187話:皇女と炎
赤髪ツインテツリ目皇女様の名前はクリンクリシアといった。愛称はクリクリちゃん。しかしその愛称を口にすると首が飛ぶ。背は私よりも高い。というか、私より低い子はここにいないが。
穴掘りをしなくていいと言われた次の日。早速皇女様に連れられて街へ出ることになった。
皇女は白のふりふりを付けた真っ赤なドレスで街に出るようだ。紅白すぎてめっちゃ目立つであろう。しかし高貴な者は目立つ方が安全だ。人の目が集まっている方が暗殺者は動きにくい。
皇女様はシュランドにエスコートされて馬車に乗り込む。私は遠慮するでござる。シュランドに抱きかかえられ、馬車の中にぽいと投げ入れられた。
「貴女、歳は?」
「13でございにゅにゅ」
「わたくしと同じね」
「左様でごにゃるか」
13……か。まだ発達途中なのだろう。だいたいソルティアちゃんと似たような背格好だ。スタイルはぷにっとしているが。狩猟王族姫のソルティアちゃんが野生の獣のように細すぎるとも言う。
皇女様は馬車の窓の外に映る街の様子を片肘を付いてぼーっと観ている。先程までお花な魔力を飛ばしていたというのに、その姿はなんだか物憂げだ。
そんな姿の皇女にシュランドは余計な口を入れる。
「姫。あまり窓に顔をお出しにならぬよう」
「わかってるわ。うるさいわね」
あーほら、また炎のエフェクトが出てきた。むんすとした顔から火花が飛び散っている。
「ニュニュ! 何か面白いもの買ってきなさい!」
ああ。そしてまた私に無理難題が降り掛かった。しかし珍しくシュランドが庇う。
「姫。本日の外出はこのニュニュを連れ立つことが条件でございます」
「うるさいわね。じゃああちしも行けばいいんでしょ!」
皇女は私の腕を掴んで、走っている馬車の扉を開き、ぽんと飛んだ。
皇女の足から炎が吹き出し、ふわりと着地した。私は土埃と炎の中でごろごろと転がった。
「何してるの。鈍くさいわね」
イラッ。赤髪ツインテツリ目皇女様じゃなければ髪の毛パンチをお見舞いしているところだ。しゅっしゅ。
ぱんぱん。私は気を落ち着かせて立ち上がる。
「で、街に何のようなんでげす?」
「なによ。新米侍女のくせにわたくしに文句言うつもり?」
純粋に疑問で尋ねただけなのにいちいち噛みついてくる。なるほど。ツンツン娘がかわいいのはファンタジーなことがよくわかった。
「うるせー。良いから答えろメスガキ」
「は? 今なんて言った? 変な口調は見逃してあげてたけど、殺すわよ」
「すんません。育ちが悪いもんで」
旅の途中で出会ったおっさんの言葉を真似してみたら、皇女様からめちゃくちゃ殺意が飛んできた。殺意が飛びすぎて私の服のスカートの半分くらいが燃えた。
「まあいいわ。今日は機嫌が良いから教えてあげる」
私はぺっぺとスカートに飛ぶ火の粉を払った。ドレススカートは燃えて超ミニになってしまった。ちょっと動くとおぱんつ見えちゃう。
「他所から来たあなたは知らないだろうけど、この街は四年前に錆色飛竜に燃やされたの。知ってる? 北から来る空を飛ぶ魔物よ」
私はこくりとうなずいた。知ってる。魔法学校に通っている時に偶然それに襲われた。偶然じゃなくて、私がそこにうっかり世界樹もどきを作ってしまったことが原因らしいけど。ここは竜王国から私が魔法学校に通っていたハイメン連邦の空の通り道にある。つまり巻き込まれたのだろう。おのれ! 原因を作ったやつ!
「この街を見てどうかしら?」
ふむ。ベイリア帝国の首都リンディロンと比べてはるかに劣っている。なんたって道が舗装されていないレベルだ。道にはネコラル自動車ではなく、馬車が走っている。そしてどことなくうんこ臭い。まあ、良い意味でも悪い意味でも、オルバスタのオルビリアの街レベルだ。良い意味は、リンディロンと違って蒼石炭の蒼い煙に街が包まれていないことだろう。文明的に先進的ではないゆえに、大気汚染がされていない。文明の進化をここで留めておけば、人類の幸福度は絶頂のままでいただろう。
「ここまで復興した、復興したの。それなのに……」
皇女が見せた物憂げな顔。それは馬車の中で見せたものと同じだ。わがまま皇女様にも何か思うことがあるのだろう。それよりも私はお腹が空いた。
「腹減った。肉食いてぇ」
「あなたね……。まあいいわ。肉料理の美味しいレストランに行きましょ」
やったー! おにきゅー! じゅるり。しかしドレスコードは大丈夫だろうか。私の今の姿は先進的過ぎる高度経済成長期ファッションになっているのじゃが。オシャレの街だから許されると思いたい。許されなかった。
再び馬車に乗り、貴族街のレストランへと向かった。皇女様を出迎えた紳士がうやうやしく頭を下げるが、私の脚を見て顔が引き攣った。
「皇女様。そちらのお連れの方のお姿でございますが……少々、あの……」
「いいでしょ。わたくしが燃やして短くしたの。何か問題がありまして?」
「いえ問題など。ははは」
問題ありすぎだろう。幼女のおぱんつ丸見えスカートが許されるのは昭和のアニメくらいだ。
そして皇女が連れてきたのは私一人。てっきりシュランドが付いてくるかと思ったが、皇女がそれを拒否した。どうやらシュランドは皇女に嫌われているらしい。ざまあみろ。
逆に私は困った事に気に入られてしまったらしい。私は皇女の正面の席に座らされ、皇女と同じメニューを食べることになった。コース料理だろうか。生粋の日本人、じゃなかったオルバスタ人の私は一度に料理を運んできて欲しい。そして食べたいものだけ食べたい。うーん。葉っぱに油かけたサラダぁ……。もしゃもしゃ……。
「あなたのような子は初めてだわ。何をしても怯まない。それどころかわたくしに殺意まで向けてくる。何者なのかしら」
皇女の「殺意」の言葉にウェイターは「ひっ」と怯んだ。
「精霊姫と呼ばれておりにゅにゅ」
「そう。噂に聞いていたけど本物なのね。あなた、わたくしの敵だということをご存知かしら?」
キツイ顔で睨まれた。ロリコンドMに目覚めそうだ。私の方がロリだった。皇女様の背景エフェクトがマグマのように煮立っている。
「敵はティックティン派でにゅにゅ」
「ほら。やはり敵じゃない」
皇女様の手にしてる銀のナイフとフォークが溶け出した。暑い。このレストラン暖房効きすぎじゃない?
「それで、敵地に何をしに来たのかしら。精霊姫は」
あかん。これ返答間違えたら私の服が全焼してすっぽんぽんになる。テーブルのお肉がウェルダン超えて黒く焦げ始めた。
社会勉強のためにメイドさんになりに来ました。……違うな。
そう、私の目的は……。
「シュランドをぶっ飛ばしにきた」
そう答えると、皇女はぽかんとした。
「ただぶち殺すだけじゃ気が済まない。惨めな顔で泣いて謝らせてやる」
皇女はぷくすと吹いて、がはははと笑った。
「それいいわね!気に入ったわ! わたくしはそれに手を貸すわよ!」
皇女はシュランドが嫌いなのだろうか。まあなんか偉そうでむかつくけど。
皇女は愉快そうに焦げた肉にフォークを突き立てた。そして「これ焦げてるじゃない!」とウェイターに苦情を告げた。
「それでどうするつもり?」
「まだ何も」
「そうね。そう。あなたが一番惨めで辛くなったことをシュランドにも味合わせるの。どうかしら?」
私が一番惨めで辛くなったこと……。それは……。
今ここに皇女を巻き込んだ一大復讐計画が始まろうとしていた。