182話:姫騎士
ここはとある町の宿酒場。酒と脂臭いフロアで酔っ払いどもがガハハと笑う。壁には掲示板があり、依頼の紙が貼り出されていた。
こ、これはまさか冒険者酒場ってやつじゃあないか!? 私は興奮した。そわそわ。きょろきょろ。
「なんだあ? このメスガキは。売り飛ばすぞ!」
おおう……いきなり世紀末な雰囲気。エイジス歴では1704年だというのに。
さていきり立つ酔っ払いをどうあしらうか腕組みして悩んでいたところ、私の前に金髪縦ロールの姫騎士が遮った。
「お止めなさい! そのような狼藉! この姫騎士ローリエが許しませんよ!」
本当に姫騎士なんかい! なんかイベントが起こってしまった。
「ちっ。騎士が平民の酒場に出しゃばんじゃねえよ! 酒が不味くならあ!」
酔っ払いはそう悪態つくも、それ以上は暴れず大人しく席に戻った。
姫騎士ローリエは私に振り返ってしゃがみ、私の肩に手をかけた。
「大丈夫安心して。わたくしが君を守るわ。みんな気が立ってるの。あの事件のせいで」
やばい。選択肢なしで勝手にシナリオが進んでいくタイプのイベントだ。私はこくりとうなずいた。
「今話題になっている月へ昇る階段はご覧になられましたか? あの空に走る虹色の光を」
姫騎士ローリエはじっと私を見つめて微笑んだ。
私はこくりとうなずいた。
「多くの献身な信徒は祈りを捧げました。しかし心にやましい物を持つ者は、それに不穏を感じたようです」
「おい姫騎士さんよお! それは俺のこと言ってんのかよお!」
「あなたがそう感じているなら、そうなのでしょうね!」
チンと姫騎士ローリエは腰の剣に手をかけて刃をチラ見させた。ヤジった酔っぱらいは「おうおう冗談の通じねえ女だ! きっとアソコも固いに違えねえ」と下品なこと言いながら引っ込んでいった。
「ところで貴女は商会の子でしょうか? 泊まるのでしたら、このような粗野な宿ではなくきちんとした宿を案内いたしましょう」
姫騎士ローリエは私の手を掴んだ。
そこへ、宿に泊まる手続きをしていたテーナが戻ってきた。茶色い髪をポニーテールにして女剣士風の装いをしている。ポニテーナだ。
見知らぬ金髪縦ロールドレスおっぱい女騎士に連れ去られそうになっている私を見て、テーナは私を睨んだ。その目は「(目立つなって言ってるでしょ!)」と言っている。そんなこと言われてもうちぽんでぷにぷに幼女やし……。こんなイベント知らないし……。私のせいじゃないもん。ぷいっ。
そして今度はポニテーナが姫騎士に立ちはだかる。
「悪いけどその子は私の連れでね。返して貰おうか」
「このような宿に女の子を泊める貴女は常識がないのですか? 別の宿を紹介します」
ポニテーナは、「はあん」と両手を広げた。
「言っただろう。彼女は私の連れだ。誘拐容疑で衛兵に突き出すぞ」
「お止めなさい。わたくしは姫騎士です。捕まるのは田舎臭い平民の貴女の方ですよ」
あっ。ポニテーナの笑顔がひくひくしてる。がんばれポニテーナ。まけるなポニテーナ。きれるなポニテーナ。
「その子は……いや」
「なんです?」
今、階級マウントでテーナは思わず私の素性をバラそうとしたな? 騎士程度の身分で触れていいよな相手じゃねえぞ、と。パパから猫人の町と月のない森の一部を貰っている私は子爵位くらいある。精霊姫を知らない相手にも水戸黄門様ができるくらいの位である。
ポニテーナはちょいちょいと自分の頭に人差し指を当てた。
あ、はいはい。念話ね。ちなみに最初から有線接続しっぱなしである。先程の酔っ払いの汚い言葉はテーナの同時通訳の結果だ。
「(どうするんの、この状況!?)」
「(紹介された宿いけば?)」
「(わかって言ってるでしょ! なんとかしなさいよ!)」
うん。この宿に協力者いるから選んだんだよね? わかってる。わかってるて。
しょうがない。私は一肌脱ぐか。ぬぎぬぎ。
「わたし、もう眠いー! ここで寝るー!」
「なっ」
私は姫騎士の手を振り払ってポニテーナに抱き着いて目を閉じた。すやあ。
テーナはぽふんと私の頭に手をのせた。
「どうやらお嬢様はお疲れのようね。申し出はありがたいけど、今夜はここに泊まるわ」
ちらり。姫騎士は両手に腰を手に当て不満そうに「ふんっ」と鼻息を吹いた。
「まあいいわ。不届き者が出ないように朝まで酔っ払い共を見張ってあげる。感謝しなさい!」
しないけど。
私はテーナに連れられて宿最上階のスイートルームへ向かった。
そして部屋に入って鍵をかけて、「はあー」とふかふかベッドに倒れこんだ。テーナが。
「厄介事を起こすなってテーナ言いましたよね?」
「こんな宿を選んだテーナが悪いと思う」
「選んだのは私じゃなくてこっちの協力者ですよお。高級宿を丸め込むのは一シーズンでは難しかったのでしょうよ」
それなら仕方ない。本来スパイは何年も教育して下準備も念入りにしてから潜入するものだ。スパイ映画はそんな感じだった。
それから運ばれてきた食事を取って、タライのお湯で身体を拭いて、歯磨きしゃこしゃこして寝た。やはりテーナと同衾である。ほんのりうんこ臭い。これ髪の毛に臭いが染み付いてないか……? くんくん。私の髪は平気だ。
「あの……テーナ……いまさらだけどさ……」
「なに? 感謝の言葉?」
「いや……。言いにくいんだけど……」
「なに? 改まって」
テーナは私の方へ寝返りを打って、ふふって笑ってみせた。
「服とか髪とかうんこ臭い」
「最悪だ」
テーナはベッドから起き上がり、くんくんと自分の身体の臭いを嗅いだ。
「本当に臭い?」
「町に入る前から。いや、一昨日の村からすでに」
「最悪だ」
テーナはすでに冷えきったタライの水に髪の毛を浸けて石鹸で擦った。「田舎臭いって本当に臭ってたのか」とぼやいた。
「なんで私だけ……。ララの髪は白百合の香りだというのに。そういえば精霊が住んでるんだっけ。あーあ。テーナにもそれ欲しいなあ」
「髪の匂いのためだけに精霊欲しがるな」
「いいじゃない。あーテーナもそれしたかったなあ」
なんだか気になる言い方したな。なんだよ。お前も私の身体を狙っていたのか? ロアーネみたいに。
ちゅんちゅんちゅちゅん。翌朝。
下着を新たにお着替えをして、朝食を取りに一階へ降りる。朝方ならば酒場の一階でも静かに軽食を食べられるだろう。
「おはよう! お嬢さんっ!」
うるさいのがいた。姫騎士ローリエだ。
「テーナ。あれうるさい。黙らせて」
「関わりたくないです」
私たちがもつもつとバラ肉挟みパンと果実ジュースをちびちびしてる間も、「昨夜は眠れたか?」とか「この町に留まるのか?」とか「かわいいお嬢さんなのに行商人でもしているのかい?」とか話しかけてきた。私はこくりとうなずいた。
「なるほど! あの月へ昇る虹の階段を追いかけてきたと!? 素晴らしい好奇心だ! わたくしもその旅に同行しようじゃあないか!」
テーナは私に「(なんでもとりあえずうなずくの止めなさい!)」と思念を送ってきた。私はこくりとうなずいた。
旅はみちずれ。世はなさけ。仲間はいけにえ。
羊の魔獣、オムアンクスが旅の途中に現れたので姫騎士に任せて私たち二人は後ろから応援した。がんばえー!
「ふっ任せなさい。オマンコ一匹くらいわたくし一人で十分だわさ!」
針金羊である。その剛毛繊維は前世の化学繊維ナイロンに近い。
剣を構えて姫騎士ローリエは駆ける! そして振り下ろした剣は針金羊の角にガキンと防がれ、姫騎士は体当たりをされて地面を転がった。
「テーナはあれ勝てる?」
「五人いれば勝てますね」
つまりテーナ一人じゃ勝てないということだ。しょうがない。また私の出番か。やれやれ。
「おい姫騎士さんよお。こんなところでお昼寝かい?」
「助けに来たぜえ!」
「メスガキ! 後ろに下がってな!」
なに!? 酒場にいた酔っぱらいのおっさん三人が現れた。私を除いて五人揃った!
姫騎士、テーナ、おっさんずが針金羊を囲んで剣を構える。
「胴体には傷つけるなよ! 毛の価値が下がるからな!」
「脚だ! そして首だ!」
「目を潰せぇ!」
急に残虐バトルになってしまった。羊さんかわいそ……。
羊さんは『メェエエエ』と悲しそうに断末魔を上げて倒れた。
「かわい子ちゃんを守るのが騎士の役目。もう安心だ」
姫騎士は血で汚れた手を私に差し伸べた。汚くて嫌だなあ……。私はこくりとうなずいた。
「女だけの旅は危ねえぜ。俺たちが付いていってやらあ! おめえら! 文句はねえよなあ!」
「あいよ。全く、ボスはいつも強引でさあ」
「おいメスガキ! 怪我はねえかあ!?」
私はこくりとうなずいた。
なんなんだこいつら……。知らないおっさん三人が勝手に仲間になったぞ……。私ははっと気づいた。なるほど。自然なパーティー加入の台本を作りすぎて不自然になってしまっているこの状況……。つまりテーナの仲間の仕込みか。やるなスパテーナ。
私はテーナににこりと微笑んだ。
「(なんなのこの状況……)」
「(え? テーナの仕込みじゃないの?)」
「(知らないけど……)」
ふむ。本当に知らないおっさんだった。