184話:ティンクス帝国首都ラパームへ
姫騎士とおっさんずが私に忠誠を誓った。私を精霊姫として崇め始めたのだ。また変なことになってきた。
宿に泊まっていた客も、雪巨人の姿が消えると戻ってきた。そして姫騎士とおっさんずの話を聞いて、私を救世主と崇め奉り、その中の三人が追加で次の町まで付いてきた。その中の三人には吟遊詩人が混じっており、町で精霊姫の勇姿を歌い始めた。途中の宿からその町までさほど大きく距離があるわけではなく、町も吹雪に見舞われていたし、雪巨人の姿と、それを貫く陽光の魔力を見た人も多いため、さらに多くの信徒が加わった。そして百人を超える精霊教の団体が結成されたのであった。
「テーナ……これどうする……?」
「どうにもなりませんよ……。いやなんとかしましょう」
さすが頼れるスパテーナだ!
しかしテーナはこの団体をどうこうしなかった。一団のまとめ役は姫騎士ローリエで、テーナは精霊姫の翻訳係となった。この日からテーナはティンクス語の同時通訳をしてくれなくなった。なので私は話しかけられても雰囲気でうなずく人形となった。これじゃあ私はまるで無口系不思議ちゃんぷにぷに美少女じゃあないか。元からそうであった。ならば問題なかった。
人の数が増えるほど、身動きは取りづらくなる。周囲を意識しようとしまいと、私の意思と動きは集団に絡め取られる。密度が濃くなればなるほど動けなくなり、広がれば広がるほど統率できなくなる。まるで魔力みたいだ。
いつの間にか、私の旅は精霊教の巡教ということになっていた。または精霊教にすら興味ない人まで付いてきた。人が集まれば大量の需要が生まれ、大きな金が動く。商人が増えていき隊商となった。旅芸人まで加わって、魔術サーカスが子どもたちを楽しませている。
なんだ。なんなんだこれは……。私は高台と高台の間の、何も渡されていない空間を歩く、風魔術渡りを拳を握ってハラハラしながら見守った。ぱちぱちぱちぱち。背中に妖精の羽を模したお兄さんが高台の中で笑顔で一礼。おおっと! バランスを崩して頭から落下! きゃああ! しかし潰れたトマトになるすんでで風魔術でくるりと一回転。おどけて見せて、つむじ風に乗ってくるくる周りながら退場していった。
楽しいな。楽しいじゃないか……。私は素直に魔術サーカスを楽しんでしまっていた。そう、魔法ではなく魔術だ。魔法が使えない平民を魔術師にする技術。それは破壊だけではなく娯楽も生み出していた。
座長が現れ、何か話しだした。
「本日はなんたらかんたらほにゃふにゃありがとうございました。なんとにゃんたらふんにゃら精霊姫ぽんぽこぽんのぷっぷくぷー」
何を話しているかわからないが、何か呼ばれた気がした。おそらく、このサーカスを精霊姫も観覧なさっているとかそういうことを言っているのだろう。
翻訳してくれないテーナが私の手を引っ張った。なに。なんなの? 私をステージの上に連れて行こうとしている。なるほど。なるほどね。ふふ。挨拶を頼まれちゃったってことね。
「いや、ティンクス語喋れないけど」
「魔法でも見せればいいんじゃない?」
え? やだけど……。
でもここは魔術サーカスのステージ。本物の魔法ってものを見せてやってもいいかもしれんねえ!
ぽってぽってぽって。私はひざまずく座長の隣に立って、観客に両手を振って笑顔を振りまいた。そして先ほどの風魔術師のお兄さんを呼ぶ。そう。そこで飛んで。うん。ほら、いくよ!
「魔法弾射出」
私は魔法弾をぽんぽんと飛ばして、風魔術師のお兄さんで的当てをした。どやあ!
……。
……。
なぜか観客席が白けていた。
な、なんだと……? 私のシュテアが受けないだと……? 宮殿では私がシュテアる度に、メイドさんやら文官やら執事やらみんなが私を褒め称えてくれたのに、そんな……。これがアウェイの空気……ッ!
座長も隣でおろおろと困惑していた。
こほん。
まあ今のは序の口だって。ウォーミングアップだって。まあ見てなって。
私は高台にんしょんしょと登った。おー高いな。いえーい! 今から向こうの高台に飛び移りまーす!
……結構距離があるように感じるな。実際結構距離があるのだろう。
ぴょいーん。私はこっそり髪の毛を使って飛び跳ねた。しかし飛距離は足らず、私は足場の手前で重力に負けてしまう。だが髪の毛を伸ばして高台の手すりに巻き付き、ぐるりと大回転して見事に着地! どやー!
……。
……。
なぜか観客席が静まり返っていた。
お、おう。そうだ。風魔術師のお兄さんはここから落下していた。あっ。私もよろめいちゃったぁ。ぐらり。頭から落ちた私は地面に髪の毛を突き立て、くるりと一回転して両手を掲げた。どや!
……。
ぱち……ぱち……。
遠慮がちに拍手が起こり、最後は盛大な拍手喝采となった。ふう。良かった。見事に盛り上げられたようだぜ。
片手を上げて舞台袖に下がると、テーナが呆れた顔をして立っていた。
どうやら座長は私に、空へ放つ「まじっくあろー」をさせたかったらしい。嫌だよ。衆人環視の中でお漏らしするの。
それに雪巨人が出現した原因。どう考えてもその前日の私の魔法の影響だもの。偶然とは考えられないもの。またなんか現れちゃうもの。
そんなサーカスの出来事は置いといて。
とにかく、私のスパイ潜入の旅はおかしい人数を引き連れて、ついに終わりを迎えたのであった。ティンクス帝国の首都ラパームに着いたのだ。
ドンドンパフパフズッチャカズッチャカチャンチャンコ。精霊姫のお通りだ。チャンポコチャンポコポンポコチー。
街を囲む壁の門からわらわらわらと大量の兵士が出てきた。どうやらデモ行進かなにかと思われたらしい。だいたい合ってる。フランス人……じゃなかった、ティンクス人は新しいものを求める時、前時代の物を破壊する傾向がある。だからこうなった。
「うおおおお! 精霊教を広めるために現政権を壊すぞお!!」
「キョヌウはおしまい! これからは精霊教よ!!」
「あっちにパン屋があるよ! 倉庫に小麦を隠してるわ!!」
「ええじゃないか! ええじゃないか!」
兵士を見て興奮する民衆たち。兵士たちも本格的に殺気立つ。
しかしその熱気も、本物の熱気でかき消された。空に浮かぶ紫色の火球をみんな口をあんぐりと開けて見上げた。そしてそれが近づいてくると、みんな後ろ足に一歩二歩、そして蜘蛛の巣を散らすように逃げ去っていった。残った者はテーナはもちろん、姫騎士やおっさんや吟遊詩人など雪巨人の被害に遭った者、そして商人たちに魔術サーカス団。
紫の火球は私の前へ降り立ち、炎はぶわりと拡散した。あっちゅあっちゅ!
炎の中から現れた男は、ベイリア帝国語で話しかけてきた。
「精霊姫。ずいぶんと信徒を集めて派手にやって来たようだな。何用だ」
お前は……!? ティックティン派のボス!? ええと……、そう、シュランド! テーナから耳打ちをして教えてもらった。
「ふっ。シュランド。髪の毛さっぱりしたな」
チリチリアフロになった髪の毛はばっさりと切って短髪になっていた。そのせいで本当にシュランドか一瞬わからなかった。
「これか。おかげでこの冬は寒い思いをした。炎魔術師でなければ耐えられなかっただろう」
シュランドは自分で言ってくっくっくと笑った。え? なに? 魔術師ギャグ?
ぽかーんとしていたら、私は後ろから袋をがぽっと被せられた。え? なに? 暗い!
「シュランド様。精霊姫を捕らえました」
え? テーナ? こいつ裏切りやがった!?
こんな袋簡単に脱出して……んにっんにっ……ふむ。魔素を遮断する袋か。魔黒炭の応用品といったところか。無理をすれば逃げられるだろうが大人しくしておこう。あっ。おトイレに行けないと思うとちょっと催してきた。
「よし。丁重に屋敷まで運べ!」
私の入った袋が持ち上げられて、どうやら馬車にぽいっちょされたようだ。
外からはテーナと姫騎士が争う声が聞こえる。ティンクス語なので何を言っているかわからない。金属音がカァンキィンと鳴り、テーナのうめき声が聴こえた。どうやらテーナは負けたようだ。何やってんのあいつ。まあ魔法使いだしなあ、あいつ。
きっとテーナは「お別れに遊んであげたの」的なことを言って逃げるのだろう。私を乗せた馬車がごったんばったん動き出した。衝撃で座席から転げ落ち、床にお尻をぶつけた。うぎゃ。