185話:赤髪ツインテ皇女
運ばれた先は牢獄か、なんて思っていたが、袋からひょっこり顔だけだしたそこは貴族の談話室であった。私の前のソファには敵の親玉のシュランドが脚を組んで座っている。
「姫は何をするかわからんからな。ここまで拘束させてもらった」
んにんに。私の手足は袋の中に入れられたままなので芋虫状態だ。まあ、動くに気になれば髪の毛で動けるのだが、より警戒されるので止めておこう。
それよりも裏切りテーナの姿が見えない。スパイなことがバレて処刑されたのだろうか。なむなむ。
「テーナはどうした?」
「彼女は部屋で休んでいる。自由は与えられないがな」
ふむ。やはりテーナが三重スパイなことはバレていたのか。それでも泳がされていた、と。結果的に彼女は精霊姫をティックティン派の巣窟に連れてきたのだ。仕事はした。
「彼女からは色々と話は聞いている。随分と真偽が怪しい情報も混じっていたがね」
シュランドは後ろのブロンドおっぱい美人の副官から書類を受け取り、読み上げた。あの紙の束が全てテーナからの情報か? 情報漏らし過ぎじゃないか。お漏らしテーナめ。
「例えば、精霊姫は世界樹を通じて空間移動をする、とか」
ふむ。正確な情報じゃないか。やはり裏切りテーナか。
「世界樹は国の管理下にある。そしてそれらの全ては枯れかけている。さらにそれができるなら、馬に乗ってここまで旅をしてくるはずがない。違うか?」
私はこくりとうなずいた。
そうか、テーナの情報には穴がある。それゆえ正しいことでもデタラメにしか見えないのか。
「そしてこれは……。私の部下が間違えて君の妹君を刺した、か。ここに詫びよう。まあ、君も私の部下を殺したのだからお互い様だ」
何をいけしゃあしゃあと。そっちが襲いかかってきたくせに。正当防衛じゃ。
「ともあれ、色々あったが精霊姫はこうしてここに来てくれた。水に流して仲良くしようじゃあないか」
私はこくりとうなずかなかった。
「こうして私を拘束したまま会話するのがこの国の友好の仕方なのか? お前らは自分の正義を振りかざし、その結果がどうなるかわかっていない。いますぐに解かなければ大変なことになるぞ。私はいつだって抜け出せたが、あえてそうしなかった。私の言いたいことは、わかるな?」
膀胱が限界であった。私が袋のまま座らされているふかふかぷにゅぷにゅソファは恐らく魔物素材の高級品だ。
副官の私を見る目が険しくなる。シュランドは気配で察したのか、私の目から目を離さずに片手を上げて制した。
「アフォリア。解放してやれ」
「はっ。しかし……」
「やれ」
副官ちゃんは私の側で呪文を唱え、袋の口をがばりと開けた。
しかし私は動かない。すでにうかつに動けなくなっていた。
「一刻を争う事態が進行している。なぜ貴様らはそれに気付かない。自分たちが、自分たちこそが正しいと信じているからこそ盲目になっている」
「言い過ぎだ! 貴様ァ!」
副官ちゃんがサーベルを抜き、私を睨み付けた。
「期を逃した。もはや私は動けない」
私は目を瞑る。ダムは満水。もう決壊する。
シュランドは私の身体を掴み、持ち上げた。ぷらーん。
そうだ。急げ。早く。
「どこまで知っている。どこまで見えている」
「トイレだ」
「なに?」
「トイレへ急げ」
シュランドは私を抱えたまま走る。副官ちゃんがそれに先行した。
見えた! トイレだ! しかし予断を許さない。安心してここで油断すると、扉を開いた瞬間に爆発するのだ。
副官ちゃんがトイレの扉を開くと、トイレが爆発した。
「アフォリア!」
副官ちゃんが炎に包まれる。バックドラフト……。酸素不足の不完全燃焼状態から空気が入ることで爆発を起こす現象だ。
シュランドに私はぽいと捨てられた。当然のように私は漏らす。
シュランドは副官ちゃんの炎を吸収した。炎が男の両手に吸い込まれていく。そして水に包まれた副官ちゃんの姿が現れた。副官ちゃんは無事のようだ。
「心配をおかけしました。床を濡らしてしまい申し訳ございません」
とっさの水魔法で床に漏れてしまったのだろう。私の足元まで水で濡れていた。
「構わん。我もそやつの言は半信半疑であった。まさか本当に狙われていたとは」
二人が私に振り返った。私はこくりとうなずいた。私も本当に狙われているとは思わなかった。なんのことか知らんけど。
さて。その後、私はお風呂に運ばれた。見知らぬメイドさんにお着替えさせられるのは恥ずかしい。湯船は大きいものではなく、一人用。ふはぁ。久々のお風呂だ。生き返るのじゃあ。うとうとしてたら茹で上がって、メイドさんに引き釣り出された。
そして私は簡素なワンピースドレス、しかし装飾は少ないものの質は良い。侍女服に着せ替えさせられた。
その後に連れられた先に連れられた豪奢な部屋の中にいたのは、口をへの字にした、赤髪ツインテ釣り目の美少女であった。私は一目見て確信した。こいつは私と同じ系譜。ツンデレ系メインヒロイン皇女様だ。そう、私は隣に立つシュランドに部屋に入る直前に「ティンクス帝国皇女の侍女になってもらう」と言われていた。
そして私の事がティンクス語で紹介された。新しい侍女のララちゃんですどうぞよろしく。赤髪ツインテ皇女はそれをつまらなそうに聞き流す。興味ないのだろう。しかし私の髪色を見て、目を見開いた。
「面白い髪色ね」
赤髪ツインテ皇女が話したのはティンクス語だ。ぷち学習したのでこのくらいは聞き取れた。しかしなんて言い返せばいいのかわからないので、私はこくりとうなずいた。
何か言えとシュランドに言われたので、私は勉強した言葉でがんばって話してみた。
「生まれつきでござる」
仏頂面した皇女が吹き出した。
「なにそれ。どこの生まれよ」
「ベイリアのオルバスタの森でごわす」
皇女はつかつかと近づき、私の髪を掴んだ。
「なにそれ。冗談のつもり? 面白くないわよ」
シュランドが口を挟もうとしたが、「黙って」と言われてシュランドは引っ込んだ。
「ここでの※※※は一つ。私を※※※※※ない事」
私はこくりとうなずいた。
そして皇女は私に何か命令して、ぷいとソファに戻った。そして私に向かってしっしと手を振った。
ふむ。どうやら出て行けと言われたようだ。で、何を頼まれたのだろうか。
部屋から出てシュランドに聞く。
「外で穴を掘れと皇女は言っていた」
え? なにそれ。私土魔法使いじゃないんだけど。
穴を掘れってなんだ? 一体どこに? なんのために? どのくらいの大きさを?
シュランドは「では我は戻る」と言って、私は放置されてしまった。ちょっと待って! せめてテーナを! 通訳テーナをちょうだい!?
ぽつねん。私は考えた。何をすればいいかわからないが、とりあえず庭のどこかに穴を掘ればいいだろう。雑な命令に対してはとりあえずポーズだけを取る。そして違うと言われたら「ちゃんと指定しなかったあなたが悪いんですけど?」と責任転嫁する。「わからないならなぜ聞かなかった」と言ってきたら「はあん? 現場監督しなかったあなたが悪いんですけど?」と無責任を主張する。つまり、「穴を掘れ」とだけ言われた私はとりあえず適当に穴を掘ればいいのだ。
というわけで外に出よう。しかし私はこの屋敷のことを知らない。外に出るには玄関では窓から出る方が早い。私は廊下の窓をがらりと開けて身を乗り出した。それを見た知らないメイドが「危ない! きゃああ!」と叫んだ。ここは三階か。私は髪の毛で着地して庭に降り立った。
おっとここは洗濯場だったらしい。さきほど私が脱いだ服が洗われていた。空から降ってきた私を見て、洗濯メイドさんが腰を抜かして服を地面に落としていた。あーあ。洗い直しだな。
「穴を掘りたいでござる」
「あ、穴?」
「皇女は言った。ここにするでごわすか?」
「は、はあ……」
私は洗濯メイドの隣で穴を掘ることにした。穴と言ってもどんな穴でもいいわけではない。最低限仕事をしたという大きさの穴を掘ることが重要だ。そして後から取り返しのつかない大きさの無尽蔵な穴を掘ってしまうのも無能だ。ほどほどの、多くの人がそれを見て「穴だなあ」と思う大きさの穴を掘らなくてはならない。
穴を掘るにはスコップが必要だ。いやツルハシか。地面の土というものは思ったよりも固いものだ。鍬で畑を耕したことがあるならわかるだろう。猫の額のような大きさの畑を掘るだけで人の腰は簡単に死ぬ。
というわけで、何か掘る道具を借りたいのだが、どこの誰にどんな言葉で借りればいいのかわからない。むむ。中々に困難な命令だ。いざ穴を掘るとなって私は気づいた。これは、皇女は私を試しているのだろう。中々の切れ者だ。ただ庭に穴を掘ると言っても容易なことではない。コミュニケーションを始め、様々な能力が試されているに違いない。そしてその全てを私は持っていなかった。
私がふむふむと唸っていると、隣では洗濯メイドが恐る恐る洗濯を再開していた。彼女は水魔法使いだ。水魔法で地面に穴を掘ることは、妹シリアナなら可能かもしれないが本業ではない。洗濯メイドに頼むは間違いだろう。それに彼女の邪魔をすることは命令遂行に対し減点されるかもしれない。
しかしここにいる誰もが働いているはずだ。暇な人物といったら、そう、テーナくらいか。早く助けにこいよあいつ。しかしテーナは炎魔法なので穴を掘るにはやっぱり役立たずだ。
私はコミュニケーション能力を諦めた。誰かに頼る力がないならば、自分の力を見せるべきだ。
穴を掘る、か。私は地面を見た。地面の一部が窪んでいる。これは? 私が窓から落ちて、髪の毛で着地した時の穴……。そう、そうか!
私は髪の毛を地面に突き立てた。私には便利な手足となる万能な髪の毛がある。髪の毛に住む精霊さん! お願いしゃーっす!
私が髪の毛でざっくざっく地面に穴を掘り出すと、それを見た洗濯メイドさんは腰を抜かして服を地面に落として汚していた。
そして。
「これ、穴?」
「は、はあ。穴」
よし。洗濯メイドさんが穴と認めてくれたので、これは穴だろう。大きさはマンホールサイズ。そして深さは私の身長くらい。ちょっとした落とし穴の大きさだ。十分だろう。
「穴できた。私は戻るでござる」
「はあ。お気をつけて」
私は髪の毛でしゃかしゃかと壁をよじ登った。それを見た洗濯メイドさんは泡を吹いて私の穴に水を満たして洗濯物を泥の中でかき混ぜ始めた。
廊下へしゅたんと戻った私は、皇女の部屋へと向かう。
こんこん。
……。
こんこん。
……。
こんこんここんこんここんこここんここんこんここん。
しつこくノックし続けたら、先輩侍女がドアを開けてくれた。
私は部屋に入り、「穴できたでござる」と報告した。
すると皇女は「ああそう。じゃあ埋めて」と言った。
なるほど。なるほどね? そういうやつね?