186話:やや若干ティンクス語を覚えてきた
それから。私は庭に穴を掘って埋める仕事が続いた。洗濯メイドさんも私に慣れてきて、色々話しかけてくれた。それでやや若干ティンクス語を覚えてきた。焦げ茶の地味な顔のメイドさんはトカータといった。
私も髪の毛で穴を掘る技能が増してきた。毎日同じ場所を掘るのでは、土が柔らかくなっていて面白くない。私は庭のあちこちに穴を掘って埋めた。トカータとおしゃべりするために穴を掘るのにも時間をかけた。今日は露天風呂くらいの大きさの穴ができた。私は穴の周囲を歩いて穴の大きさを歩いて測り、そして埋めていく。
トカータ毎日穴を掘って埋める私の仕事に疑問を持った。しかしこれが私に与えられた皇女の仕事であるというと、それ以上聞かなかった。トカータは「私と同じだね」と言った。
本来の洗濯場はここではないようだ。トカータはメイドさん方が入る屋敷の中の大浴場で洗濯をしている。その中でトカータは皇女の邪魔となったという。トカータは実際邪魔をしたわけではない。洗濯物を運んでいただけだ。皇女は「邪魔よ。外でやりなさい」と言われた。その日からトカータの洗い場は外となった。そんなトカータだが「今は洗濯のお仕事ができるから」と言う。新人で洗い物を運ぶだけだったトカータは、水魔法で洗濯ができるようになった。主に一緒に洗いたくない特に汚い衣類担当とのことだが。
「ララちゃん。洗濯終わったよ」
「そう。それじゃあ行こう」
トカータは洗濯物の入った籠を抱えて、んしょんしょと私の隣を歩く。屋敷の角を曲がると大量の物干し竿が並び、メイドさん方がそれに服をかけていた。トカータは洗濯メイドに「すみません遅れました」と報告するも、洗濯メイドは「そう」とだけ言って首をくいと上げた。私は洗いたての洗濯物を取り出して、竿にわっしゃわっしゃぱんぱんとかけていく。
干すのが終わったらトカータと手をつないで自室に戻った。そして日誌に今日のお仕事の成果をティンクス語で書いていく。穴の図を描き、大きさを書き込み、かかった時間と感想を書く。「今日の穴はすり鉢。蟻地獄の穴と名付ける。最後は埋めた。」とトカータに教わりながら書き込み終了だ。
「ララちゃんが来てもう一ヶ月だよね。毎日穴を掘っててつまらなくないの?」
「でもこれが仕事だから」
お仕事中はトカータとお話できるし、それでティンクス語を覚えられるので正直助かっている。それで毎日貰えて美味しい食事も食べられるし。さすが肥沃な大地。暖かい気候のティンクス帝国だ。食べ物が美味しい。豚肉ソーセージばかりのベイリア帝国とは違う。とは言え、高価な牛肉が食べられるわけではないが。あと絶対に牛乳だけは飲まないけど。
それに自由な時間が沢山ある。私は二日目に皇女に「その顔を見るとイラつく」と言われたのでそれ以来部屋に行っていない。私が聞き取れなかった初日に皇女に言われたことは「ここでのルールは一つ。私をイラつかせない事」であった。なので私は命令通りに顔を見せないことにした。こそこそ。
「今日も物語カードする」
「いいよー」
私は手作りの紙切れカードの束を取り出した。ティンクス語を勉強するために簡単なカードゲームを作ったのだ。難しいルールにしてもトカータが理解できない可能性、そもそもほとんどわからないティンクス語で複雑なルールを説明するのは不可能なので、本当に簡単なゲーム。束から上から一枚カードを取る。カードには「時間」「人物」「名詞」「動詞」などが書かれている。カードを引いた人はそれを使った即興の物語を作って語る。上手く一センテンツが作れたらそのカードを貰える。それを順番に行い、カードが多い方が勝ち。『ワンス・アポン・ア・タイム』のルールをものすごく簡単にした感じの遊びだ。
もちろん、今のところ私は全敗である。
「じゃあ私からね。『庭』。『庭』にある女の子がいました。はい」
「『鳥』。庭で女の子は『鳥』にうんちされた」
「汚いなあ……。『声』。すると女の子は鳥のごめんなさいという『声』を聞きました。」
「『神官』。んー。『神官』の女の子は、それを聞いて、うんちしました」
「だめー!」
「むぅ」
「じゃあ私が『神官』ね。『神官』の女の子は、それを聞いて、いいのよ、と答えました」
「『皇女』。その鳥は、本当は、『皇女』でした。『皇女』はうんちしました」
「ん……まあ鳥だし……。うん……。『トイレ』……。もう! ララちゃんが変なことばかり言うからそんなカード来ちゃったじゃない!」
「ふひひっ」
「神官は言いました。鳥さん鳥さん。うんちはトイレでしてください」
「『満月』。満月の……夜に……外に出てください。と、鳥さんは言った。ついでにうんちしました」
「うんち禁止!」
「うい」
「『シュランド』。ええ!? なんでカードにシュランド様が!? 変な言葉入れちゃだめだよお!」
「はい、トカータ、だめ」
「じゃあララが作ってね。うんちは禁止よ」
「満月の夜。神官が外へ出ると、シュランドはおしっこしてました」
「おしっこもだめー!」
トカータの後ろから「おい」と男の声がして、トカータはビビクンと跳ね上がった。
「何をしている。変なことを言ってなかったか?」
「シュランド。乙女の部屋。勝手に入るダメ。バカ。アホ。クソ漏らし」
「シュランドさまぁ。ご無礼をお許しくださぁい。こいつがぁ、こいつが勝手にぃ」
なんじゃと!? トカータめ裏切りおって!
「なぜ皇女の側にいない。皇女の護衛がララの仕事であろう」
「ふふん。私、皇女から仕事、してる。今日は仕事終わったでござる」
「それで、仕事とは?」
「穴を掘って埋める」
ふふん。私は胸を張った。シュランドは頭を抱えた。
「あ、あの、シュランド様。ララちゃんは真面目に色んな穴を掘ってました!」
「皇女に言われたイジメを、無駄に一ヶ月やってきたというのか……」
「無駄じゃない。これ見る」
私は穴掘りレポートをシュランドに開いて見せた。
「穴を掘る。大変。皇女の命令、守る」
「守らんでいい。皇女の部屋に行くぞ。付いてこい」
「私、皇女会えない。ダメね」
ぷるぷる。私は首を振って拒否した。
「私、皇女に顔見せるな、言われてるね。命令守るあるね」
「いい加減な奴だと聞いていたが、厄介な性格してるな」
ふふん。私は胸を張った。シュランドは私を引っ張った。
「あ、あの、シュランド様。ララちゃんは遊んでただけじゃなく、ティンクス語を学んでいました!」
「そのようだな。おかしなところはあるが」
「おかしいでござるか?」
シュランドは何も答えなかった。そして私を引き摺っていく。ずるずる。
皇女様おひさーやっほー。
「その髪見たことあるわね。どこ行ってたの?」
「皇女様の命令をこなしていたようでございます」
「そう? わたくし何か言ったかしら?」
ふむふむ。どうやら今日の皇女様はご機嫌らしい。なんとなく身体が魔力が花のようにふわふわ飛んでいらっしゃる。以前会った時は炎のようなエフェクトが出ていた。
「まあいいわ。それでその子なんと言ったかしら?」
「ララでございにゅにゅ」
「にゅにゅね。わかったわ」
にゅにゅじゃないにゅにゅ。
「それで、その侍女を連れていけば街に出てもいいのよね?」
ふむ。なんだか嫌な予感しかしないのじゃが?