅるっとぅるだったのに、お手入れしないといけなくなっていた。なので部屋でトカータに梳かしてもらう。
トカータは私のお付きメイドとなった。なのでトカータを抱きまくらにして寝た。やはり抱きまくらがあると暖かさが違う。一人の時は髪の毛にくるまって寝ていたが、自由に動かせなくてそれができなくなってしまった。こうなってしまったからには抱きまくらは必要だ。仕方ないのである。
「だから三つ編みにしとこうって言ったのに」
「うー……めんどちぃー」
髪の毛の精霊がいたから絡まないですむようになっていたらしい。気合を入れればまだ髪の毛は動かせるからまだ住んでいるみたいだけど、魔力をごっそり奪われてしまったせいで休眠状態のようだ。
「ほら、動かないで」
「うー……おちっこ出そう」
トカータを振り切って部屋を出てトイレに向かう。お腹の魔法結晶が縮んだのか身体は軽くなった。しかし寝不足のように身体はふらついている。まるで徹夜ハイみたいな状態だ。そんな時は髪の毛で身体を支え……おっと動かないんだった。私の身体はすぐに追いつかれたトカータに支えられた。
そんなボサボサふらふらネグリジェ姿を、きっちりと整えたシュラウドに見られた。
「どうした。体調が悪いのか」
むむ。しまった。今の私は貧弱なただのぷにぷに幼女だ。抵抗する術を持たない。危険だ。しゅっしゅ。
「うっちゃい! 近寄るな変態!」
「ずいぶんと嫌われてしまったようだな」
なに「やれやれ」雰囲気出しとんのじゃ。わちを拉致するために襲ってきたくせにのう。
そんな剣呑な雰囲気の中で、トカータは勇気を振り絞って声をあげた。
「あっあの! 急いでおりますので! 失礼いたします!」
そうだった。漏れそうだったんだ。うぅトイレトイレ。
そっとトイレの扉を開ける。また爆発したらたまらんからな。
以前の爆発は皇女を狙った暗殺だったようだ。皇女の命が狙われている。その護衛に私が体よくあてがわられた訳だ。
よいしょっと。待てよ。髪の毛邪魔だな……。トカータが後ろで抱えてくれた。ちょっと待って。このままするの? それは恥ずかし……んああああ。
すっきりんこしたところでお着替えに向かう。
沢山のメイドさんが私の周りにわちゃわちゃと集まり、ネグリジェをすぽーんと脱がされ、温風魔法で暖房され、タオルで顔や身体をお湯拭きされ、しゅるるんとドレスを着せられて、髪の毛に油を塗られてしゅぱぱぱと梳かされた。まるでお姫様気分だ。お姫様だった。
おかしいな。私はメイドさんになるはずだったのに、やはり世話される側になっている。
皇女様の侍女では身分が高すぎたようだ。マアフルとシーダも、メイドに身辺の世話を任せているようだし。ただし、マアフルの場合は教育的指導も含まれ、シーダの場合は影武者なのだからやはりそれなりにメイドが付く。私の場合はただの皇女のお話相手なのになんかいっぱい世話焼きが付いた。そいうかこれ、色んな派閥のメイドが私を監視しているんじゃないだろうか。スパイメイドのつもりがスパイされる側になっていた。おかしいなあ。
というか、そんなスパイメイドだらけなところで私の魔力が枯渇中なのバレたらマズイんじゃないか? マズイよなあ……。
私はもぐもぐと皇女と朝食と食べながら「マズイよなあ」と話しをした。
「そうね。あなたが何の役に立つのか知らないけれど」
マズイなあ。スパイメイド候補が穀潰しになってしまった。このままではいつもの愛嬌振りまくだけの存在になってしまう。きゅるりん。
私はブリーチーズをもぐもぐした。生牛乳は嫌だけど、やはり乳製品は美味しい。ブリー地方がこの世界にあるかわからないのでブリーチーズという名前じゃないだろうけど。じゃあカマンベールチーズか。カマンベール地方が……。白カビチーズというとイメージが……。もぐもぐ。
やはりチーズはアーモンドと食べるのが一番美味しい。かりかり。
「聞いてた?」
「聞いてなかった」
「あのねえ……」
皇女はやれやれと呆れて、マアフルへ顎をふいと振った。マアフルが代わりにまとめを話してくれた。
骨の森の旧糞便処理場は政府の土魔法使いによって再開発されることになったようだ。再開発というか、埋もれた堆肥を掘り起こす仕事だ。まるほど、それなら表立って穴を掘ることができる。
そして昔のようにそこへうんこを棄てて、蒼石炭排煙を突っ込む……。
あれ? ネコラルどうやって調達するんだ?
確か数年前にティンクス帝国がベイリア帝国へ戦争を仕掛けてきたのは、ネコラルの採掘地域を奪うためだったはず……。つまりティンクス帝国では十分なネコラルが取れないということになる。ティンクス帝国はベイリア帝国からネコラルを買うことになるが……。
不毛な大地、ベイリア帝国はティンクス帝国から多くの食料を購入していた。しかし食料自給率を大幅に改善してしまったため、嗜好品の購入が主になってしまった。令嬢芋やダイジュが広がったせいだ。
「長期的には竜王国から輸入するわ」
竜王国。ティンクス帝国の北にある島、ウンブリトン竜王国。つまりイギリス。確か前世ではブリテンだから……日本と同じように島国だと大きく言葉は違わないのだろうか。
あれ? でもそこから攻撃されてたから、仲悪いんじゃないのか。
「だからシュランドとわたくしが婚約しているの。シュランドは竜王国側の人間よ」
な、なんじゃと……?
そういえばスパイといえばイギリス……。くそっ! 本当の敵はベロが何枚もある奴らじゃったか!
……あれ? じゃあ皇女を狙ってる暗殺者は? おっとこの話は本人には秘密だったか。
「いいわよ。別にもう聞いてるし。だから護衛になったのでしょ。それで――」
「姫様」
「話させて。今は精霊姫はわたくしの友人。そうでしょ?」
マアフルはそう皇女に言われると、やれやれと、メイドたちを部屋から追い出した。
「わたくしを狙っているのはシュランドとの婚姻を反対している派閥よ」
おおう。
つまり本人は望んでもいない婚約をしていて、それに同調している者に命を狙われてて……?
酷いなこの国は。私はこの国を滅ぼすことにした。
「勝手に滅ぼさないでよ。そのために生きてるんだから」
そう言うと皇女はカラカラと笑った。
「わたくしはシュランドと一緒になって、竜王国と講和……ティンクス帝国と竜王国は仲良くなるの。そしてシュランドは皇帝になる。あなたには願わないことばかりかしら。やはり滅ぼす?」
うーん。滅ぼしたら皇女の首が無くなりそうな気がする。美少女ハレムを作りたい私にとってそれはとても惜しい。美少女とはこの世の最も尊く価値のある存在である。
なので私は思い切って誘ってみた。
「この国を棄てて、私と一緒にならないか」
「ぷっ。何よそれ本気のプロポーズ? あなたにしては珍しく面白い冗談ね」
笑われてしまった。皇女の言葉を真似してみたら、「共に暮らす」くらいのニュアンスかと思ったら、がっつり「結婚」の意味だったらしい。何気なしに「月がきれいですね」と言ったら「プロポーズ!?」と勘違いされたような感じだ。ちなみに月信仰のエイジス教ではわりとマジでプロポーズな言葉だったりする。月がきれい=特別な日を表すためだ。
と、いうわけで。色々と知ってしまったからには、本格的に皇女を護らないといけないと決意した。きょろ。きょろきょろ。しかし今の私には魔力がない。護られる立場だ。諦めよう。
つか狙うならシュランドを狙えばいいのに。私みたいに。
しかしシュランドを殺してしまうのは影響が大きすぎるのだろう。きっと皇女の方が狙わえるのもそのためだ。竜王国側の人間のシュランドを皇帝にしたくない。しかしシュランドを殺すと竜王国との関係が悪化する。そうだ! 皇女を殺せばいいよね!
ふうむ。クソだな。
多分きっと皇女がいなくなってもシュランドは自ら掲げる世界平和のために、権力を手に入れるだろう。なんたってあいつは私までも操る恐ろしい奴。なんだかんだで口車に乗せられて、結局ティンクス帝国へ来てしまったのだから。ぐぬぬ……。
そしてやはり。暗殺者は護衛が役立たずになっているこのタイミングを狙ってきた。