19話:ロアーネはペタンコ
昨日のプロスタルトの様子が気になったので、ロアーネに聞いてみた。
タルト兄様が魔法を教えてほしいと言ってきた事を。むしろ魔力をそのまま撃ち出す事しかできない私の方こそ教えてほしいのだが。
「なるほど。タルトくんがそのようなことを。確かに遅いですが、まだ八歳ですよね」
ふうむ。タルト兄様が何か焦ってるだけか。跡継ぎとしての勉強が本格的に始まり、大人になることに対し不安を感じているのかな。
元おっさんの私はそんなわかっている大人風を吹かして時間が解決するだろうと呑気に考えていた。なんなら魔法が使えなくても、トップに立つものなのだから政治力さえあればいいじゃないと考えていた。だが、これはもっと複雑な悩みであったようだ。それがあの月の晩の顔に出ていたのだろう。
それはエイジス教の選民思想と言えるものであった。
魔法使いという言葉があることから分かる通り、魔法というものは全ての人が使えるものではない。魔法が使えるということは特別だ。群れのリーダーというものは強いものであり、さらにそれを束ねるものは特別な能力を持つものが選ばれる。時代において魔法使いというものは強い権力を保持してきた。それが魔法が使える者こそ月の民であるというエイジス教の思想である。すなわちエイジス教は魔法を使える者を優遇してきた。そしてそれは王であり、諸侯である。王族や貴族というものは総じて魔法が使える者の血筋だ。
魔法が使えない者は貴族の落ちこぼれ。そんな風潮があったという。
「だけど落ちこぼれとかそんなのは昔のことですよ。田舎のオルバスタでは古い考えの人もいるかもしれませんが」
タルト兄様の悩みはつまり、旧時代的な統治者としての資質の問題であった。
こうなると本人の気持ちの問題だけではない。親切心で私とタルト兄様をくっつけようと考える庭師の爺さんみたいなのが現れるということだ。
だがその選民思想こそ悪なのかというと、これまた別の問題があるようだ。
「そういったことから、同じエイジス教の中でも『平民も貴族も同じ月の国から来た人間で違いはない』というキョヌウと訴える者たちが現れました」
真面目な話なのに、急に巨乳とか言われると日本語感覚でふざけた話に聞こえてしまうー!
要するに前世のキリスト教のプロテスタントだ。ただキリスト教と違って魔法が使えるか使えないかという分かりやすい違いが確かに存在する。魔法が使える側からしたら、使えない者とは違うという選民思想を持ってもそれはおかしくないのかもしれない。
「キョヌウは魔法が使えない者も平等だというのです。バカバカしい話です。彼らは、魔法を使えるように身体に墨を入れたマジスタンも神官にしたのです。信じられない! 許しがたい背信です! 帝国は悪!」
ロアーネがバンと机を叩いた。びくんっ。
落ち着いて。
何が問題なのかわからないけど、ロアーネ的にはダメらしい。
ってか、帝国はキョヌウなのか。この地域もキョヌウだったらタルト兄様も悩むことはなかったんだろうなぁ。
でも魔法って後天的に使えるようになれるのか。それならそれすればタルト兄様も魔法が使えるようになる?
「身体に墨ってなに?」
「身体に模様を描いて魔法を使えるようにする邪法です。ティアラ様はきれいな身体でしたのでご安心下さい」
きれいな身体っていつ見られたの!? 覗き見!? この変態ロリコンロリシスター!
そういえば昔に身体を隅々まで洗われた気がする……。あれってマジスタンかどうか確かめるためだったのか。
そこまでロアーネが拒絶するとなると、タルト兄様に墨を入れて魔法を使えるようにする案は駄目だな。本末転倒だ。
ところでキョヌウがプロテスタントだとすると、カトリックに当たるのはなんだろう。
「ロアーネは、んー、エイジス教のなんていうの?」
宗派という異世界語がわからなかった。けど、話の流れで察してくれたようだ。
「ペタンコです」
「なるほろ。ロアーネはペタンコ……」
思わず私は合法ロリの胸を見た。
ぺたんこと巨乳は仲が悪い。世の中の真理を見た。
その後、授業で世界地図を見るときが来た。
実はめちゃくちゃ緊張している。緊張しすぎて無表情無口キャラになってしまっている。いつもどおりだ。
広げられた地図。二つの円に分割された惑星の中のそこには、まるで前世の世界地図をうろ覚えで描いて歪ませたような世界が広がっていた。あるべき半島が無かったり、知らない島が存在してたり。まず気になったのは日本の周りだ。やはり日本列島も北海道と本州が繋がって歪ませたような変な形をしていた。ニュージーランドみたいな感じだ、いやあれも南北が離れていたか。日本周辺で目立つところでは朝鮮半島が無くなっていた。その代わりに石川県の辺りに大陸からにょろっと細い半島が伸びたりしていた。
それで懸念してた一つの可能性は消えた。それは、この世界が異世界ではなく未来の地球ではないかというSF展開だ。全体で見れば似ているかもしれないが、よく見るとあからさまに地形は違うので、核戦争が有ったとしてもここまで変わることはないだろう。
教師が指し示したオルバスタの位置は、ヨーロッパっぽい場所のど真ん中。つまり、前世でいうドイツ南部だ。
なんとなく薄々ジャーマンな部分を感じてはいた。でも魔法がある異世界だし、グーテンモルゲンするような言葉じゃないから、きっと気のせいだなと思っていた。私は世界史に明るいわけではないので、細かい差異はわからない。だけど、地理的位置と、そしてロアーネから宗教内の対立を聞いた後だと……うーん。
ど、ドイツは嫌じゃ……。戦争で負けとうない……。落ち着け。ここは異世界で、国名もベイリア帝国だ。隣の国の皇太子が婚約破棄からの身分違いの結婚とかしない事を願う。
そうそう。ドイツ帝国で首都で混乱とかなかったはず。なかったかな? あったかも。労働者に社会主義が広がったんだっけ。
あ、赤は嫌じゃ……。粛清されとうない……。
ぷるぷる。
だけど不思議なことがある。ここ、ベイリア帝国南部のオルバスタは自治権がある。ベイリア統一といっても、ベイリア帝国に組み込まれたといっても、実質は別の国だ。宗派も違うし。
目の前の女装ショタっ子リルフィことリーンアリフを見て思い出した。そう言えば、パパの兄の子だって言っていたっけ。すると結婚政策での繋がりか。
あれ? その子をうちで隠すような状況って、思った以上にやばくね?
リルフィにちょこちょこ何があったのか聞き出そうとしてみる。
だけど私の言葉がちょくちょくリルフィにはわからなかったようだ。まだ幼いからしょうがないなぁ。
いや待てよ。どうやら私の言葉だけがわかりにくいようだぞ。そんなに発音悪いか? 悪いのは知ってる。でもそれだけじゃなさそうだ。
「まだぼく、こっちの言葉はよくわからなくて、ごめんなさいお姉さま」
「こちの言葉?」
そして私は知った。私の言葉は五つの言語が混じっていたらしい。そんなに。
まずエイジス教で使われているクルネス語。古語とも言う。おそらく前世のラテン語のようなものに当たる。
私が普段魔法語と言っている月語はラヌ語。日常会話で使うことはないが、ロアーネと月語と日本語で比べ合ったりしていたら、頭の中で他の言葉と混ざってきた。
そしてぽろぽろ漏れてるらしい日本語。宮殿内では「どうもー」が通じるようになってしまっている。
私が話す時にあまり使わない帝国語はルイン語という。リルフィは当然ながらルイン語が多かった。上品で敬語のように聞こえる難しい言葉がルイン語だ。
最後にオルバスタで使われるクリン語。ルイン語に似ているが、田舎言葉と言った感じのようだ。違う言葉だけどなんとなくわかるくらいの違い。だけどところどころ違うから、そこでリルフィと齟齬が出る。主にどこで覚えたかというと、体術の師匠がクリン語なのであった。
つまり私の話し方は他の人から聞くと、時々エセ関西弁が混じったり、のじゃロリになったりする感じらしいのじゃ。なんやねん!
話は戻り、それで、リルフィに何が遭ったかと言うと。
「家が燃やされた後はわからないです……。お父様もお母様も、ぼくとは違う方へ逃げました」
おおう……。思ったよりハードな目に遭ってる男の娘であった。
今夜はベッドに誘ってロアーネと挟み込んでダブル抱き枕にしてやろう。