190話:骨の森ナオシラカ
さて。計画には魔力の高い場所で行う必要があった。それがババ・ブリッシュ法を成功の鍵である。そしてその場所は簡単に思い当たった。私が雪巨人を倒した場所である。おそらくあの地帯は放っておくとそのうちダンジョン化する。
しかし、計画は成功させるつもりはないので、始めは失敗させるつもりだ。皇女も賛成してくれた。あえて失敗する理由もある。そうしないと、新たに穴掘らんでも既存の糞便処理場にネコラル排煙をぶち込んでもいけるやろ、とおこなって失敗する。我が国のように。
そして計画の場所は首都ラパームからかなり離れた北東の森が選ばれた。話を聞いていたおばちゃん侍女のマアフルが「ここがよろしいのではないかしら?」と勧めてきたのだ。
なんとここは枯れかけたティンクス帝国の世界樹がある森らしい。ナオシラカと呼ばれるその地は、古く古代語で骨の森を意味する異教徒の地であった。そしてその地にはマアフルが子どもの頃の間、ラパームのうんこが廃棄されてたという……。
「ねえ。もしかしてそこの世界樹が枯れかけてるのって……」
「月の女神がお怒りになったのかもしれないねえ」
マアフルの答えに皇女は右手で頭を抱えて天井を見上げた。昔の話だ。皇女は話にも聞いたこともなかったのだろう。
まあ、世界樹が枯れかけてるのはうんこ捨ててたせいでした、なんて言えないわな。
そして早速現地へ向かってみる。名目上は骨の森の世界樹の視察だ。馬車で駆けさせて一時間ほど経つと森が見えてきた。森の中心で一回り大きい樹が見えるのが世界樹なのだろう。枯れかけていると聞いていたが、遠目では元気そうだ。
馬車のまま森の中へ入れるようだ。どうやら昔はこの森の中の処理場までうんこを運んで棄てに来ていたようだ。森の中なのに広くしっかり固められた道が奥まで進んでいた。そして進んでいくとだんだん臭ってくる。マアフルに香草入りのマスクを付けるように言われた。これで防げる気がしない。
嫌な意味でうんち臭慣れしている私よりも皇女の方が辛そうだ。引き返そうか提案したが、皇女は国の過ちを見る必要があると言った。
光が差し込む。目の前には森の中にぽっかりと草むらが広がっていた。管理放棄されてから30年が経ち、排泄物はほとんど醗酵しきっているようだ。そして草むらは大きく窪んでいた。うんちが運ばれなくなった後も、自然に堆肥となったそれを運び出して売られていたのだろうとマアフルは言った。
「でも……思ったよりは綺麗な場所ね」
うんちが棄てられていた場所だから酷い光景を私も想像していたが、そんな場所でも自然は回復していた。マアフルは「ここは糞便とゴミの穴なんだろうねえ」と言った。なるほど。尿は別の場所か。あるいは川に棄てたか。土地汚染という意味ではうんちよりおしっこの方が酷い。
「窪みはあるけど浅いわね。ここに穴を掘ることになるのかしら」
穴を……掘る……?
誰が? 私が?
うんちが棄てられていた場所に?
髪の毛で?
ぞぞぞぞぞぞぞぞぞっ。
「ぴええ」
「どうしたの急に泣き出して。まだイジメてないわよ」
イジメるつもりなのか!? イジメないでほしいのじゃ!
わちの髪の毛でうんちっちの投棄場所を掘るのは嫌じゃあ……。
「まあ、この広さを一人の土魔法で掘るのは酷ね。とは言え、協力者を増やすのは難しいわ」
「わちは土魔法なんて使えないのじゃ…」
「はあ? あなたずっと庭で穴を掘ってたと言ってたじゃない」
「それは髪の毛で掘ったのじゃ…」
皇女は首を大きく傾けた。
マアフルも大きく首を捻った。
シーダは変わらず無表情。
トカータは身分差で口を挟めずにオロオロしていた。
「こんな感じじゃ」
わちは髪の毛でうんち穴のほとりにちっちゃな穴を掘って実演して見せた。
「このようにわちは自分の髪の毛を操れる。一応わちの魔法じゃな」
「へぇ~。変なのは髪色だけじゃなかったのね」
変じゃないのじゃ! 神々しい虹色キラキラなのじゃ! ぷんすこ! わちはぷんすこした。
「とりあえず髪の毛を洗ってくれる? この辺も汚そうだから」
なぬ!? 言われてみれば穴の中じゃなくても周囲だって十分汚い……。わちは泣いた。ついでにショックで漏らした。
さて。洗濯メイドのトカータちゃんの水魔法でお股を綺麗にしてもらい、影武者クールのシーダさんに熱風で乾かして貰った。ふう。すっきりティアラ。動転しすぎて思わず心の中ののじゃロリが出てきてしまったのう。
うんち処分場を後にして、次は世界樹へ向かう。来た道を戻って分かれ道を進み、ややすると空気が変わってきた。森の暗がりで精体の光がふわふわきらきらしている。幻想的な光景に皇女は目を輝かせた。興奮しすぎて馬車の中の温度が高い。暖房効きすぎじゃない?
しかし精体が飛んでいるほど魔力に溢れているならば、森は元気そうじゃないか。
私たちは馬車から降りて、荘厳な世界樹の根本に近づいた。この国では観光地化していないんだな。
「ふうん。噂に効いていたより元気そうじゃない」
皇女はふらりと世界樹の幹に近づき、手を伸ばした。
「離れろ!」
私は髪の毛をにゅにゅっと伸ばして皇女を掴んで引き戻した。
「な! なによ!? 汚い髪の毛で触らないでくれる!?」
「う……汚い言うにゃし……」
しっかり洗ったし……。
「で、どうしたのよ」
それはうかつに触ると魔力を吸い取られて失神気絶してしま――と説明しようとしたら、影武者シーダが幹に近づいて手で触れて振り返り、「問題ない」と言った。初めて声を聞いた!
「いちいち過保護なのよあなたたち」
皇女も近づきシーダの隣に立って幹をぺたぺた触った。
マアフルは後ろから「それで祈りますのよ」と声をかけた。
「祈る。何を?」
「お好きなように」
「ふうん」
皇女は素直に目を閉じて祈った。すると皇女から溢れる魔力がぽわわと光輝き世界樹に吸い込まれていく。き、気絶するぞ!?
「ん? 何よ。そんなオロオロして。あなたもやりたいの?」
安全……安全なのか?
私はぺたりと世界樹の幹に触れた。すると私の身体が吸い込まれていく。びたーん。私は幹に抱きつく形となった。こ、これあかんやつ……!
トイレの扉を開けた瞬間に油断してしまった時のごとく、溢れ出る魔力が止められない。た、たしゅけ……。
あ……。
ん……。どうやら私はまた失神してしまったようだ。やはり世界樹に触れるのは危険らしい。私の髪の毛は光を失い、銀色つやつやになってしまった。手足も髪の毛も動かせない。
ごとごと揺れているので馬車で運ばれているようだ。そしてこの枕の感触は少女の太もも。ふむ。トカータちゃんかな? 目を開けたら皇女と目が合った。私は目を閉じた。
「起きた?」
「起きてない」
私はむむっと髪の毛のさきっぽに力を入れてくるりと半回転して寝返りを打ち、うつ伏せとなる。すーはー。
「苦しいでしょそれ」
「くるしゅうない」
ふむ……。ツンデレ皇女膝枕のプレミア感……。これはオルビリアでは味わえなかった楽しみだ。この国に来て良かった……。