189話:悪巧み
王女→皇女に変更しました。変更というかポカでした。
皇女の部屋に侍女が三人。
ほんわかしたおばちゃんが筆頭侍女のマアフル。燃え盛る皇女を「あらあらダメよ」で大人しくさせる重鎮だ。
二人目はシーダ。オレンジ髪のクール系無口少女だ。彼女の役割は影武者なので、いつも静かに皇女の側に佇んでいる。よく見なくても皇女とは姿も顔も全く違うが、「皇女は赤髪で険のある顔」という情報だけだとパッと見わからなくなるだろう。
三人目は私ニュニュ。虹色髪のぷにぷに美少女。どうやら私の役目は皇女の護衛のようだ。属性魔法が使えない私には不適当だと思うが、なぜかそうなった。
そして皇女のお付きメイドさんが何人か。皇女は名前なんて覚えなくて良いと言っていたので名は知らないが顔はよく見ておく。じー。私は顔を覚えるのが苦手だった。よくわからん。
あと私の仕事といえば皇女の話相手。マアフルは歳が離れすぎて相談役といった感じだし、シーダは皇女相手に無言でうなずくだけだ。私もその楽な立ち位置になりたかったのだが、先日のデートでおしゃべりしすぎて失敗した。
皇女のソファの対面に座り、私はお話にこくりこくりと相槌を打つ。正直話の半分以上はわからない。そこのシーダと入れ替わってもいいんじゃないかと思う。
皇女は話ながら自分の指をちらりちらりと見る。皇女の指にはめられた指輪。陽光のように輝く黄色い魔法結晶を見て皇女は笑顔を浮かべる。
結局のところいくらで買ったのかわからなかったが、オーナーの顔が赤から青に変わったので、お買い得価格でだったろう。商売で大事なのは儲けより信用。チョコチップクッキー一枚の価格で信用の喪失を免れるならお安いだろう。
「それにしても、本当にあなたはいらないのかしら?」
黄色魔法結晶の元の持ち主が私ということを知った皇女は、買い取った指輪を私に返そうとしてきた。しかし私だってただ成り行きで貰ったお守りを少年にあげただけで、本当に興味はない。雪巨人を倒したアイテムだと思っているだろうが、まあ使ったことは使ったので大きく間違いではないが、その指輪の魔法結晶はただ暖かな光を放つだけのようだ。
ご機嫌な皇女はぽぽぽんと向日葵のエフェクトを放った。私がその様子をじっと見ていると、それに気づいた皇女は「なによ」とむくれて、向日葵の花びらが炎に変わる。山の天気より移ろいやすい。生理かな? 生理がない世界だった。
そして機嫌が悪くなると皇女はシュランドの陰口を始める。仲の悪い女の子同士が仲良くなるには? そう、嫌いな男の陰口をすれば良い。私は女の子の闇の部分を知ってしまった。もう男の子には戻れない。
しかし皇女の悪口のネタは尽きてしまったようだ。シュランドが私のせいでアフロになった髪の毛を、似合わない坊主にした時の話はもうこれで三度目だ。
会話が途切れたので私はついに聞いてみた。
「それで、皇女はなんでそこまでシュランドが嫌いなんでげす?」
穏やかな春の陽光に包まれた皇女の部屋が、途端にインフェルノと化す。マアフルはあちゃーという顔をしてそそくさと部屋から逃げ出し、シーダはすすっと窓際に避難した。
お付きのメイドさん方は「冷たいお飲み物をご用意いたします~」とマアフルに追従していった。
皇女は手をグーにして口端に当てて、ぷいと顔を背けた。
「婚約者よ」
思わず私は手で口を抑えた。笑いが堪えきれなかったからだ。しかし指の間から空気が「ぷぴっぷぴぴぴっ」と笑いが漏れた。
「それはまあなんとも……、ご愁傷さまでごにゅにゅす」
「ふん。笑ってるじゃないの」
そこへおばちゃん侍女マアフルが戻ってきて、「冷たいお飲み物でございます」とテーブルに果実水を置いた。ふむ。レモネード。
「ねえ聞いてマアフル。こいつ笑ったの」
「あらあらまあまあ。仲がよろしくて良かったですわあ」
「良くないわよ! 敵なんだから!」
刺激するのやめて。レモネードぬるくなっちゃう。
しかし敵……か。それはティンクス帝国、ティックティン派として、敵対関係ではある。しかし彼女から溢れる魔力に敵意や害意や悪意は感じない。やはり口だけ。ツンデレなのだ。
皇女の機嫌を取り戻すために、再びあの件についての話に戻す。
「それで、例の計画はどうでござるか?」
「マアフル。どうなの?」
おばちゃん侍女マアフルは「へえへえ」と一人のメイドを連れてテーブルの隣に立った。あれ、トカータじゃん。
「この子を使うよ。あんた、ニュニュの穴掘り仲間だそうだね」
「え、ええ、まあ……」
「皇女の御前よ。しゃっきりおしい!」
マアフルはトカータのお尻をぺちんと叩き、トカータは「ひゃあい!」と同意してしまった。
「穴掘り仲間じゃなねえでごす。彼女は洗濯メイドじゃけんのう」
「そう? でもあなたと親しいんでしょう? なら問題ないわねえ?」
ふうむ。どうやら我々の計画の協力者としてトカータに白羽の矢が立ってしまったようだ。私が信頼できる、そして私の側に居ても怪しまれないという人物は彼女くらいしかいな……ん?
「スパテーナは?」
「スパ……?」
「違った。テーナは? 私をここに連れてきた女」
テーナなら私の側に居てもおかしいと思われないし、使い捨てても心が傷まないじゃないか。
マアフルはメイドたちに振り返り、「あんたら! テーナって女を知ってるかい!?」と叫んだ。しかしメイドは「誰?」と顔を見合わせて誰も反応しない。そんな中、トカータがおずおずと手を挙げた。
「あの、その方ならシュランド様から聞きました。確か……宮殿から追放した、と」
なにやってんのテーナ!?
いや待てよ……。追放とは何かおかしい。あいつ軟禁状態が嫌で逃げ出したんじゃねえの? きっとそれだ。じゃあいっか。いないもんはしょうがないな。
「では命令よ。穴を掘りなさい。あなたの考えたというババ・ブリッシュ法の実験を我が国でも行うわ」
ティンクス帝国の歴史の分岐点となる国家プロジェクトが始まる――!
火薬も石油も発展せず魔法科学のみで文明が進んだ場合、必ず蒼石炭を多用する時期はくる。そのためにも、その排気ガスを再利用するシステムを先に作っておくことは間違いなく役に立つ先行投資になるはずだ。
それには数多くの失敗を重ねることだろう。そう失敗する。失敗するのだ。シュランドが視察中にな! がはははは!!
「んふっ。あなた今一番楽しそうな顔をしているわね。噂と違って悪巧みとか好きなのかしら?」
私は首を横に振る。
「いいえこれは正義。正義の鉄槌でごわす」
「正義。正義ねえ。クソみたいな正義だわ」
「全くでござる。クソ喰らえでございにゅにゅなあ」
私と皇女はキャハハと笑う。
メイドさん方は皇女がご機嫌で雰囲気がほんわかした。
マアフルは「お友達ができて良かったですわねえ」とにこやかだ。
シーダは変わらず無表情。
ただトカータだけが不安そうにオロオロしていた。